地表からの掘削を想定する概要調査段階では,岩芯試料や揚水地下水を用いた調査が地球化学特性評価と並行して想定される.微生物は地表の(例えば土壌中)の100また100万分の1の細胞数でしか地下深部には存在しないことが知られる(Whitman et al.,1998).従って,地表からの汚染を最小限とすること,および汚染を評価することが肝要となる.
汚染防止と評価
地層処分が想定される固結した岩体を対象にした掘削は,未固結な堆積物の掘削で用いられる掘削流体を必要としないピストンコアを用いた調査手法は適用できず,掘削流体を循環させながらロータリーコアバレルを用いて掘進する工法が採用される.掘削流体は圧力を高くして孔内に注入されるので,亀裂等の明瞭でない多孔質媒体であっても内部に浸透する可能性があり,亀裂が連続する限り掘削流体が,岩芯のみならず周辺岩体にも浸入するため,特に亀裂系媒体(結晶質岩や頁岩等)は,地下水のみならず微生物の汚染も不可避である(Mangelsdorf and Kallmeyer,2010).従って,亀裂系媒体は掘削後に多段の採水装置を挿入して,掘削影響からの回復をモニタリングし,ベースラインを調査する必要がある(Fukuda et al.,2010).掘削流体として清水を用いることが望ましいが,泥水は孔壁崩壊や溶存ガスの逸散を防止する上で有利である.また泥水のベントナイトに加え,乳化剤や安定剤等の有機物を加える必要も場合によって生じるので(Mangelsdorf and Kallmeyer,2010),微生物調査と共にコロイド・有機物のデータが概要調査時に取得できない可能性は十分考えられる.
掘削時は微生物学的な作法に従い,コアバレル,ライナーやビット等の掘削流体を介してコアに汚染をもたらす可能性のある機材は,洗浄・滅菌されることが望ましい(Phelps et al.,1989).近年はスチームクリーナーを用いて安価に洗浄・滅菌が可能である(Mangelsdorf and Kallmeyer,2010).また,食品関連やプール等の滅菌に用いられる次亜塩素酸ナトリウ希釈液(Suzuki et al.,2009)や70%エタノールの噴霧による滅菌も掘削現場でも可能である.
微生物汚染の評価として海洋科学掘削で用いられる蛍光ビーズを用いた手法が挙げられる(Smith et al.,2000).蛍光ビーズは毒性のない蛍光色素と微生物大の球状のゴム(直径0.5μmが最も一般的)から構成される.しかし,無限希釈が期待される海洋中への適用と比べて,生活圏と近い陸上掘削では適用には慎重にならざるを得ない.また,陸上掘削では特に地層処分の研究開発において,可溶性の溶質蛍光トレーサーが地球化学調査の掘削流体の汚染率算定のために用いられている(Fukuda et al.,2010).人体への影響が詳細に調べられており安全性が保証されるウラニン,アミノG酸・ナフチオン酸ナトリウム等が用いられ,微生物汚染を評価する上でも重要な指標となり得る(Mangelsdorf and Kallmeyer,2010).
サンプリングと試料保存
岩芯試料を入手した瞬間から,地下深部の採取場所とは異なる温度圧力条件であり大気酸素にも接するため,まず岩芯試料は窒素パージしたガス非透過性のバック中に酸素除去剤と共に密封して冷蔵保存する必要がある(Mangelsdorf and Kallmeyer,2010).しかし,概要調査時は岩芯記載に重点が置かれる場合が多いので,1mまたは1.5m長に分割したコアをそのまま,酸素除去剤と共に真空シーラーを用いて密封して横長の冷蔵庫に冷蔵保存し,岩芯記載時は開封する等して変質を防ぐことが望ましい.亀裂系岩体では掘削流体により汚染が深刻なため岩芯を対象とした微生物調査の優先度は低いが,多孔質媒体である堆積岩は岩芯記載後に速やかに掘削流体の浸入が起こりうる岩芯の外縁部を削ぎ,間隙水抽出を行うと共に,残りの岩芯試料を下記の目的で適切な保存する必要がある(Mangelsdorf and Kallmeyer,2010).
1)堆積岩2-10ml程度を全菌数測定用に2-4%ホルマリンまたはパラフォルムアルデヒド溶液に固定し冷凍保存.蛍光ビースを投入している場合は,この保存試料を観察して汚染の評価を行う.
2)定量下限は特別な濃縮をしない限り堆積物1 cm3当り105 cells 程度であり,DNA染色試薬としてSYBR Green Iを使用すると鉱物粒子との区別が付きやすい(Morono et al.,2009).
堆積岩2-10mlをガス分析用に10%NaOH入りバイアル瓶に入れゴム栓で密封して室温保存(Mangelsdorf and Kallmeyer,2010).重機付近で密閉すると炭化水素・一酸化炭素・水素ガスの濃度が高くなるので,できるだけ換気性の良い場所で密封する事が望ましい.
分析するガスはCO2, CH4, NO2およびH2を対象とする(Suzuki et al.,2009; Fukuda et al.,2010).安定同位体組成を測定すると生成過程が推定できる.間隙水中の硫酸と硫化水素の硫黄安定同位体組成測定を行っても同様にこれらの化合物の生成過程を推定できる.
3)代謝活性測定用に50ml以上,外縁部を除いた岩芯を酸素除去材と共に真空パックし4℃で冷蔵保存する.ガス態または間隙水中に溶存化学種として含まれる電子受容体と供与体の消費速度を測定する.感度を向上させるには放射性同位体または安定同位体を用いた室内試験が効果的である(Suzuki et al.,2009).
4)遺伝子解析用には短めのホールラウンドのコアの外縁を除かない状態でも良いので,至急−20℃に保存(長期保存は-80℃)することが望ましい.微生物の増殖速度は速く,4℃で冷蔵保存しても微生物が数日内に細胞数が増加する事例も知られる.汚染のない岩芯内部からDNAを抽出した後,遺伝子増幅装置(PCR)によるDNAコピー数の定量や,クローニングによる群集構造組成を明らかにする(Kouduka et al.,2011).
上記の保存を行えば,数ヶ月程度は最低で試料保存が可能であり,地球化学やその他の調査で微生物活動が示唆される結果が出てからでもデータ取得が可能である.また,本格的な調査が想定される精密調査段階に取得するデータとも比較可能であり,特に地下施設建設の地下微生物生態系に及ぼす影響を把握するためのデータとして利用される.
地下水の場合は亀裂系と多孔質媒体の両者でデータ取得が可能である.ポンプ揚水の場合は,地上の孔口付近でチュービングを介してサンプリングする(Fukuda et al.,2010).一方,耐圧仕様のステンレス製容器を採取深度付近まで投下しサンプリングを行う場合も考えられる(Suzuki et al.,2008).前者は滅菌した容器に直接サンプリングすれば良いのに対し,後者は採取容器を滅菌できない場合は外側と内側を良く微生物を取り除いた溶液で良く洗浄してから孔内に投入するのが望ましい.地下水は2L程度を最低取得して,50-100mlは菌数測定用に,ガスは採取容器からの場合は経験のある研究者が全量抽出を行い,チュービングからの採取の場合は真空バイアルビンに採取する.代謝活性用はフィルターに微生物細胞を濃縮して,そのフィルターを酸素除去剤と真空パックし冷蔵保存する.遺伝子解析は1L以上の地下水からフィルターに微生物を回収して-20℃(長期保存は-80℃)で保存する.試料保存後の分析事項は堆積岩と同様である.
引用文献
Fukuda, A., Hagiwara, H., Ishimura, T., Kouduka, M., Ioka, S., Amano, Y., Tsunogai, U., Suzuki, Y. and Mizuno, T. (2010) Geomicrobiological properties of ultra-deep granitic groundwater from the Mizunami Underground Research Laboratory (MIU), Central Japan. Microbial Ecology, 60, 214–225.
Kouduka M., Suko T., Morono Y., Inagaki F., Ito K., Suzuki Y. (2011) A new DNA extraction method by controlled alkaline treatments from consolidated subsurface sediments. FEMS Microbiology Letters, in press.
Mangelsdorf, K., Kallmeyer, J. (2010) Integration of deep biosphere research into the International Continental Scientific Drilling Program. Scientific Drilling, 10, 46-55.
Morono, Y., Terada, T., Masui, N., Inagaki, F. (2009) Discriminative detection and enumeration of microbial life in marine subsurface sediments. The ISME Journal, 3, 503-511.
Phelps, T. J., Fliermans, C. B., Garland, T. R., Pfiffner, S. M., White, D. C. (1989) Methods for Recovery of Deep Terrestrial Subsurface Sediments for Microbiological Studies. Journal of Microbiological Methods, 9, 267-279.
Smith, D. C., Spivack, A. J., Fisk, M. R., Haveman, S. A., Staudigel, H. (2000) Tracer-based estimates of drilling-induced microbial contamination of deep sea crust. Geomicrobiology Journal, 17, 207-219.
Suzuki, Y., Suko, T., Takeno, N., Ito, K. (2008) Biogeochemical and microbiological site-characterization of deep geological environments. Proceedings of 12th International High-Level Radioactive Waste Management Conference, 179-183.
Suzuki, Y., Suko, T., Yoshioka, H., Takahashi, M., Tsunogai, U., Takeno, N. and Ito, K. (2009) Biogeochemical profiles in deep sedimentary rocks in an inland fore-arc basin, Central Japan. Chemical Geology, 259, 107-119.
Whitman, W. B., Coleman, D. C., Wiebe, W. J. (1998) Prokaryotes: the unseen majority. Proceedings of National Academy of Science of United States of America, 95, 6578-6583.