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技術資料2012 Appendix 地質構造と地下水流動の関連評価手法

 

既存反射法探査結果の解析による地下構造と地下水異常の関係の推定手法

既存反射法データの解析により明らかとなった浅部地質構造と地下水異常との関係について,神戸〜西大阪地域の臨海平野部における例を用いて示す.もともと,神戸〜西大阪地域の臨海平野部では,高橋(1967)により伊丹市・尼崎市の地下水温の増温率が著しく高いことが,石井ほか(1996)により臨海平野部地下に地下水温の高温異常帯が存在することが報告されている.

 

既存反射法探査結果の解析手法

既存反射法探査結果として,横倉ほか(1999)によるGS-4L測線およびGS-5B測線が存在する(図3-1(a)).このデータを基に,平野地下浅部(主たる対象は500m以浅)を対象とした再解析及び接合処理により,臨海平野部の浅部地下構造のより正確な把握が可能である.浅部地下構造に焦点をあてた再解析では,海陸境界域の接合処理にあたって発振源(GI型エアガン・バイブレーター)-受振器(ハイドロフォン・ジオフォン)の位相補正を行うとともに,陸域のGS-4L測線においては表面波を,GS-5B測線においては短周期多重反射波を抑制対象にしたノイズ抑制処理を行い,屈折波トモグラフィー法(白石ほか,2009)による速度構造解析も行う.さらに,GS-4L測線およびGS-5B測線の接合のため,ジオメトリー準拠型のマイグレーション処理を行うとともに,浅部構造の高分解能化を図るためにスペクトルバランシング・重合後デコンボリューション・time-variantトレーススケーリング・高密度速度解析を行う.

GS-4L測線とGS-5B測線の接合処理を行った後の反射法解析結果(図3-1 (b))は,従来の横倉ほか(1999)の解析結果と比較して,深部・浅部ともにイメージング結果が良くなっており,地層の連続性をよく追跡できる.地層の連続性については,スケルトン属性の解析結果により明瞭に示されている(図3-1(c)).また,屈折法トモグラフィー解析により,JR神戸駅周辺の地下に著しい低速度構造が存在することが明らかになった(図3-1(d)).これらの解析結果を総合的に解釈した結果を,図3-2に示す.この図には, JR神戸駅周辺地下の断層が表層近くまで達していることが示されている.これらの伏在断層系の位置は,高温地下水異常の分布とよく一致しており,この断層沿いに相対的に高温の深層地下水が上昇していると考えられる.

  • 図3-1 六甲山地~大阪湾北西部堆積盆におけるGS-4L測線およびGS-5B測線の位置(a),反射法解析結果(b),スケルトンセグメント傾斜角プロファイル(c),屈折法トモグラフィー速度プロファイル(d).

  • 図3-2 六甲山地~大阪湾北西部堆積盆におけるGS-4L測線およびGS-5B測線の位置(上段),屈折法トモグラフィー速度プロファイル(中段)反射法再解析結果(下段).

 

浅層-深層地下水間の水の流れに関わる評価手法

地下水温データによる評価手法

a)堆積盆への地下水の涵養量の評価

臨海平野部や盆地など,一般に山地-平野境界部に存在する扇状地の扇頂部あるいは山地-平野境界部に存在する断層系に沿って分布する崖錐堆積物から平野部地下の堆積盆へ地下水が涵養される場合,堆積盆内での地下水の増温率の大小は,地表からの涵養量の指標として有効である.涵養域において地下水の伏没浸透が活発な場合,堆積盆内では深度が増加しても,ほとんど水温較差を示さない.高橋(1967)は,日本各地の地下水地域調査に基づく深度250mまでの地下水温と深度の研究の中で,河川の表流水が豊富に伏没浸透している沿岸部では,地下水供給が活発な場合,深度が増加してもほとんど水温較差を示さないことを指摘している.

b)断層沿いの地下水の移動に関わる評価

神戸-西大阪地域の臨海平野部のように,後背地である六甲山系からの地下水涵養量が多く,臨海平野部での地下水増温率が低く,かつ地下深部には有馬型と同様の高温・高3He/4Heを示す深層地下水が分布するような地域では,高温の深層地下水が断層系に沿って上昇し,地下水温の顕著な高温異常帯を形成すると考えられる.従って,地下水の涵養条件や地域的なテクトニック・セッティングを考慮しながら地下水温異常について検討することにより,断層沿いの地下水の移動に関わる評価手法として有効な手法となりうる.ただし,この場に考慮すべき点は,地下水の涵養域では地下水温異常が検出されにくいこと,地下水の涵養が不活発な場合は地下水温の増温率が高く地下水温異常が検出されにくくなること,堆積盆よりも深層に存在する地下水が比較的低温で堆積盆内の地下水と温度較差が少ない場合や,断層の透水性が低く深層の地下水が上昇しにくい場合は,地下水温異常が検出されにくくなることである.

地下水中の3He/4Heによる評価手法

地下水中の3He/4Heは,マントル起源物質の寄与を示す指標として有効である(Morikawa et al.,2008).地下水中の3He/4Heについては,地層内の拡散よりも移流あるいは断層沿いの地下水移動の寄与が大きい.従って,比較的高い3He/4Heを示す地下水は断層系沿いに分布しており,断層系が水みちとして働いていることを示す有効な指標である.また,堆積盆よりも深層の地下水系に含まれる3He/4Heの初生値とフラックスがわかれば,断層系沿いの地下水の移動をある程度定量化できるため,その点でも有効な手法である.

また,断層沿いの地下水の移動に関わる評価として地下水温異常の有効性を上段で述べたが,地下水の涵養域においては地下水温異常が検出されにくいのに対し,地下水中の3He/4Heは地下水の涵養域においても鋭敏であり,断層沿いの地下水の移動を検出する極めて有効な手段である.

地質構造に基づく地下水流動系評価手法

地質構造は,浅層-深層地下水間の水の流れの場を規定するものとして重要である.臨海平野部や盆地などでは,比較的粗粒の透水性の高い礫や砂などの堆積物や,比較的細粒の透水性の低い粘土などの堆積物が,どのように分布し,またその連続性は地下水の流れの場を制限する最も重大な要因である.また,断層の有無やその透水性は,堆積盆内の構造を擾乱する要因として重要となる.そのため,地表地質調査,ボーリング調査(既存ボーリング資料の収集含む),弾性波探査(既存弾性波探査の再解析含む)などは,地下水の流れの場全体や,浅層-深層地下水間の相互作用の起こりうる場所を限定して,精度の高い調査解析を行う上で必要不可欠である.

断層を介した浅層-深層地下水間の地下水流動に関する評価手法

浅層-深層間の地下水の交流として,断層を経由した深層地下水や深部上昇流体(塩水),停滞型の塩水の流出,あるいは浅層地下水の浸透が考えられる.その評価手法として,まず浅層および深層地下水に特有の化学成分や同位体組成の分布をみることが重要である.ここでは,浅層-深層間の地下水の流動の指標としてCl濃度,水の水素・酸素同位体比(δD,δ18O値),トリチウムを,また深部起源ガスの指標としてヘリウム同位体を,塩水の起源推定の指標として放射性塩素同位体を用いた手法について,富山県西部に位置する砺波平野および関東平野を例に提示する.

 

富山県西部地域

本調査対象地域では,2.5 TU以上のトリチウム濃度の地下水の深度は150mより浅いことから,以下の議論には,150m以深を深層地下水,150mより浅いものを浅層地下水と区分して扱う.

化学・同位体組成に基づく浅層-深層地下水相互作用の評価手法

深層地下水のCl濃度は,全体に高く,特に沿岸部および断層周辺で高い(図3-3).しかし,石動断層と高清水断層に挟まれた地溝帯内では,Cl濃度が低い深層地下水が存在する.このことは,地溝帯内の深層地下水中にCl濃度が低い浅層地下水が混入していることを示す.一方,浅層地下水においては,平野部は非常に低いが,深層地下水のCl濃度と同程度に達するものが存在した.水のδD,δ18O値の関係をみると,いくつかの浅層・深層地下水で高い値を示し(図3-4),海水成分との混合線上に分布した.しかし,Cl濃度とδD,δ18O値の関係(図3-5)をみると,海成組成とはわずかに異なる同位体組成をもつ端成分との混合を示している.これは,地層中に長期間保持された古い海水であると考えられる.また,有馬型熱水のような深部上昇塩水を含むと思われる値を示す深層地下水も存在した(図3-5).

  • 図3-3 北陸地域における浅層・深層地下水のCl濃度分布.(a) 浅層地下水,(b) 深層地下水(150m以深).

  • 図3-4 北陸地域における浅層・深層地下水のδD-δ18Oプロット.

  • 図3-5 北陸地域における浅層・深層地下水のδDおよびδ18O値とCl濃度の関係.(a) δD値とCl濃度の関係,(b) δ18O値とCl濃度の関係.

次に,トリチウム濃度を指標とする評価手法を示す.トリチウムは滞留時間を示す指標として用いられ,滞留時間が数十年程度の地下水はトリチウムを多く含むのに対し,それよりも滞留時間が長いほどトリチウムが減少する.トリチウム濃度の空間分布を図3-6に示す.トリチウム濃度と深度との関係(図3-7) から,2.5 TU以上のトリチウムを含む地下水は150mより浅い浅層地下水であり,これらは,滞留時間の短い表層流動系であるといえる.対照的に,深層地下水のトリチウム濃度は低く,ほとんどが検出限界(0.04 TU)以下であった.しかし,トリチウム濃度が低いものや深層地下水と同様に検出限界以下の浅層地下水も,高清水,法林寺,石動断層の3つすべての断層地域に存在していた(図3-6).これは,流動が遅い(滞留時間が長い)浅層地下水の存在を示唆する.しかし,これらの地下水の大部分のCl濃度が高いことから(図3-3,図3-7),浅層域に保持された深部上昇塩水や古い海水,あるいは,これらと浅層地下水が混合した地下水であると考えることができる. また,断層周辺には,トリチウムを含む深層地下水も存在し,これは浅層地下水の深層への浸透によるトリチウムの付加があったと考えられる.高清水断層周辺地域でみられた,特にトリチウム濃度が高い(2.2 TU,図3-7)深層地下水のCl濃度が低いこともこれを支持する.

  • 図3-6 北陸地域における浅層・深層地下水のトリチウム濃度の分布.(a) 浅層地下水,(b) 深層地下水.検出限界(0.04 TU)以下のものは,○で示す.

  • 図3-7 北陸地域における浅層・深層地下水のトリチウム濃度,Cl濃度と深度の関係.

以上のように,Cl濃度,水の同位体組成,トリチウム濃度の関係から地溝帯内では,深層地下水に浅層地下水が流入し,Cl濃度が希釈されているものが存在し,さらに,断層周辺地域では,浅層地下水への深部上昇塩水や古い海水が流出する地域や,浅層地下水が深層地下水に流入する地域が同一断層で存在しており,浅層-深層地下水系を相互に地下水が流動していることが明らかになっている.

 

希ガス分析に基づく浅層-深層地下水相互作用の評価手法

深層地下水では2Ra以上の高い3He/4He比を示し,マントル起源3He濃度も高く,特に,断層周辺で高い(図3-8,図3-9).一方,地溝帯内には,マントル起源3He濃度および3He/4He比が低いものが存在した.沿岸部ではマントル起源3He濃度は高いが3He/4He比が低い.浅層地下水の3He/4He比は,ほとんどが大気組成(1Ra)程度であるが,断層周辺において,7Raに達する非常に高い3He/4He比がみられた.これらはマントル起源3He濃度も高い.一方,滞留時間の指標として用いることができる放射壊変起源4He濃度は,断層周辺や沿岸部で高いが,地溝帯内では低い(図3-10).この傾向は,マントル起源3HeおよびCl濃度が低い結果とも調和的であり,地溝帯内の深層地下水への浅層地下水の流入により説明できる.また,断層周辺のトリチウム濃度が低く,Cl濃度が高い浅層地下水で,放射壊変起源4He濃度が高い.これは,浅層への滞留時間の長い深層地下水(深部上昇塩水や古い海水)の多量の流入を示す.

高清水断層周辺には,トリチウム濃度,Cl濃度,放射壊変起源4He濃度が低いが,3He/4He比,マントル起源3He濃度が高い浅層地下水と,上述の5成分が全て高い浅層地下水が存在していた.前者は,滞留時間の短い浅層地下水への深層地下水の流出はないが,深部起源ガス成分の上昇が,後者は,深部起源ガスとともにわずかではあるが深層地下水の流出があると考えられる.
希ガスの指標を用いることにより,断層周辺地域では,浅層地下水系へ深層からの深部上昇塩水の上昇や地層中に停滞していた古い海水の流出があり,断層地域が上昇場としての役割を果たしていることがわかった.ただし,深層地下水系へ浅層地下水が浸透して混合している結果も得られており,断層が浸透場としても機能し,これら上昇場,浸透場としての二つの機能が一つ断層においてみられることも明らかとなっている.

  • 図3-8 北陸地域における浅層・深層地下水の3He/4He比(大気補正なし)の分布.(a) 浅層地下水,(b) 深層地下水.

  • 図3-9 北陸地域における浅層・深層地下水のマントル起源3He濃度の分布.(a) 浅層地下水,(b) 深層地下水.

  • 図3-10 北陸地域における浅層・深層地下水の放射壊変起源4He濃度の分布.(a) 浅層地下水,(b) 深層地下水.

 

深部起源ガスのフラックスと断層との関連性に関する評価手法

断層を通した深部起源物質が地下水系へ与える影響を評価するためには,深部起源物質を定量的に取り扱う必要があり,そのためには,濃度だけでなく,流量(フラックス)を求める必要がある.ヘリウム同位体組成を用いた地下水年代推定手法(Morikawa et al.,2005)から導いた深部起源ガス(ヘリウム,二酸化炭素)のフラックス算出手法(技術資料付録)を用い,砺波平野周辺地域の浅層・深層地下水の深部起源の3Heと炭素のフラックスを見積もった.

見積もられた深部起源3Heフラックス(図3-11)は,浅層地下水と深層地下水とで大幅にオーダーが異なることはなく,共に,高清水断層および石動断層周辺で10-11mol/m2/yのオーダーに達する高いフラックス値となった.法林寺断層周辺は一桁低い10-12mol/m2/yオーダーであった.また,石動断層周辺では,断層の東側のフラックスは高いが,西側や沿岸域では10-14〜10-13mol/m2/yと非常に低い.これは,断層がガスの上昇経路を規制しており,上昇してきた深部起源ガスが断層東側の地溝帯内側の地下水流動系へ選択的に供給されていることを示している.

深部起源炭素フラックス(図3-12)についても,深部起源3Heフラックスと同様の傾向を示している,しかし,法林寺断層周辺のフラックスは特に低く他の断層地域に比べ1桁から2桁低い.これは,同地域に存在するグリーンタフにより炭素種が地下水中から除去されているためである(Ohwada et al.,2007).深層地下水(深部上昇塩水や古い海水)の浅層地下水系への流出が認められなかった浅層地下水においても,深部起源3Heや深部起源炭素のフラックスは大きかった.水の組成からは深部から流体の上昇が認められなかったが,フラックスを求めることで,断層周辺では,深部起源のガスの上昇があることが明らかとなった.また,トリチウム濃度の結果などから,浅層地下水が深層地下水系へ浸透していると考えられる地点においても,深部起源ガスの上昇があることも明らかとなった.

  • 図3-11 北陸地域における浅層・深層地下水中のマグマ起源3Heフラックスの分布.(a) 浅層地下水,(b) 深層地下水.

  • 図3-12 北陸地域における浅層・深層地下水中の深部起源炭素フラックスの分布.(a) 浅層地下水,(b) 深層地下水.

 

関東平野

関東平野中央部には,綾瀬川断層と久喜断層(想定)によって画され,北西〜南東方向に延びる幅約10km,長さ約35kmの元荒川構造帯が存在する.この構造帯内部の上総層上部(深さ200m〜400m付近)には高いCl濃度,低い水素・酸素同位体比で特徴づけられる地下水が認められ,構造帯外部の地下水と明瞭な性状のコントラストを呈している(図3-13(a); Yasuhara et al.,2007).広域地下水流動系が断層によって遮断され,構造帯の内部と外部の水の交流が妨げられている結果と考えられる.このように断層が水の流れを支配していると考えられる関東平野中央部における,断層を介した浅層-深層地下水間の水の流れに関わる相互作用について例示する.関東平野中央部を,元荒川構造帯ならびにその周辺地域(北西,北東,南東,南西)という 5つの地域に分けて話を進める.また,深度200〜400m付近の地下水を「深層地下水」,深度1000〜1800m付近の地下水を「超深層地下水」とする.さらに,天水起源の地表付近の地下水を「浅層地下水」と区別する.

  • 図3-13 関東平野中央部における深層・超深層地下水のCl濃度分布.(a) 深層地下水(深度200〜400m),(b) 超深層地下水(深度1,000〜1,800m).

 

超深層地下水の地球化学的特徴

元荒川構造帯内(3試料)と北西地域の超深層地下水のCl濃度は前者が50mg/L以下,また後者が220mg/L以下の低い値をとる(図3-13(b)).これとは対照的に,南東地域のCl濃度は概ね10,000mg/L以上と高く,最高値は15,000mg/Lである.北東と南西地域のCl濃度は両者の中間的な値を有する.深さ200m〜400m付近の深層地下水のCl濃度が構造帯内で相対的に高く(100〜200mg/L程度),外部では低い(数10mg/L)という傾向(図3-13(a); Yasuhara et al.,2007)とはまったく異なる分布を示す.

図3-14は水素同位体(δD)と酸素同位体(δ18O)のプロットである.構造帯内と北西地域の超深層地下水は,その同位体組成が-70‰ δD,-10‰ δ18O前後と低く,またd値も現在の天水よりは若干大きいもののほぼ同様の値(+14‰)であり,天水起源であることが示唆される.一方,南東地域ではδDが-20〜-10‰,δ18Oが-2〜0‰と海水に近い高い値を示す.北東ならび南西地域の超深層地下水は両者の混合線上に位置しているようにみえる.炭素安定同位体比(δ13C)も,構造帯内・北西地域(1点を除きδ13C=-23〜-12‰)と南東地域(1地点を除きδ13C=-4〜0‰)は明瞭な差を呈している.構造帯内と北西地域の超深層地下水が,循環性の地下水にしばしば認められる低いδ13C値を有することが注目される.

超深層地下水中の溶存ガスの3He/4Heと4He/20Neの関係を,深層地下水のそれと共に図3-15に示す.深層地下水の3He/4He比は0.5〜1Ra程度と小さいながらも明らかにマントル起源3Heの寄与を受けており,特に構造帯内と北西地域で高い傾向がみられる.対照的に,超深層地下水では北西地域を除いて,0.5Ra以下とその3He/4He比は深層地下水と比較して小さく,地殻起源成分の多大な寄与を受けた結果と考えられる.また,南東地域の3He/4He比が特に低いことが特徴的である.

放射壊変起源4He濃度(4He-r)の空間分布を深層地下水(図3-16 (a))と超深層地下水(図3-16 (b))について示す.滞留時間の指標として用いることができる4He-r濃度は,深層地下水と比較して超深層地下水でより高濃度である.また,深層地下水では構造帯を含む北西〜南東方向に相対的に4He濃度が高い地帯が認められるが,超深層地下水の場合には,構造帯内,北西地域,北東地域,南西地域で4He-r濃度に明瞭な地域差は確認できない.ただ,南東地域に非常に高濃度の地点が存在することは明らかである.この南東地域の超深層地下水は,他の地域と比較してより滞留時間の長い水であるものと考えられる.

  • 図3-14 関東平野における超深層地下水のδD-δ18Oプロット.

  • 図3-15 関東平野中央部における深層・超深層地下水の3He/4He比と4He/20Ne の関係.

  • 図3-16 関東平野中央部における深層・超深層地下水の放射壊変起源の4He濃度分布.(a) 深層地下水(深度200〜400m),(b) 超深層地下水(深度1,000〜1,800m).

 

超深層地下水の滞留時間

放射性炭素同位体(14C)濃度の測定結果に基づき,超深層地下水の滞留時間を算出したとところ,構造帯内と北西地域では30,000〜35,000年とほぼ均一の値が得られた.一方,北東地域と南西地域においても最大で35,000年程度の値が求められた.このように,超深層地下水の14C濃度に基づく滞留時間に関しては明らかな地域差は認められない.南東地域については,試料の前処理上の問題のためデータが得られなかった.
さらに,Morikawa et al.(2005)によるヘリウム同位体組成に基づく地下水年代推定手法を適用し,超深層地下水の滞留時間の推定を試みた.帯水層の厚さは2000m(深さ1000m以深の上総層群と三浦層群を合わせた平均的な層厚),また間隙率は0.2と設定した.その結果,超深層地下水の滞留時間は構造帯内と北西地域では30,000〜60,000年となり,14Cに基づく推定値とほぼ整合的であった.また北東地域と南西地域ではそれぞれ最大で65,000年,70,000年と,構造帯内や北西地域と比べて若干大きい値となった.南東地域においては25〜65万年程度という遥かに長い滞留時間が得られた.

 

超深層地下水のClの起源

36Cl/Clと1/Clの関係(図3-17)をみると, Cl濃度が高い南東地域の超深層地下水は海水と浅層地下水の混合ラインから明らかに外れ,高い36Cl/Cl比の方向にずれた値(5.2×10-15〜9.0×10-15)を有している.これは,地層中に長期間閉じこめられている海水起源の水(古い海水)の36Cl/Cl比が時間とともに岩石の放射平衡値に近づく途中の段階にあるためと考えられる.南東地域の超深層地下水はその36Cl/Cl 比と地層内に捕獲・涵養された水の 36Cl/Cl 比の変化から推定すると約10万〜25万年の年代値となり,前述したヘリウム同位体組成に基づく水の滞留時間推定値とオーダー的には矛盾のない値となる.
図3-17から,北東地域と南西地域の超深層地下水は,この南東地域と同様の組成を有する古い海水起源の長期停滞水と浅層地下水との混合(図中の黄色の編みかけ部分)によって形成されたものと説明できる.構造帯内と北西地域の超深層地下水についても,長期停滞水が浅層地下水によってさらに希釈された段階の水として解釈可能である.すなわち,関東平野中央部の超深部に広く賦存する(していた)古い海水起源の水と浅層地下水の混合プロセスが長期にわたって継続しており,現在認められるCl濃度の顕著な地域差はその混合・希釈の程度の差の結果であるというシナリオが考えられる.δDとδ18Oのプロット(図3-14)はこの考え方を支持するように思える.一方,図3-17から,深層地下水と構造帯内と北西地域の超深層地下水は,比較的現世に近い海水と浅層地下水の混合(図中の2本の実線)によって形成されたと見なすこともできる.この場合には,構造帯内と北西地域の超深層地下水のClの起源は他の地域とは異なったものとなる.

  • 図3-17 関東平野中央部における深層・超深層地下水の36Cl/ClとCl濃度の逆数の関係.図中の実線は海水(36Cl/Cl=3×10-16ならびに2.3X10-15;Cl=19,000mg/L)と浅層地下水(36Cl/Cl=1×10-13;Cl=1mg/Lならびに10mg/L)の混合ライン.点線は,南東地域の超深層地下水と浅層地下水(36Cl/Cl=1×10-13;Cl=1mg/Lならびに10mg/L)の混合ライン.

 

浅層-超深層地下水間の水の流れに関わる相互作用

元荒川構造帯内の超深層地下水は低いCl濃度,低いδD・δ18O値,低いδ13C値によって特徴づけられ,周辺域(北東地域,南東地域,南西地域)とは地球化学的に明瞭な差を呈する.この原因として,構造帯内では周辺域と比較して浅層地下水が深度1000〜1800mまでよりすみやかに浸入することが可能であり,長期停滞水あるいは比較的現世に近い海水と混合・希釈しているためと推定される.超深層部への浅層地下水の透過は,元荒川構造帯を構成する綾瀬川断層や久喜断層(想定)を通じて行われると考えるのが妥当であろう.さらに,深度200〜400mの深層地下水に対する場合と同様に,綾瀬川断層や久喜断層(想定)は深度1000〜1800mの超深層部においても遮水壁として機能し,水平方向の水の交流を妨げているものと思われる.これらの結果,元荒川構造帯内部では地下水の活発な鉛直循環流動系が形成され,かつ長期にわたって維持されてきたものと考えられる.
北西地域の超深層地下水も,前述した様に構造帯内のそれと似た性状を有している.構造帯内ほどではないが浅層地下水による希釈がかなり進んだ段階にあると考えられる.したがって,浅層地下水の超深部への透過は,元荒川構造帯より上流の関東平野奥部においても生起している可能性がある.同地域には深谷断層等から構成される関東平野北西縁断層帯が存在する.これらの断層を通じて,浅層地下水の鉛直下方浸透が生じているのかもしれない.関東平野中央部における浅層-超深層地下水間の水の流れに関わる相互作用の全体像把握のためには,さらに上流部も含めた検討が必要である.
以上のように,関東平野中央部の断層を介した浅層-超深層地下水間の水の交流評価のため,水の流動,混合,滞留の指標としてCl,水素・酸素同位体,炭素安定同位体,放射性炭素同位体,ヘリウム同位体,さらにClの起源の推定のために放射性塩素同位体を用いた手法を提示した.高いCl濃度を有する端成分(長期停滞水)の起源は地層中に閉じこめられた海水と一義的に考えたが,その年代は10〜65万年程度と長期停滞水を胚胎する地層の堆積年代よりは明らかに新しい.今後,水の滞留時間の評価手法の高度化を通じてその形成年代を正確に把握し,長期停滞水の形成プロセスをさらに解明することによって,関東平野中央部の超長期にわたる浅層-超深層地下水間の水の交流を含めた地下水システムの実態が一層明らかになるものと期待される.

断層によって遮断された帯水層における地下水流動に関する評価手法

大阪平野を南北に走る上町断層周辺の深層地下水において,帯水層上部(深度500-600m程度)では下部に比べて塩濃度が低く,断層が表層水の深層への浸透経路としての機能を果たしていることや,帯水層下部(深度1000-1500m程度)においては,有馬型熱水が混入しその分布から上町断層が深部流体上昇の場としての機能を持つことが示されている(Morikawa et al.,2008).また,断層の存在により地下水流動系が遮断されており,上町断層東側の深層地下水では,上町断層と平野東端に存在する生駒断層に挟まれた地域で停滞性の地下水系が形成されている可能性が示唆された(Morikawa et al.,2008). ここでは主に,2つの断層によって規制されている大阪平野深層の地下水流動系について,特に上町断層東側の南北方向全体を対象に,地下水年代の指標として有用性のあるHe同位体と36Cl/Clを用いた断層を通じた浅層地下水の深層への浸透,あるいは,深層地下水の浅層への上昇などの浅層-深層相互作用についての解析手法を提示する.

 

He同位体と36Cl/Clを利用した断層に規制される深層地下水流動の評価手法

水素・酸素同位体の関係やCl濃度との関係から,大阪平野の深層地下水は,ほとんどが天水起源であって,海水の明瞭な混入も見られないものがほとんどであるが,一部には,有馬型熱水の混入が見られることがわかる (図3-18,図3-19).有馬型熱水の影響は,上町断層西側の平野中央部で顕著であり,東側の平野部では明瞭でない.深部流体の通路が断層・構造線に限られ,下盤側に当たる西側に深部流体のフラックスが多く,東側では少ないことを反映していると考えられる.

36Clは半減期 30.1 万年の放射性核種であるとともに帯水層内における中性子捕獲反応によって生成され,非常に長い地下水の滞留時間を示す指標となる.有馬型熱水の36Cl/Cl値は10-15と非常に低く(技術資料付録),地下水の滞留時間とともに帯水層岩石種に応じた放射平衡値(10-13〜10-14)に近づく.典型的な有馬型熱水が湧出する石仏地域(大阪平野東側の南縁部外側に位置する)は,36Cl/Clが低く3He/4Heが最も高い値を示す端成分となる(図3-20).

  • 図3-18 大阪平野深層地下水の水素同位体比(δD)と酸素同位体比(δ18O)の関係.

  • 図3-19 大阪平野深層地下水の水素同位体比(δD)とCl濃度の関係.

上町断層東側では基盤である領家花崗岩類上面の深度が平野中北部において最も深く,凹地を形成している(市原,1993;堀川他,2002).そして,南北の平野縁辺部に向かうにつれ基盤深度は浅くなり,南縁部と北縁部それぞれに断層があり,基盤である花崗岩が露出している.基盤の深度分布と3He/4Heの分布には関連性があり(Morikawa et al.,2008),基盤深度が深い地点ほどHeによる地下水年代が古い傾向を示す.Heによる地下水年代は約3万〜30万年の範囲である.この年代範囲は,大阪層群下部層の堆積年代(約80万年〜200万年程度)と比べるとはるかに若く,現在胚胎している地下水は堆積当時の間隙水ではなく,流動によってもたらされたことがわかる.また,3He/4Heと36Cl/Clの間には負の相関がみられ,4He濃度から導いた地下水年代が古い年代値を示す地点ほど36Cl/Cl値は高くなる(図3-21).有馬型熱水を含む地下水の36Cl/Cl値は,年代が古くなるとともに放射平衡値に向かって高くなることと調和的である.

  • 図3-20 大阪平野深層地下水の36Cl/Cl及び,3He/4Heの地域分布.

  • 図3-21 大阪平野深層地下水の36Cl/Clと地下水He年代の関係.

 

平野南縁部の石仏地域では,基盤が露出しているため,有馬型熱水が直接地表に湧出するが,平野部では堆積層があるため帯水層(特に最深部)に混入・滞留する.上町断層は深部流体の上昇場であるとともに表層水の浸透機能を持っているので,大阪平野東部では地表水の供給も行なわれる.東西方向での地下水流動が規制されているため,平野南部で有馬型熱水を含む地下水は基盤深度の深い北部へ流動し,流動とともに3He/4Heが低下し,36Cl/Clは高くなったものと見られる.北部においても同様に平野中央部の基盤の凹地に向かった地下水流動があり,凹地において停滞性の水を形成していると思われる(図3-22).これは,深層地下水の流動系が,浅層地下水流動系の流動方向・状態とは全く異なるものであることを意味する.浅層においては,この地域の地形から判断して,平野北部・中南部を西流し大阪湾に流れ出す淀川・大和川といった河川が流出域であるか,大阪湾へ直接流出することが考えられる(図3-22).深層地下水の流動方向はこの真逆であり,かつ,停滞している.停滞性の深層地下水の行方については,いずれかの断層・亀裂等を通した地表への流出が考えうる.

以上のように,上町断層東部の大阪平野南北方向で3He/4Heおよび36Cl/Clの関係から非常に遅い深層地下水流動が確認された.断層に規制される深層地下水流動,地下水年代と断層との関連性について解明する上で,36Cl/Clとヘリウム同位体とあわせて解析することは,大変有効である.

  • 図3-22 大阪平野基盤上面の深度分布及び,36Cl/Cl,3He/4Heから考えられる大阪平野上町断層東側の浅層(a),および深層(b)地下水流動.基盤上面の深度分布は堀川他(2002)による.

 

結晶質岩地域における地下水流動に関する評価手法

地下水,地質,水文地質,物理探査などの各種調査法について再検討し,阿武隈花崗岩地域を例として,浅層-深層地下水間の水の流れにかかわる相互作用を評価するための有効性についてまとめる.

 

地下水の調査手法

降水・河川水・地下水の採水と,一般水質・同位体組成・溶存ガス濃度などの化学的分析は,地下水の起源・水質形成過程・地下水年代などの知見を得るとともに,浅層-深層地下水間の水の流れ・相互作用の評価のために,最も基本的かつ重要な手法である.採水にあたっては温度・pH・ECなどの基本的な測定を行うと同時に,降水の採水においては対象地域周辺を含めた広域的な採水や季節変動を考慮した採水,河川水の採水においては季節変動を考慮した上で小流域毎の基底流量時の採水・流量測定,地下水の採水においては井戸のスクリーン深度を考慮した採水(スクリーン深度によっては季節変動も考慮する必要あり)や井戸の水理定数などの基本情報の入手に留意する必要がある.

 

表層水の同位体組成に基づく平均涵養標高の推定と異常点の抽出手法

降水の水素・酸素同位体組成は,1)内陸効果,2)斜面高度効果,3)山陰効果などのプロセスによって変化し,採取地点の地理的位置や地形等に規制される.広域的に降水の水素・酸素同位体組成を比較する場合は,内陸効果を考慮する必要があるが,阿武隈花崗岩体中西部の移ヶ岳西方地域のように,独立峰として存在する移ヶ岳とその西方に拡がるなだらかな準平原のような限定された地域では,斜面高度効果が降水の水素-酸素同位体組成を制御する主たる要因となる.

図3-23は,源流域で採水された河川水のδ18O値と源流域の平均標高の関係から求めた地下水涵養線を示す.この地下水涵養線を基に各河川水試料のδ18O値から推定される平均涵養標高から求めた各試料の採水地点標高との差δH(平均涵養標高-採水地点標高)の分布を図3-24に示す.この図からは,採水地点の(地形的な)涵養域よりも,より涵養標高の高い地下水が混合している涵養標高異常点が散在していること,それらの異常は主たる断層系沿いに分布していることが読み取れる.

  • 図3-23 低次流域(源流域)の平均標高とδ18Oの関係ならびに地下水涵養線の決定(A).採水地点標高とδ18Oの関係

(全流域)と地下水涵養線に基づく各流域の河川水(地下水)の平均涵養標高の推定(B).

  • 図3-24 移ヶ岳西方地域における河川水(地下水)のδH(平均涵養標高—採水地点標高)の分布(単位m;2001年秋).

 

地下水調査を行うためのボーリング掘削および断裂系の探査手法

阿武隈花崗岩体中西部地域で掘削された3本のボーリング孔(三春-1,三春-2,白沢;図3-25)を例にして,花崗岩体内部に複雑に発達している断裂−裂罅系のうち深部地下水流動に関与している高い透水性を持つ断裂−裂罅系(いわゆる水みち)の抽出手法およびボーリング掘削手法に関して,花崗岩体深部の地下水流動系評価のためにどのようなボーリング掘削法あるいは採水法が望ましいかを以下に示す.

  • 掘削水:清水掘削を推奨する.泥水掘削・気泡掘削などは掘削水の影響評価の観点から好ましくない.また,掘削水は人為的汚染がなく,水質・同位体組成が長期にわたって安定していることが望ましい(浅層地下水など.河川水・沢水などでは水質・同位体組成が大きく変動する).
  • トレーサー混入法:掘削水のトレーサー濃度を一定に保つためには,掘削水の汲み上げ量を一定とする方式が適している.具体的には,トレーサーを混入するトレーサー濃度調整用水槽に掘削に用いる清水を一定量汲み上げ,そこに定量のトレーサーを混入する.掘削水の汲み上げ量を可変とした場合においてはトレーサーを計量して混入したにも関わらずトレーサー濃度の変動が大きく,現場管理として不適当である.
  • トレーサー:ヨウ化アンモニウムを推奨する.ヨウ素イオンは岩石・鉱物に対する吸着性が小さく,ヨウ素イオン濃度80ppm程度で実用的なトレーサーとして使用可能である.また,ヨウ素イオンの対イオンであるアンモニウムイオンは,掘削深度が還元的であればアンモニウムイオンのまま地表へ戻ってくるが,掘削深度が酸化的であればアンモニウムイオンではなく亜硝酸イオンとして地表へ戻ってくることが確認され,掘削深度の酸化還元条件の指標としても使用可能である.
  • 採水法(1):ボーリングコアで高透水性割れ目の存在が推定される場合,高透水性割れ目の下部に下部パッカーの設置が可能な深度まで掘進を行い,その後掘進を中断し速やかに採水を行うべきである.高透水性割れ目の掘削後に時間が経てば経つほど,高透水性割れ目に浸入したボーリング掘削水が拡散し,予備排水量を増大させなければならなくなる.またボーリング掘削水の投入量が多くなればなるほど,ボーリング掘削水の水質・同位体組成・トレーサー濃度等の変動のためボーリング掘削水の混入量評価が難しくなる.
  • 採水法(2):基本的にダブルパッカー方式により採水区間を閉塞し,採水区間から大量の予備排水を行った後に本採水を行うべきである.予備排水は,ポンプによる予備排水を排水中のトレーサー濃度が掘削水のトレーサー濃度に対し5%以下に低減するまで行ない,次に採水容器による予備排水を排水中のトレーサー濃度が掘削水のトレーサー濃度に対し1%以下に低減するまで行うことが望ましい.本採水時に採水中のトレーサー濃度が掘削水のトレーサー濃度に対し1%以下であると掘削水の混入率評価による各種補正が容易である.
  • 採水法(3):希ガス分析用採水容器は,高真空にした特殊な専用採水容器を用いるべきである.花崗岩体深部の地下水流動系の評価を行う上での最大の問題点として,以下の問題が明らかになった.
  • 高透水性割れ目の完全な捕捉:ボーリングコア・孔壁に発達する無数の断裂—裂罅系から地下水流動系に影響を及ぼす高透水性割れ目を完全に抽出し,同定を行う必要がある.しかし,既往の検層技術で直接検出可能であるのは透水係数で10-5m/sオーダーを超えるような極端に透水性の高い割れ目のみであり,それより低い透水性を有する割れ目については間接的な類推しかできない.
  • 高透水性割れ目の正確な同定:検層結果とボーリングコアの微細構造・鉱物組成・変質鉱物などの傍証から高透水性割れ目であるか否かを総合的に判断しているが,既往の検層技術では高透水性割れ目の位置をmオーダーでしか決定できず,日本の花崗岩のように断裂—裂罅系が数cm〜数10cmオーダーで発達している場合,検層結果からはある割れ目が高透水性割れ目中であるか否かを直接的には決定できない.このためにボーリングコアの微細構造・鉱物組成・変質鉱物などから高透水性割れ目であると判断し採水作業を行っても結果として透水性が低く採水ができない場合もあり,直接的に高透水性割れ目であるか否かを検出・判断できる検層法の開発・導入が必要である.

  • 図3-25 阿武隈花崗岩地域における既存掘削孔と地質構造との関係.

 

水みち及び開口亀裂の探査技術

花崗岩地帯におけるボーリング調査では,ボーリング孔壁に出現する多数の亀裂系の中から深層地下水系の水みちである亀裂系を抽出する手法が必要であり,コア観察や物理検層など様々な手法が検討・開発されてきた.花崗岩体の水みちを抽出する検層手法として,ボーリング孔内への地下水の流入・流出現象を直接的に探査する手法や,水みちとなりうる構造(開口亀裂など)を探査する手法が用いられる.このうち,地下水の流入・流出現象を直接的に探査する手法としては,流体電気伝導度検層・温度検層・流向流速検層などが用いられ,水みちとなりうる構造(開口亀裂など)を探査する手法としては,BHカメラ・BHTVによる孔壁画像撮像・P波速度検層(音波検層)・チューブ波を検出対象とするハイドロフォンVSP検層などが用いられる.以下,塚本(2010)に基づいてとりまとめる.

水みちを理工学的に調査・解析するためには,個々の水みちについて以下のようなデータセットが必要と考えられる.

  • 水みちとしての同定:対象とする断裂—裂罅系が水みちであることを確定させ,以下の2項目の作業・試験を行うための必須作業.
  • 水みち内の本来の地下水の地化学的特徴・起源:原位置被圧状態でのパッカー採水により水質・同位体組成・溶存ガス成分を採取・分析し,パッカー採水区間内の地化学的条件を明らかにする.
  • 水みちの水理特性:地下水流動に関わる水理データを明らかにする.

このうち,引き揚げられたボーリングコアに存在する断裂-裂罅系が水みちであるか否かの判定はボーリングコア引き揚げ後即座に行なわなければならない.これは同定された水みちに存在する地下水の採水を可及的速やかに行なう必要があるからである.これに対し水みちの水理特性を明らかにするための各種の水理試験は,孔壁の崩壊などの可能性が少なければ実施時期に関する制限はなく,予定深度まで掘削が終了してから水理試験のみを行なっても問題はない.また,水みちを定性〜半定量的に評価するのか,それとも定量的に評価する必要があるかによっても,水みちのデータセットとして必要な項目も異なってくる.定量的に評価するのであれば水みちの水理特性は必要不可欠のデータであるが,定性的に評価するのであれば水みちの水理特性は必ずしも必要ではない.
しかしながら,阿武隈花崗岩体中の既掘削孔から採取された地下水・溶存ガス分析データは,深度方向に向かって一定の傾向を示すものの,いくつかの特異的な水みちについては周辺の水みちとは異なった性質の地下水・溶存ガス成分を含んでいる.従って,花崗岩体深部の地下水流動系を評価するためには,水みちとなりうる断裂—裂罅系についてはその全てを完全に捕捉し,少なくとも地下水・溶存ガス試料を採取・分析すべきである.

 

従来の水みちの同定法とその問題点

ボーリング掘削孔の孔壁に発達する無数の断裂—裂罅系の中から水みちをどのように抽出するかについて,これまで様々な提案がなされてきた.例えば,ボーリングコアの微細構造・鉱物組成・変質鉱物やボーリング掘削時の水位変動などから水みちを推定する方法は最も一般的なものである.また,各種の検層技術,例えばフローメーター検層のように直接的な地下水の動きを検知する方法,ハイドロフォンVSP検層のように開口割れ目から発生したチューブ波を検出する方法,温度検層のように地下水流入地点付近の温度分布異常を検出する方法,各種物理検層のように孔壁に含まれる水分量の多寡から間接的に推定する方法,光学的な検層により孔壁を観察し水みちを推定する方法なども水みちの検出に用いられている.

これらの水みちの検層法では,透水係数で10-5m/sオーダー以下の透水性を有する割れ目について直接的に検出する方法がないこと,またハイドロフォンVSP検層を除いてボーリング孔掘削直後(あるいは中断時)に検層する手法がないことなどの問題があった.そのためボーリング掘削中にボーリングコアの鉱物学的・構造地質学的傍証から高透水性割れ目の存在が推定されたときにも,その割れ目が水みちであるかを直接的に検証することなく採水作業を行ったり,あるいは採水作業を行うことなく掘削作業を進め検層後に水みちである可能性が高いと判明した時点で採水作業を行うことが一般的であった.しかし,このような採水作業は,費用+時間という側面と本来の地下水の中に混入したボーリング掘削水の評価という側面で問題がある.

原位置での採水作業にあたっては,地下深部の特定の深度(採水区間)に本来存在している地下水(および溶存ガス)を擾乱することなく採取する必要がある.地下深部の採水区間内に存在する地下水のみを採取するためには,上下2段(もしくは上段のみ)のパッカー・システムにより採水区間を閉塞し,採水区間内の地下水のみを採水するパッカー採水法を用いる必要がある.採水作業の対象となる割れ目の透水性が低い場合,採水区間内の予備排水ができなかったり,採水区間内が相対的に負圧になることによりパッカーの破損が発生したり,水質検層器のpH・ORP電極などの内部溶液が吸い出され破損したりする事故がかなりの頻度で発生する.従って,採水作業に要した時間(およそ1週間程度)+費用のみならず,物的損失による費用の増大という問題が発生する.

また,高透水性割れ目の掘削後しばらくの時間間隔をおいて採水作業を行った場合,採水された地下水試料中に混入しているボーリング掘削水をどのように評価するかという問題がある.ボーリング掘削水の水質・同位体組成・溶存ガス成分等が全く変わらず,トレーサー濃度も一定という仮定が成立すれば,ボーリング掘削水の混入量評価は容易であるが,一般的にはボーリング掘削水の水質・同位体組成・トレーサー濃度等は一定の変動を示し,これらを完全に制御するのは困難である.従って,高透水性割れ目を掘り抜いた後も掘削を続けボーリング掘削水の投入量が多くなればなるほどボーリング掘削水の混入量評価は難しくなり,地下水試料から真の水質・同位体組成・溶存ガス成分の値を得ることは難しくなるという問題が発生する.

 

ハイドロフォンVSP検層による水みちの同定

ハイドロフォンVSP検層で検出するチューブ波とは,震源から発生したP波が開口割れ目に入射した時に割れ目が圧縮され,割れ目内の地下水がボーリング孔内に押し出されることにより発生したものである.ハイドロフォンVSP探査ではボーリング孔内に複数のハイドロフォンを設置し,震源から発生したP波やボーリング孔に沿って上下方に伝播するチューブ波をハイドロフォンにより観測・記録する.ハイドロフォンに記録された初動P波とチューブ波が重なって観測される深度が開口割れ目の存在する深度とされる.

阿武隈花崗岩体における掘削孔のうち,三春-1サイトは調査地域東方の移ヶ岳(標高994.5m,斑れい岩類からなる浸食残丘)周辺の高標高地域からWNW-ESE方向に比較的長く連続するリニアメントが食い違うステップ構造の部分であり,谷地形の中心に位置する.三春-2サイトは三春-1サイトの北方約200mの両側を谷地形に挟まれた尾根地形の中心部であり,三春-1サイトより約14.9m標高が高い地点である.白沢サイトは両側を谷地形に挟まれた尾根地形の中心部(現在は砂取り場として平坦化されている)に位置し,周辺部の地下水・河川水の水質および同位体組成に異常が認められた地点である.

ハイドロフォンVSP検層により開口割れ目の抽出を行うためには,一定間隔に連なったハイドロフォンをボーリング孔内に挿入し,ハイドロフォンの吊り下げ深度を変更することにより,ボーリング孔の全深度に対応したハイドロフォン・データを得る必要がある.ハイドロフォン間隔を50cmとしてチューブ波の連続検層を行った結果を図3-26に示す.チューブ波から推定される開口割れ目の存在深度は実在のボーリングコア断裂系がよく一致した.次に三春-2サイトや白沢サイトなどのように尾根筋で掘削したボーリング孔と三春-1サイトのようにリニアメントのステップ構造部で掘削したボーリング孔を比較すると,チューブ波の発生頻度に著しい差があることがわかる.この掘削地点の地形的特徴の差が,地下深部の開口割れ目の存在度の差と密接に関係していることは,深部地下水流動系を考える上で極めて重要な知見である.

ハイドロフォンVSP検層は,花崗岩体を清水掘削した場合孔内洗浄をほとんど行わなくとも検層が可能であり,ボーリングコア観察により高透水性割れ目の存在が推定された場合,ボーリング掘削を中断後1〜2時間以内に開口割れ目の有無を確認できるという点で他の検層法より優れている.しかしながら,ハイドロフォンVSP検層はおおよそ1〜2m程度の精度でボーリング孔内の開口割れ目の有無を推定するために用いられており,水みちの同定のように少なくとも10cmオーダーの精度で透水性割れ目を捕捉する目的には使用されていなかった.深度方向の分解能として10cmオーダーで水みちを同定するためには,a)ハイドロフォンVSP検層の分解能の検証,b)ハイドロフォン・ケーブルの伸びの検証が必要となる.ハイドロフォンVSP検層の分解能については震源トリガーを適切に設定した場合,50cm間隔のハイドロフォン配列でチューブ波の進行を問題なく検出できている.またハイドロフォン・ケーブルの伸びについては,阿武隈花崗岩体中の既掘削孔のうち高透水性割れ目が数多く存在し,孔底沈殿物が薄い三春サイト・ボーリング孔で,孔底着底時の張力の緩みや低角の高透水性割れ目から発生したチューブ波の検出位置などから0.05〜0.1%程度以内であると推定された.

  • 図3-26 三春-1サイト及び白沢サイトのハイドロフォンVSP検層結果.

掘削現場においては,ボーリングコアの微細構造・鉱物組成・変質鉱物やボーリング掘削時の水位変動などから水みちの存在が推定された場合,翌日または翌々日にハイドロフォンVSP検層を行い,開口割れ目と同定できた場合には速やかに採水作業を実施することにした.一例として深度198〜201m区間のボーリングコア写真を図3-27に示す.この区間付近では,深度197.62m〜202.62m掘削翌朝にボーリング孔内水位が0.44m上昇しており,特に深度198.2m〜198.6m付近に分布する高角断裂系と深度199.75m付近の低角割れ目が水みちとなっている可能性が疑われた.ハイドロフォンVSP検層は,まず孔底から既に検層データが存在する深度まで50cm間隔で連続的な検層を行い,その後チューブ波の発生深度付近で精密検層を行なった.

連続検層の結果を示した図3-28から深度199.5m付近(16ch)にチューブ波の発生源があることが推定できる.次に,全24ch中no.12chとno.14Chが不調のため,no.1ch〜no.11chを用いて精密検層を行なった.水みち候補のうち高角断裂系ではチューブ波の発生位置が不明確になる可能性があるため,深度199.75mの低角割れ目が精密検層chの中央のno.6chに位置するようにハイドロフォンを調整し,ハイドロフォンVSP検層を行なった.精密検層の結果,no.6ch〜no.7chの間にチューブ波の発生源があることが明らかになった.no.6ch〜no.7chは深度199.25〜199.75m付近に相当するが,これはハイドロフォン・ケーブルの伸びによる深度補正を行なっていない深度である.ハイドロフォン・ケーブルの伸びを0.1%と仮定すると,チューブ波の発生深度は深度199.45〜199.95mとなり,その深度に存在する割れ目は深度199.75mに存在する低角割れ目のみであり,この低角割れ目が開口割れ目であることがほぼ確実となった.

この精密検層結果を受けて,採水区間を深度199.20〜200.43mに決定し,ダブルパッカー方式による採水を行なった.ポンプによる予備排水後,容量500mlのステンレス製真空引き採水容器による予備排水を継続した.真空引き採水容器による予備排水は,採水区間への連結時間5分間で引き上げを行なったが,採水区間の水圧低下を引き起こすこともなく,採水区間への連結装置が故障した場合を除けば98%以上の地下水回収率を示し,上記の低角割れ目が水みちであることを最終的に確認できた.

  • 図3-27 ボーリングコア写真(深度198〜201m).

  • 図3-28 ハイドロフォンVSP検層結果(1ch=深度208m,ch間隔=50cm).

 

補助的なトレーサーの使用

ヨウ化アンモニウムは,ヨウ素イオンの吸着能が低く,またアンモニウムイオンが酸化還元環境の指標となるなどトレーサーとしての適応性が高く,かつ安全性も高いといった特徴がある.しかし,無色透明であることから現場で目視などの簡易な手段で濃度を確認することができず,最低限イオン・メーターによる現場分析が必要となる.蛍光染料は一般的に低濃度(数10〜数100ppb程度)で掘削水を着色することができ,また吸着能が低い蛍光染料が存在することからトレーサーとして使用されてきた.ここでは,ウラニン(黄緑蛍光)とローダミンWT(赤色蛍光)の二つの蛍光染料についてトレーサーとする適用性を示す.

ウラニンは,核燃料サイクル機構の各種ボーリングなどで使用されている.ウラニンの分析は従来実験室内でなければ十分な精度をもった分析ができなかったが,近年開発された蛍光光度計(従来価格の1/10程度)により野外においても0〜300ppbの範囲内で必要な精度で分析できるようになっている.ウラニンは光分解性を有することが知られているため,トレーサー調整用水槽・掘削水投入用水槽などを2重に遮光シートなどで覆い,トレーサー濃度の時間変化などを検証した.ウラニンは,当初250ppb程度に濃度調整したが,漏光などの影響から1時間あたり1割程度の濃度低下を示した.このため,ウラニン濃度を10倍の2500ppb(2.5ppm)にして時間経過をみた後,核燃料サイクル機構のウラニン調整濃度を参考に最終的なウラニン濃度を1.25ppmとし,トレーサーとしての適性を検討した.ウラニン濃度を1.25ppmとした場合の漏光などの影響による濃度低下率は,ウラニン濃度を250ppbとした場合よりも低いものの,ウラニン濃度の低下は引き続き発生しており,漏光を完全に除ける掘削水調整システムを構築しない限り,ウラニンをトレーサーとして利用することは難しい.

次にローダミンWTについてトレーサーの適性を示す.ローダミンWTは,ローダミンBの吸着性の高さを低減させた同系統の蛍光色素であり,ウラニンと同様な蛍光光度計で野外においても0〜300ppbの範囲内で必要な精度で分析できる.ただし,ローダミンWTの蛍光光度は温度依存性がウラニンの8倍程度(-2.6%/℃)あり,一定温度で蛍光光度を測る必要がある点に注意が必要である.ローダミンWTを掘削水に250ppb程度混入したところ単体としてはかなり赤色蛍光がはっきりしているが, ローダミンWT混入水のリターン水とウラニン1.25ppm混入水のリターン水を比較したところ,その赤色蛍光はそれほど目立つものではなく,むしろウラニンよりも目立たない程度であり補助的なトレーサーとして利用可能である.

 

地下水調査を行うためのボーリング掘削および断裂系の探査手法のまとめ

1) 花崗岩体深部の地下水流動系評価のため,阿武隈花崗岩体においてこれまで掘削したボーリング孔のボーリング掘削技術・採水技術について見直すとともに,地下水流動系に影響を及ぼす水みちを捕捉する手法の開発・高精度化を行い,深度300m程度までのボーリング掘削技術・採水技術の総括を行った.

  • 掘削水:清水掘削が望ましい.掘削水としては,人為的汚染のない浅層地下水のように水質・同位体組成が長期にわたって安定している水が望ましい.
  • トレーサー混入法:定量の掘削水に対して定量のトレーサーを混入する方式が現場管理として適している.
  • トレーサー(1):ヨウ化アンモニウムを推奨する.ヨウ素イオンは岩石・鉱物に対する吸着性が小さく,ヨウ素イオン濃度80ppm程度で実用的なトレーサーとして使用可能である.また,ヨウ素イオンの対イオンであるアンモニウムイオンは,掘削深度の酸化還元条件の指標として使用できる.
  • トレーサー(2):掘削水の混入割合を現場で目視して確認するためには蛍光染料のうちローダミンWT(赤色蛍光)を推奨する.ローダミンBは吸着能が高く不適である.また,ウラニンは光分解性が高く,完全に遮光しない限り使用できない.
  • 採水法(1):ボーリングコアで高透水性割れ目の存在が推定される場合,高透水性割れ目の下部に下部パッカーの設置が可能な深度まで掘進を行い,その後掘進を中断し,ハイドロフォンVSP検層により開口割れ目の有無・深度を確認し,開口割れ目が存在する場合は速やかに採水作業を行うべきである.
  • 採水法(2):採水法は,ダブルパッカー方式によりパッカー採水を推奨する.予備排水はポンプなどを併用した大量の予備排水を行った後に採水容器による予備排水を行い,その後本採水を行うべきである.予備排水の目安は排水中のトレーサー濃度が掘削水のトレーサー濃度に対し5%以下に低減するまで行なうべきである.本採水は,採水中のトレーサー濃度が掘削水のトレーサー濃度に対し1%以下であることが望ましい.
  • 採水法(3):希ガス分析用採水容器は,高真空にした特殊な専用採水容器を用いるべきである.ただし,上記の内容は地下水流動系評価のために必要な水みちのデータセットのうち,a)断裂—裂罅系の水みちとしての同定,b)水みちを流れる地下水の地化学的特徴とその起源までであり,c)水みちの水理特性については検討していない.これは従来ある割れ目が高透水性割れ目であるかどうかを具体的に検証する手段がなく,特定の割れ目を対象にするとは言うものの実際には区間採水・区間水理試験など一定の区間長を対象にしたデータを取得する技術しか存在せず,本来の水みちの水理特性などを検証できなかったためである.また,水理試験などは孔壁が崩壊しない限りいつ試験を行ってもデータの取得が可能であり,相対的な優先順位が低かったという点も否めない.

花崗岩体などの地下水流動系評価については,概要調査や精密調査などの各調査の段階毎にどのような項目まで調査しなければならないかを考慮し,そのために必要な技術開発を進めていく必要があると考えられる.

2) 阿武隈花崗岩体の既掘削ボーリング孔でハイドロフォンVSP検層を行った結果,三春-2サイトや白沢サイトなどのように尾根筋で掘削したボーリング孔と三春-1サイトのようにリニアメントのステップ構造部で掘削したボーリング孔では,チューブ波の発生頻度に著しい差があることがわかった.これら掘削地点の地形的特徴の差が,地下深部の開口割れ目の存在度の差と密接に関係していることは,深部地下水流動系を考える上で極めて重要な知見と考えられる.

チューブ波を検出対象とするハイドロフォンVSP検層は,ボーリング孔壁に存在する開口亀裂を高精度(精度10cmオーダー)に検出することが可能である.深層地下水系の原位置採水において亀裂地下水に対するボーリング掘削水あるいは孔内水による汚染をできるだけ減少させるためにこの手法を用い,ボーリング掘削停止直後数時間以内に採水深度を決定でき,迅速性と開口亀裂の有無の判定の容易さの面で,開口亀裂の新しい探査技術として有効な手法と考えられる.

 

ボーリング孔で採取された地下水を用いた調査手法

3本のボーリング孔(三春-1,三春-2,白沢)で原位置採水された地下水試料の化学組成は,ナトリウムイオン(Na),カルシウムイオン(Ca),重炭酸イオン(HCO3),塩化物イオン(Cl)が主要成分である.NaとClについてはボーリング地点間の深度プロファイルに違いが見られないが,CaとHCO3濃度については,ボーリング地点間で異なる傾向を示す(図3-29).深層ほどNa濃度が上昇する要因としては,NaとCaの交換反応,albiteの溶解などが考えられる.Na濃度にボーリング地点間の違いが見られないことは,各ボーリング地点の母岩が同一である(阿武隈花崗岩体の古期花崗岩類に属する長屋岩体;亀井・高木,2003)と整合的である.Clの濃度変化は,表層からの人為的なClの混入の結果と考えられる.

地点間で濃度に違いが見られたCaやHCO3については,calciteの溶解反応の有無が要因と考えられる.HCO3濃度は,三春-1及び三春-2サイトで白沢サイトよりも高濃度であり,安定炭素同位体比(δ13C)の深度プロファイルも両サイト間で大きく異なる(図3-30).三春-1及び三春-2サイトでは深層ほどδ13C値が高く,白沢サイトでは200m以深でややδ13C値が高くなっているが,基本的には浅層からほぼ一定の値を示す.このことから,三春-1及び三春-2サイトでは深部流体のような非常に深い深度からの炭素や炭酸塩が溶解した炭素成分の寄与を示唆しており,Ca濃度の違いも深部起源CO2の供給によって促進される炭酸塩の溶解反応が原因と考えられる.このことは,主要化学成分濃度の鉛直変化からも支持される.三春サイトではNa濃度とHCO3濃度に強い相関があり,1:1の割合で変化する.CO2の供給を伴う炭酸塩の溶解反応と溶解したCaの除去とNaの増加という交換反応の2つの組み合わせで説明が可能である.この炭素のδ14C値は非常に低い(14Cを含まない)ことが推定される(図3-30).白沢サイトではそのような深部起源の炭素の寄与がほとんどないものと考えられ,炭酸塩の溶解が起こらないためCa濃度が増加せず,Naとの交換反応により濃度が減少するのみであると考えられる.三春サイトでは,近接した2つのボーリング地点で開口亀裂の存在度や透水性に大きな違いが見られたが,炭素成分については同じ傾向を示し(図3-30),どちらも深部起源炭素の供給があると考えられる.深部起源炭素の供給は,三春サイト全体の特性であり,個々の掘削地点の透水性とは無関係であるため,大規模な構造線の近傍に位置することが原因であると考えられる.従って,盛岡-白河構造線と呼ばれる大規模重力構造線近傍では地下深部から炭素が供給されて地下水の水質が形成されていると思われる.

  • 図3-29 阿武隈結晶質岩地域の3つの既存掘削孔から得た地下水のNa濃度(a),Cl濃度(b),Ca濃度(c)の深度プロファイル.

  • 図3-30 阿武隈結晶質岩地域の3つの既存掘削孔から得た地下水のHCO3濃度(a),δ13C(b),δ14C(c)の深度プロファイル.

 

地下水の起源・涵養環境・同時代面の推定手法

地下水の起源及び涵養時の環境を知るためには,地下水の同位体組成の利用が有効である.δD-δ18Oの関係から,三春・白沢サイトの各ボーリング孔から採取された亀裂地下水は天水起源である(図3-31).δDとδ18Oの関係は非常に明瞭で,ほぼ同一の天水線に沿ってプロットされるため,今後の議論はδDを用いて行う.白沢サイトの亀裂地下水は深度75mまでδD値が徐々に低くなり,200m以深の亀裂地下水で深度75mと同じかやや高い値を示す(図3-32).白沢サイトの深度75mなどにみられる低いδD値は,現在の周辺地下水のδD値と比べても低い値である(図3-31).これは,地下水が周辺よりも高い標高で涵養されたか,寒冷・乾燥の気候条件下で涵養したことを示唆している.白沢サイト周辺は定高性の高い準平原状の地形であり,周辺に高い地形がないことから,寒冷気候下で涵養した地下水であると考えられる.白沢サイトでは,前述したように深部起源の炭素の影響がほとんどないと考えられるため,14C濃度から算出した年代が地下水の滞留時間の指標となる.白沢サイトの深度75mの地下水試料は,12000〜13000年の14C年代を示す(図3-32).白沢サイトの深度75mの試料の水の同位体組成と14C年代値を総合的に考慮すると,この水は最終氷期ごろの寒冷な時期に降った天水が起源と推定される.

三春−1サイトの深度271mの試料は,白沢サイトの深度75mの試料とほぼ等しいδD値とδ18O値を示し,時間の経過とともに地下水に蓄積する成分であり滞留時間の指標となる放射壊変起源のヘリウム4He excessの濃度もほぼ同じ値を示す.従って,三春サイトの深度271m付近の地下水と白沢サイトの深度75m付近の地下水は,ほぼ同じ時期に涵養されたと考えることができ,地下水の同時間面を示していると考えられる.

  • 図3-31 阿武隈結晶質岩地域の3つの既存掘削孔から得た地下水及び周辺の浅層地下水の水素・酸素同位体組成.

  • 図3-32 阿武隈結晶質岩地域の3つの既存掘削孔から得た地下水のδD(a),4He excess (b),14C年代(c)の深度プロファイル. 4He excessは,涵養時に溶存していた大気平衡成分を差し引いた濃度である.

 

地質・水文地質学的調査及び物理探査手法

阿武隈地域の地下水調査では,表層水調査において断層・構造線沿いに平均涵養標高の異常点が分布することが明らかになっている.また,大規模な重力構造線である盛岡-白河構造線近傍のボーリング地点では,地下深部からの炭素の供給により,地下深部から炭素の供給がないと考えられる地点とは異なった水質を形成することが明らかになっている.阿武隈花崗岩体のような結晶質岩類では,地下に賦存する地下水は,断層(構造線を含む)・亀裂などの断裂系を流動速度の速い水みちとして用いており,浅層-深層地下水間の水の流れ・相互作用においても断裂系の評価が重要と考えられる.

 

大規模重力構造線の調査・探査技術

盛岡-白河構造線は,岩手県盛岡市周辺から福島県白河市周辺へと連続する日本有数の重力構造線である.阿武隈地域では,阿武隈花崗岩体の北中部〜西縁部にかけて北北東-南南西方向に縦断しているが,その詳細な位置については不明であった.阿武隈花崗岩体中西部地域では,精密重力探査により福島県田村郡三春町実沢地区を通過することが明らかになり,その解析結果から鉛直変異量2.4〜3.6km程度の巨大な重力構造線と推定された.また,重力探査と同時に行われた屈折法弾性波探査により盛岡-白河構造線の東側2.6km,西側2.2kmの範囲で弾性波速度の低下が観測されている(図3-33).しかし,亀井・高木(2003)による地質調査では,三春町実沢地区の盛岡-白河構造線の両側に同種の花崗岩類が分布しており,盛岡-白河構造線そのものは浸食のため谷地形であり,表層のマサ化などの影響もあって構造線そのものの露頭を見出しえないため,断層の存在そのものを認定していない.
阿武隈花崗岩体のような花崗岩地域では,断層・構造線の両側に同種の岩石が分布することは一般的であり,また断層・構造そのものは浸食に弱く谷地形を作りやすく,表層のマサ化などの影響もあって,断層露頭が直接確認できないことは一般的に考えられる.このような花崗岩体内部の断層・構造線を捕捉するためには,調査対象地域を横断するような弾性波探査を実施し,相対的な低速度構造を抽出し,精密重力探査により重力異常の急変点を抽出することにより,地下に伏在する断層・構造線などの構造を捕捉する必要があると考えられる.

  • 図3-33 大深度屈折法弾性波探査結果と地質構造の関係(放射性廃棄物地層処分に関する解析・評価グループ,2000に一部註記).

 

リニアメント地形(構造谷)の地下に伏在する断層の探査技術

花崗岩地帯に発達するリニアメント地形の多くは,花崗岩中に発達する断層沿いに差別的な侵食が進行した結果として形成された構造谷に由来したものと考えられている.しかしながら,リニアメントを形成するような構造谷の地下に,実際に断層が存在しているか否かが確認された例は少ない.

花崗岩地帯の浅部地下構造を対象とした物理探査では,主に浅層地下水の探査を主目的として,電気探査や電磁探査(スリングラム法・VLF法・TEM法),放射能探査などが実施されることが多いが,偽像や不確実性などの問題もあり,花崗岩地帯の浅部地下構造探査技術としては不十分であった.しかし,スプリング式重力計を用いたクランプレス重力探査法を用いることで,花崗岩のマサ化に伴う低密度化を高精度に検出し,花崗岩地帯の浅部風化構造の探査が可能である.また,塚本ほか(2010)は,スプリング式重力計を用いたクランプレス重力探査法と弾性波探査の一種である扇射法弾性波探査を組み合わせることにより,より高精度に浅部地下構造をイメージングできること,またリニアメント地形を示す構造谷の地下に断層が伏在することを報告している.

塚本ほか(2010)は,阿武隈花崗岩地帯のリニアメント地形を示す構造谷において,伏在断層沿いの低重力構造や扇射法弾性波探査における初動走時の遅れを観測しているが,その範囲は伏在断層沿いの幅数m以内であり,従来の5mあるいは10m程度の測点間隔の探査では検出不可能である.

また,断層直上でのボーリング掘削の結果として周辺よりも高い水頭を有すること,谷底の田圃では稲の低温障害(発育不良)が伏在断層沿いに連続して観察されることから地下の伏在断層沿いに夏場としては相対的に冷たい水が湧出していることを示唆しているとしている.重力探査や弾性波探査を用いた塚本ほか(2010)の方法は,花崗岩地帯の地下に伏在する断層の新しい探査法として有効な手法と考えられる.

 

花崗岩地域における地下水の局地流動系

侵食残丘として残る小山塊における局地流動系

準平原状の地形を示す阿武隈花崗岩地域で,侵食残丘として残る小山塊の尾根筋で行った2地点(三春-2(図3-34)及び白沢サイト(図3-35))のボーリング調査結果は,同様の水文地質的特徴を示している.

1)山塊の地下浅部には開口割れ目が極めて少ない.

2)採水調査時の採水区間の減圧比を考慮すると,地下浅部に存在する亀裂の透水性は一般に低い.

3)地下深部に存在する,隣接する構造谷(リニアメント地形)に連続するような断裂系のみが高い透水性を示す.

透水異方性を考慮すると,上記のような特徴を持つ地形的な侵食残丘である小山塊は,水文地質構造としては独立したコンパートメント構造をなし,局地流動系の最小単位をなしていると考えられる.また,小山塊に隣接する構造谷(リニアメント地形)に連続するような断裂系が極めて高い透水性を示すことから,独立したコンパートメント構造をなす山塊相互間での地下水の交流は起こり難いと考えられる.

  • 図3-34 三春サイト周辺の地形図及び三春-2サイトの模式図.

  • 図3-35 白沢サイト周辺の地形図及び白沢サイトの模式図.

 

リニアメントのステップ構造部における局地流動系

阿武隈花崗岩地域で,リニアメントのステップ構造部で行った三春-1サイトのボーリング調査結果は,侵食残丘として残る小山塊の尾根筋で行ったボーリング調査結果と比較して,極めて特異な水文地質的特徴を示す.

1)開口割れ目が多く存在する.

2)採水調査時に採水区間の減圧がほとんど観測されず,亀裂の透水性は一般に高い.また,採水調査時に採水区間が減圧した1例についても,減圧比を考慮すると,亀裂の透水性は比較的高いと考えられる.

これらの水文地質構造的特徴は,侵食残丘として残る小山塊の尾根筋で行ったボーリング調査で,隣接する構造谷(リニアメント地形)に連続するような断裂系が高い透水性を有していたことを考慮しても,極めて特異的といえる.また,三春-1サイトでは,トリチウムなどの地表由来物質が比較的深部まで到達しており,これらの地下水化学的事実と水文地質構造的特徴は整合的であり,花崗岩地域における局地流動系の特異点として考慮する必要がある.

 

引用文献

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