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大字誌「細谷」の発刊にあたって



 産業技術総合研究所 地質調査総合センター 地圏資源環境研究部門 地圏環境評価研究グループの保高徹生、金井裕美子、高田モモ、坂原桜子(2022年度まで)、五十嵐順子は、福島県双葉郡双葉町細谷地区 田中信一区長、大橋庸一元区長や地域住民と連携して、2023年6月に大字誌 細谷を発刊しました。
 細谷地区は、福島県双葉郡双葉町内に位置しており、東京電力福島第一原子力発電所に隣接をしている地区です。2011年の東日本大震災の発災後、住民は直ちに避難し、それから細谷地区に戻ることはできませんでした。現在、その大部分は福島県内の除染で発生した除去土壌や廃棄物を保管する中間貯蔵施設となっています。住居の多くは取り壊され、仮設焼却炉、廃棄物保管施設が立地するなど、2011年以前の風景とは大きく異なります。
 2019年頃に、本研究グループのメンバーは、細谷地区の大橋元区長と対話をした際に、「この地にはもう戻れないかもしれないけれど、この地域の土地や人々の記憶を残したい」という想いを聞き、地域の記録誌を作る活動を開始しました。地域住民との対話を重ね、現地を歩き、人々の記憶や地域の写真を元にした記憶地図そして大字誌を作成しました。完成した大字誌は6月22日に細谷地区総会にて、田中区長、大橋元区長、細谷地区の皆様にお渡しさせて頂きました。また、双葉町、福島県立図書館等にも寄贈させて頂きました。その後、メディアで取り上げて頂いたこともあり、大字誌を読みたいという声を頂くようになりました。このような背景の元、田中区長、大橋元区長と相談し、双葉町細谷地区のことを多くの方に知って頂く機会にもなるため、2024年1月にWEBサイトにも公開させて頂く運びとなりました。


表紙イメージ
大字誌 細谷  PDF版 ダウンロード [PDF:4.8KB]

細谷地区位置
細谷地区の位置と過去と現在の航空写真 拡大版[拡大版を開く




故郷への想いを託す      双葉町細谷行政区 元区長   大橋庸一 

 故郷双葉町は緑が豊富で、山菜等四季折々の幸に恵まれ穏やかで住みよい環境にありました。大橋様画像 私の暮らした細谷行政区は、45世帯人口160人ほどで、三世代同居が当たり前で四世帯同居の家庭もあり地区全体が顔見知り。 地区に隣接して、東京電力福島第一原子力発電所が立地し、2011年当時、最も近い家は、フェンスから30メートルほどでした。2011年3月11日14時46分、震度7の大地震発生に続き津波の襲来。私は、細谷行政区長として地区内巡視しましたが、幸い人的被害はありません。
 しかし、倒壊家屋数軒、大半の家屋が何らかの被害を受け、道路に亀裂が走り、車での走行は困難を極めました。 そして、17時半頃「原子力発電所から3キロメートル以上に緊急避難」の防災無線が流れ、町内の公民館に避難。 翌日避難指示区域は半径10キロメートル、20キロメートル、30キロメートル圏内に拡大しました。翌日に帰れるものと思い、 ほとんどの細谷町民は、着のみ着のまま避難しましたが、再び慣れ親しんだ生活に戻る事はなく、かつての地域コミュニティは失われました。
 2015年1月双葉町が中間貯蔵施設建設受け入れを容認し、細谷地区の大部分が中間貯蔵施設工区となり、訪れるたびに故郷の風景は、思わず息を呑むほど様変わりしていました。 比較的落ち着いた避難先での生活の中で、「心だけでも故郷に帰還したい」、そんな事を考える日々が続きます。 同時にかつてのようなコミュニケーションを取り戻し細谷の記憶を次世代に継承する責務があると思う中で、細谷史の編纂は嬉しく大変貴重な事と思いました。 さらなる双葉町の復興もこの目で見たい、次の世代や町外の人々が魅力を感じ交流拡大につながる新生双葉町になって欲しい…。
 戻れなく失われた故郷ですが、未来に向けて、避難後も自分のできることに尽力してきました。羽山神社の社殿は震災前に新築を計画していたが、老朽化と大震災により倒壊、役場及び環境省の理解の下、再建を果たし、春には例大祭を開催しています。
 また、震災前、細谷地区内町道に植え、避難後見事に咲き始めた彼岸花の球根を、2017年に避難指示が解除され御縁があった川俣町山木屋地区に移植し、 毎年秋に、「彼岸花を愛でる会」として細谷、双葉町、山木屋支援GROUPの方たちが集い、交流の輪が広がりました。 彼岸花の一部をいつか双葉町に、里帰りとして移植する事を目指しています。 その彼岸花の移植や毎年の集いで知り合った産業技術総合研究所や神戸大学の皆さんと、この大字誌を作り後世に残そうとなりました。多くの人のその繋がりから生まれた本誌を私どもの末裔に継承し、双葉町の未来への想いを託します。 原発事故による長期避難は理不尽極まりない経験でしたが、自分の人生と同じように、わが町も多くの人のつながりの中で復興を遂げることを念じてやみません。

記憶の伝承に向けて      双葉町細谷行政区 区長 田中信一

 2011年の3月11日の東日本大震災と、世界最悪とも言われた原発事故により始まった避難生活から、田中様画像早くも12年の月日が過ぎようとしています。あれ以来、もう二度と自宅に戻れないという事態になりました。
 震災前には四世代10人家族で暮らしていた大切な家があり、私なりに色々と苦労して建てた思い出深い家でした。木材も長い時間をかけ自前で準備をし、近所の工務店にお願いをして建ててもらいました。庭には石塔があり、池では鯉が泳ぎ、成人式の日には写真を撮る娘たちの姿がありました。その思い出の家が、一時帰宅をした時には家の中までが獣に荒らされていて、見るも無残な状態で本当に悲しく心が折れそうな思いでした。その後、大字細谷地区は大半が中間貯蔵施設の用地となり、私の家もその中にあり母屋は解体されました。そのことを受入れる苦痛は言葉にするのが難しいほどでした。このような色々な経験をしたことで、過去のことはあまり振り返らず現実を直視し、孫たちの成長を楽しみにしながら穏やかに暮らしたいという思いもあります。
  細谷地区は、原子力発電所事故が起こる前までは緑豊かな自然溢れる集落でした。しかし、一時帰宅をするたびに中間貯蔵施設建設工事のために原形をとどめぬほどの変わり行く故郷を見ていく中で、多くの先人たちが何世代にもわたり築き上げてきた生活の様式や文化が忘れ去られてしまうことが非常に残念でなりません。そうした生活は細谷に住み続けていれば孫たちにも自然に伝わるはずでした。それができない今、何か記録に残さなければこの細谷地区がなくなってしまいます。そんな時に、山木屋地区での『彼岸花を愛でる会』で知り合った産総研の方々や神戸大学から声がかかり、一緒に協力し合いながら大字誌を作ろうと言われました。それが大字誌作りに取り組んだ第一の理由です。
  もう一つの理由は、双葉町の町づくりに役立てたいという考えに賛同したからです。この先、中間貯蔵施設の跡地利用に我々世代が関わることはないかもしれませんが、確かにそこにあった、その土地や気候に合わせた暮らしの様子を伝えることで、今後の町づくりの一助になればと願っております。
  細谷行政区の役員方に声掛けをし、出来るだけ多くの話を集めましたが、載っていない大事な話や数字的にも正確でない部分が多少なりともあるかもしれません。しかし、中間貯蔵施設用地内にあった土地の歴史や文化、そして生活の様子が少しでも伝わるものになったのではないでしょうか。このような形で故郷細谷地区の記録が少しでも残せたことは私にとって大変意義深く、次世代に継承できれば幸いであります。
  終わりに双葉町の早期復興とこの大字誌の作成にあたり多くの方々にご協力を頂いたことに対し、心より厚くお礼申し上げます。

編集にあたって         編集代表:産総研 保高徹生

 本大字誌の作成については、彼岸花のご縁で編集者が細谷地区の大橋さん、田中さんを始めとした皆様と出会ったことがスタートでした。 話に聞くだけでなく、現地を訪れ、震災後の変わりゆく細谷を見て、この地を今後訪れる多くの人が、地域の歴史を知る必要性があるのではないかと考えました。 田中さん、大橋さんにもご賛同を頂き、多くの方からお話を聞かせて頂きました。
 また、羽山神社の例大祭やかしわ餅作りなど地域の文化もご一緒させて頂く機会を得ました。 関係者の皆様に、まず改めて感謝申し上げます。 本大字誌は、細谷住民の方から伺った記憶を中心に編集しました。 記憶というものは、主観的で、ましてや遠い過去のことであれば、必ずしも正確とは言えません。 協力頂いた皆様の年齢や性別の偏りもあります。 けれども、この大字誌では、客観的に正しい事実よりも、地域の営みや風景が、実感のこもった個人的なお話から伝わることをめざしました。 より分かりやすく伝えるために、まず、記憶の背景である「基本情報」を、次に、「細谷の記憶」を掲載しています。 細谷住民の皆様の思い出話の発端にしていただき、また、双葉町の復興、今後の地域振興に関わる方の参考になることを祈念します。
 本大字誌に関連するインタビュー、編集、印刷、製本は産業技術総合研究所 領域融合ラボE-code予算および (独)環境再生保全機構の環境総合推進費(JPMEERF22S20930)により実施しました。双葉町役場、環境省にもご協力を頂きました。記して感謝申し上げます。



記念写真

6月22日 大字誌 寄贈
(左から、田中区長、大橋元区長、保高研究グループ長)

編集代表:
保高徹生(産業技術総合研究所)
編集:
大橋 庸一(双葉町細谷行政区)
田中 信一(双葉町細谷行政区)
保高 徹生(産業技術総合研究所)
金井裕美子(産業技術総合研究所)
五十嵐順子(産業技術総合研究所)
インタビュー実施者:
保高 徹生(産業技術総合研究所)
坂原 桜子(元神戸大学/元産業技術総合研究所)
高田 モモ(産業技術総合研究所)
金井裕美子(産業技術総合研究所)
イラスト:
五十嵐順子(産業技術総合研究所)
協力:
藤井 新子(産業技術総合研究所)

問合せ先
   国立研究開発法人 産業技術総合研究所 地圏資源環境研究部門
   地圏環境評価研究グループ 保高徹生

     〒305-8567 茨城県つくば市東1-1-1 中央第7
Eメール: M-res-geo-Toiawase-ml*aist.go.jp(*を@に変更して送信下さい。)