TG-TOFMSによるガラス繊維強化樹脂の劣化構造解析
事例No.
AT-0023
概要
複合材料の信頼性向上にむけた材料設計において、劣化による構造変化を解析することが重要である。本事例発表では、熱重量分析-飛行時間型質量分析 (TG-TOFMS) 、主成分分析(PCA)、Kendrick Mass Defect (KMD)解析を組み合わせた手法によりガラス繊維強化ポリプロピレンの熱酸化劣化を評価した。劣化により生成するポリプロピレン酸化物の構造を詳細に解析するとともに、ポリプロピレン酸化物生成量とガス化による重量損失量を定量的に明らかにした。
お困りごと・要望
複合材料の劣化成分の構造や劣化度合を調べたい。
事例提供機関
サンプル
分析方法
複合材料の熱酸化劣化においては、ポリマーの酸化と分子切断による低分子量化、さらには、低分子量の揮発が生じる。そのため、複合材料の熱酸化劣化について正確に理解するには、ポリマーの分子構造変化とフィラー/マトリックスの重量比の両方を高感度に捉えることが重要である。上記の有効な分析手法として、熱重量-飛行時間型質量分析法 (TG-TOFMS) に着目した。本手法で得られる温度依存の高分解能マススペクトルは、データ量が膨大であり、酸化劣化成分に由来するマスピークを抽出することは容易ではない。そこで、解析の手段として、主成分分析 (PCA) とKendrick Mass Defect (KMD) 解析を組み合わせたTG-PCA-KMDを新たに開発した。本手法により、ガラス繊維強化ポリプロピレン (GF/PP) の熱酸化劣化による構造変化とフィラー/マトリックスの重量比の変化を同時に捉え、劣化の進行を定量的に評価した。
劣化時間の異なるGF/PPのTG-TOFMS測定により得られた膨大な高分解能マススペクトルデータに対して、PCAを用いることで、未酸化PPと酸化PP由来の熱分解生成物に特徴的なイオン群を抽出した。PCAで抽出したイオン群にKMD解析を適用することで、各主成分の化学情報を包括的に解釈した。さらに、未劣化PPと劣化PP由来の熱分解生成物の発生挙動を示すPCAスコアの推移を関数として、微分熱重量 (DTG) 曲線をフィッティングする手法 (PCAフィッティング) を適用し、重量割合に基づく劣化成分の定量的な評価をした。
分析結果
大気中180 ˚Cで0、4、6、12時間劣化処理したGF/PPのTG-TOFMS測定により得られた大量の高分解能マススペクトルに対し、PCAを適用した。第1、2主成分で、温度依存マススペクトル変化の97.0、1.9%を説明できることがわかった。スコアプロットより、第1主成分は主に400-480 ˚Cの温度範囲で発生する生成物に由来し、劣化処理時間が長くなるにつれてスコアが減少した (図1a)。
第2主成分は主に200-400 ˚Cの温度範囲で発生する生成物に由来し、劣化処理時間が長くなるにつれてスコアが増加した (図1b)。第1、2主成分の化学的な意味合いを解釈するために、ローディングのKMDプロットを作成した。第1主成分は不飽和度0.5-4.5の炭化水素であることから、未酸化PPの熱分解生成物に特徴的なイオン群であることが示された (図1c)。第2主成分は酸素原子を0-3個持つ酸化炭化水素であることから、酸化PPの熱分解生成物に特徴的なイオン群であることが示された (図1d)。第2主成分に抽出された、不飽和度が1.5-7.0の炭化水素は、熱分解中に酸化PPから含酸素の官能基が脱離することで生成したと考えられる。
以上より、PCAで得られた第1、2主成分のスコアプロットは、それぞれGF/PP中の未酸化PPと酸化PPの熱分解生成物の発生に由来することがわかった。そこで、GF/PPのDTG曲線に、第1、2主成分のスコアプロットでPCAフィッティングを行った。フィッティング面積から未酸化PPと酸化PPの重量割合を算出した。図2は0、4、6、12時間劣化処理したGF/PP中の未酸化PP、酸化PP、GFの重量割合を示している。劣化時間の経過とともに未酸化PP割合は減少し、酸化PP割合は増加した。これは、180 ˚Cの劣化処理により、PPの酸化反応が進行していることを示している。GFの割合は、劣化処理0時間のGF/PPのTG-TOFMS測定後のサンプル残渣量から29.7%であった。劣化時間の経過によるGF/PPの全成分割合の減少は、熱酸化劣化によりPPがガス化したためと考えられる。GF/PP中の劣化成分の割合は、酸化PPとガス化PPの合計であるため、大気中180˚Cで0、4、6、12時間劣化処理したGF/PP中の70.3%のPPのうち、2.9、8.9、12.5、30.2%が劣化したことが分かった。
本研究では、新たに開発したTG-PCA-KMDを用いて、GF/PPの熱酸化劣化による特徴的な熱分解生成物を特定し、酸化したPPとガス化したPPの重量割合に基づく劣化状態の定量的評価を行った。本研究により、TG-PCA-KMDが、高分子複合材料の劣化構造解析および劣化状態の定量的な評価に有効である可能性が示された。
関連装置
TG装置 (STA 2500 Regulus、NETZSCH製)
TOFMS (JMST200、日本電子製)
ガスクロマトグラフ (7890B、アジレント製)
コメント
高分子(複合)材料の定量的な劣化解析技術です。高耐久性の材料開発や材料の品質保証に役立てることができます。
適用可能な材料
高分子・ゴム材料、繊維強化プラスチックなどの複合材料、多成分有機材料
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