リスク管理戦略研究チーム |
「リスクの定量評価」□リスクの共通尺度の開発
社会経済分析のためのエンドポイントを「健康リスクの減少」とした場合,救命人数,獲得余命,獲得QALYs(Quality Adjusted Life-Years)などいったリスクの指標が考えられる。このようなリスクの指標を用い,さらに暴露や感受性の個人差を考慮することによって,幅広い健康影響についての定量化が可能になり,様々な種類のリスクを相互に比較したり順位づけたりすることができる。QALYs以外にも,健康リスク削減への支払意思額(WTP:Willingness to Pay)を用いて金銭的に表現する方法もある.われわれは,仮想評価法(CVM)やコンジョイント分析を用いて,微小なリスク削減への支払意思額の推計を行っている.
□リスクの定量評価のための基盤整備
定量的なリスク計算の基盤として,暴露レベルの個人差に関する情報を含む暴露評価に用いられる関連情報(暴露係数ハンドブック)の作成(図1:リンクhttp://unit.aist.go.jp/riss/crm/exposurefactors/)や,個人差や影響の重篤度を考慮したリスク計算機の開発を行なっている。図1 暴露係数ハンドブック
「暴露評価」
□発生源解析:環境測定データから環境中有害化学物質の発生源とその寄与率を推定する
環境中に存在する有害化学物質について、その発生源を知ることは、リスクを管理し、効果的な対策を講じるためにまず必要なことである。しかし、すべての発生源があらかじめ認識されているわけではなく、また、排出量に関するデータも通常限られている。そこで、環境濃度測定データから、「多変量解析等の統計的手法」や「化学物質の環境動態予測モデル」を活用して、特に様々な化学物質間の濃度の時間変動や空間分布の差を解析することにより、環境中の各化学物質に対する主要な発生源の特定とその寄与率を推定する(図2)。ケーススタディを通して,いくつかある手法の適用可能性についての吟味を行なっている。
図2 環境測定データから推定される環境中有害化学物質の発生源とその寄与率の一例
各グラフは、化学物質A,B,C,Dの相対存在割合(プロファイル)を表す。
□室内汚染の調査
化学物質の室内濃度に関する既往の研究では,ある一日の測定をしただけのものが多い.リスク評価においては,中長期の暴露レベルの分布(個人差)が重要であるが,既往の調査結果を単純に用いたのでは,暴露レベルの分布を過大評価し,結果としてリスクを過大評価することになる.中長期の暴露レベルの分布を適切に評価するためには,評価対象物質の室内濃度,放散量,換気回数といった項目について変動と分布の情報が必要になるが,現状では,その変動や分布をほとんど裏付けのない仮定に依存せざるを得ない.
そのため,約25軒の住宅を対象に,4季節にわたり一週間ずつ毎日カルボニル類とVOC類の室内濃度や換気率を測定することにより,それらの日変動や季節変動を系統的に把握することを目的とする.また,換気量に関しては,各部屋間の空気交換量に関しても把握することを目指している.
「化学物質リスク削減対策の社会経済分析」
□リスクや技術の選好評価手法の開発
人々のリスクや技術に対する選好を明らかにするために,評価手法の開発およびアンケート調査を実施している.調査の焦点は,(1) 対象となるリスクの種類によって選好は異なるか,(2) リスク削減のタイミングによりどのように選好が変化するか,(3) 対象者の年齢によって選好が異なるか,などである.(1)はこれまで「がんプレミアム」が存在するかという問題として検討してきた.(2)は割引率の問題であり,準双曲的割引モデルが当てはまるかどうか検討する.(3)は世代間分配の問題でもあり,健康リスク対策の効果の指標として,”life”か,”life-year”か,”QALY”か,あるいはそれ以外の指標が適切であるのかという問題とも関連がある.
さらに,多様な選好を基礎付ける価値観やリスク認知のばらつきについても検討する.
□社会経済分析ガイドラインの公開と更新化学物質の排出を削減する対策の費用と効果を定量的に評価するための手法を整理し,CRMのWebに公開している(図3:リンクhttp://staff.aist.go.jp/kishimoto-atsuo/socioecono.htm).
情報は定期的に更新していく予定である.また,このような手法を用いて,詳細リスク評価対象物質のリスク削減対策の評価を実施している.
図3 社会経済ガイドライン
□規制影響分析(RIA)のための基礎データ集
日本では2004年度から規制影響分析の試行が始まり,化学物質の規制も対象に含まれており,社会経済分析ガイドラインに紹介したような手法が適用できる.また,環境・安全規制にも同様の方法が応用できる.米国や英国ではかなり前から規制影響分析が実施されており,これらの分析事例は日本で同様の分析を行う際に参考になるだろう.そこで,これらを,内容や分析手法別にデータベース化し,有効活用できるように整理している.