生態リスク解析チーム


化学物質による生態系への影響に関するリスク評価において,評価対象となる生態系が多様で複雑であるため,人の健康影響に関するリスク評価に比べ,研究が立ち遅れている現状にある.当チームでは,持続可能な生態系を目指した化学物質の利用と規制に関する環境政策を提案するため,科学的およびリスク管理的な視点から化学物質による生態系への影響を「生態リスク」として定量的に捉えることのできる理論構築や手法開発を行なう.また,実環境の水系における生態リスクの診断と評価を行うため,河川流域の化学物質濃度を予測できる水系暴露解析モデルの開発も行なう.

これらの研究成果を適用した詳細リスク評価書を作成し,公開することによって,生態リスク評価の概念や個体群レベル評価の重要性や手法を社会に浸透させることを目標とする.現在,生態リスクの評価手法を中心に,以下の5つの研究課題に取り組んでいる.

・ 個体群レベル生態リスク評価手法の開発に関する研究
・ 残留性有害汚染物質の水棲生物における蓄積レベル予測手法の開発
・ 水系における化学物質の暴露濃度推定モデルの開発
・ リスク当量による化学物質の生態リスクの換算手法の開発
・ アルコールエトキシレート,亜鉛,クロロホルムの詳細リスク評価書の策定

上記の研究課題のうち,主な成果を以下に紹介する.


1. 個体群レベル生態リスク評価手法の開発

化学物質が環境中に排出されてから生態系へ影響が伝播していく仕組みは,Fig. 1に示した概念図で表現できると考える.化学物質が環境中に排出された時,まず酵素あるいは細胞レベルの生化学的な反応,例えばエストロゲン様作用物質の場合,ビテロジェニンや酵素の合成に影響を及ぼす.もし,その影響程度が深刻であるならば,これらの生化学的な反応の影響が累積し,生物個体の組織,行動や形態への影響として伝播され,その結果,精巣卵や体サイズ異常などの組織的なあるいは形態的な異常として発現する.

これらの組織的な異常の影響が更に累積し伝播されていくと,生物個体の生存,成長や繁殖への影響に反映される.従来のLC50,NOECやHQなどによる影響評価はまさにこの階層の評価に対応している.こうした生物個体レベルの影響が1個体だけではなく,多数見られた場合,その影響はやがて従来の生態毒性学範疇から生態学範疇の個体群レベル,更に群集レベル,生態系レベルへと順に影響が累積し伝播されていく.

一般的にIとIIのような低い階層レベルで受けた影響は必ずしも高い階層レベル(III以上)へと伝播されていかないが,逆に高い階層レベルで受けた影響,例えば,個体群レベルで影響を受けたら,その影響は必ず低い階層レベルの方へと伝播されていく.

したがって,より合理的に化学物質の生態影響を評価するためには,生化学的な反応や組織的異常などの低い階層レベルに注目するよりも,個体群存続に関連する死亡や繁殖などの指標に基づいた個体群レベルでの評価に焦点を当てる必要がある.

しかし,実際の環境政策に導入するためには,何を評価エンドポイントにするか,どのように評価すべきかが重要であるにもかかわらず,それらについての議論も少なくその実用的な評価手法の確立には至っていない.

本研究チームでは,環境庁(現在の環境省)が発表したヒメダカの4−ノニルフェノール(4-NP)のフルライフサイクル試験データを活用して,メダカ個体群存続への影響という観点から解析を行い,化学物質の管理政策に生かすことのできる実用的な個体群レベル生態リスク評価手法を提案した.提案した手法は既に当センターが作成し公開したノニルフェノール,ビスフェノールA,鉛の3つ詳細リスク評価書に適用されている.

今後,既に提案した魚類個体群レベル生態リスク評価手法の適用と発展を目指し,より多くのケーススタディの蓄積を通じて,個体群レベル評価を中心とした生態リスク評価の体系を構築する.そのため,情報量の少ない物質に対する個体群レベル生態リスク評価のための外挿手法の開発が,優先に取り組むべき研究課題である.



Fig. 1 化学物質による影響の伝播システム


2. 水系における化学物質の暴露濃度推定モデルの開発

河川流域での化学物質の観測地点や回数が限られているため,生態リスク評価に必要な水系暴露濃度を推定する必要がある.平成13年度からPRTR制度が開始されたことに伴い,化学物質の排出量のデータを容易に入手することができるようになったことから,このPRTRの排出量データを使って,水系における時空間的に詳細な化学物質の暴露濃度を推定できる化学物質のリスク評価・管理のための産総研−水系暴露解析モデル(AIST-Standardized Hydrology-based AssessmeNt tool for chemical Exposure Load,通称AIST-SHANEL)を開発した.

2004年には,多摩川,日光川(愛知県),大聖寺川(石川県),石津川(大阪府)の4水系について,1998−2000年の1日ごとの1kmメッシュ単位の水系暴露濃度を詳細に推定できるAIST-SHANEL Ver.0.8を公開し,2005年には,利根川・荒川,淀川,木曽川などの広域水系を追加した全13水系において,1991−2003年の月ごとの1kmメッシュ単位の水系暴露濃度が推定可能なAIST-SHANEL Ver.1.0を公開した.

本モデルは,河川水,河川底泥,土壌の媒体間で,SSの沈降や巻き上げ,Kocを考慮した物質移動に基づいたモデル式を設定しており,土壌吸着性の高い物質,水溶性の高い物質の物性を反映することができる.Ver.1.0では,大気と水系間の揮発や沈着も計算に含めている.

さらに,本モデルによって,Fig.2に示すように,生態リスクの観点から,水生生物に影響が出る濃度を超える確率を水系全体で見ることもできる.生態リスクの削減が必要な場合,業種や用途別の排出量削減や下水処理場での除去率向上に関わるモデル入力部分を変えて計算することによって,リスク削減対策が化学物質濃度の低減にどのような効果があるのかを定量的に評価することもできる.


Fig. 2 多摩川における河川水中NP濃度の0.1mg/m3以上の超過確率 

 

3. 詳細リスク評価書の策定

現在,取り組んでいる詳細リスク評価書は,以下のとおりである.

H18年度中に公開予定:コプラナーPCB,アルキルエトキシレート 
H18年度中に完成予定(来年度公開予定):亜鉛,クロロホルム

 


化学物質リスク管理研究センター

独立行政法人 産業技術総合研究所