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Society for Risk Analysis 2007 Annual Meeting参加報告

2007年12月10〜12日 米国San Antonio
岸本充生(リスク管理戦略研究チーム)

 

初日の全体集会では、New York大学の 脳科学者であるJoseph LeDoux氏からは恐怖や不安が起こる脳内メカニズムについて,Columbia大学の心理学者であるElke Weber氏からは期待効用理論を超える様々な理論についての講演があった。

LeDoux氏の専門分野は「感情」であり,新たに彼をトップに据えた"Emotional Brain Institute (EBI)" という組織が発足し、感情の神経科学とそれが行動に与える影響の研究が始まるようだ。

次期会長のWiener氏が両者を紹介する際に、過去10年間のスピーカーを並べてみて脳科学分野の欠落に気が付いたと発言した。SRAの守備範囲の広さを再確認するとともに、心理学的側面を追及すると必ず脳科学まで行き着くという学問的必然性も反映している。昨年の大会では、リスクコミュニケーションを進化論の観点から考えるというセッションもあり、この流れで来年は進化心理学者あたりが呼ばれるのかもしれない。

M2-B「シンポジウム:3者による規制協力:米国,カナダ,メキシコにおけるルール形成とリスク解析」では、米国の行政予算管理局(Office of Management and Budget: OMB)のMancini氏、カナダの国家財政委員会事務局(Treasury Board of Canada Secretariat)のGiraldez氏、メキシコのCOFEMER(規制改善委員会)のQuezada-Bonilla氏がそれぞれ自国の規制影響評価の現状を報告した。

米国OMBに関する報告はだいたい知っている内容だったが、分析する「影響」の範疇に国際的な影響も含める方向に進んでいるという点は初耳だった。現在、EUのSecretariat General(事務総局)との共同draftを作成しており、2008年半ばに最終案を発表する予定らしい。

カナダのRIAにはあまり注目していなかったが,2007年には数多くの進展があったようだ。1つは「トリアージ(triage)フレームワーク」の導入。これは欧州で比例(proportionality)原則と呼ばれているものに相当し、法規制が重要であればあるほど詳細に評価を行うべしという原則である。

カナダで導入されたトリアージは、13の影響項目にそれぞれ"low", "medium", "high"の評価をし、すべてlowなら"Low"、1つでも"medium"があったら"Medium"、1つでもhighがあったら"High"となる。それぞれのRIAにtemplateが用意されている。そもそもカナダでは1999年11月の"Government of Canada Regulatory Policy"によって、すべてのsignificantな規制提案について費用便益分析を実施することが義務付けられた。

この文書は2007年4月の"Cabinet Directive on Streamlining Regulation"に更新された。政府の費用便益分析ガイドラインは最初のものが1995年に発表された("Benefit-Cost Analysis Guide for Regulatory Programs")。2007年にはそしてこの要求に対して、(暫定版の)新しい費用便益分析ガイドライン("Canadian Cost-Benefit Analysis Guide: Regulatory Proposals")が発表された。

また、Directiveが要求する高度な分析にも対応できるように、Centre of Regulatory Expertise (CORE)が新設され、センター長と5名の専門家が省庁にアドバイスを提供する仕組みができた。プレゼンをしたGiraldez氏によれば、カナダのTreasury Boardは、米国OMBよりも強い権限を有しているとのことだった。

メキシコでは、連邦行政手続法改正によって2000年に設立された"COFEMER"(規制改善委員会)についての詳しい紹介があった。遵守費用が生ずる場合は、規制影響評価(RIA)が義務付けられ、RIAのdraftはまずCOFEMERに送られ、reviewされ、opinionをもらう仕組みになっている。

遵守費用が発生しない場合は、RIA免除申請を行い、COFEMERの承認を得る。また、public consultationの実施も義務付けられている。RIAは最終的にはOfficial Gazetteに掲載される.RIAシステムを強化するため、2007年2月には大統領令"Regulatory Quality Order"が出された.これらの資料はスペイン語のようなので、同様な内容はOECDの会議でプレゼンしたときの資料で確認することができる。

T2-B「リスク政策への観点:トレードオフ,累積的リスク,分配面への影響,専門家の見解」の座長は、OMBを退職して、再び学術界に戻ってきたJohn Graham氏。最初の報告はAdam Finkel氏によるリスクvs.リスク再考というような内容。最初は、1995年に出版された、Graham & Wiener編の"Risk vs. Risk"をはじめとする文献レビュー。続いて、代替リスクについて、"risk homeostasis", "risk hubris", "risk clouseau", "risk magoo"という整理が提示された。

手元のメモには、risk homeostasisには"third law of Risk"とある(これはよく分からない)が、Gerald J.S. Wilde氏が提示した仮説である。最近日本語訳された『交通事故はなぜなくならないか』で有名。人間は受け入れ可能なあるリスクレベルをあらかじめ持っており、たとえ政策でリスクを下げたとしても、再び最初のレベルまでリスクを上げてしまうような行動をとるという仮説(理論)。

次の、risk hunrisには"small and opposite reaction"というメモ。hubrisには自信過剰という意味があるのだけど分かりそうで分からない。3番目のrisk clouseau。"clouseau"はどうも英国映画「ピンクパンサー」シリーズからの登場人物である"Inspector Clouseau(クルーゾー警部)"から来ているらしい。4番目のrisk mangooの"mangoo"はパイ投げのパイという意味。このあたりはさっぱり意味が分からない。

続いて、リスクトレードオフに関しては,1)"sham tradeoff"(見せかけのトレードオフ), 2)"risk inevitability"(必然のリスク?), 3)"risk overkill"(やり過ぎのリスク?)という分類が示された。また、OSHAでの勤務経験で扱ったトレードオフ事例として,ジクロロメタンからアセトンへの代替、第三世代エアバッグ、魚類中の水銀レベルへの警告表示などの例が挙げられた。なお、Albert O. Hirschman氏の1991年の著書も引用されたが、これは和訳が『反動のレトリック―逆転、無益、危険性』として出ている。"Reversity"は逆転、"Futility"は無益、"Jeopardy"は危険性と訳されている。

2人目は、Matthew D. Adler氏。 Pennsylvania大学のLaw School教授。法学者であるが、経済学、特に厚生経済学にも造詣が深く、近年は不平等や不確実性を費用便益分析にいかに組み込むかについての研究を行っている。「法と経済学」の分野の大御所であるEric A. Posner氏とも、2000年に"Cost-Benefit Analysis: Legal, Economic, and Philosophical Perspectives"、2006年には"New Foundations of Cost Benefit Analysis" を共著で出している。

発表内容は、社会厚生関数に衡平性(equity)を組み込む、具体的には不平等回避パラメータ(y)を組み込むという理論的な話で、会場で理解できていた人はごくわずかだったはずだ。ちなみにyは社会的計画者の立場にたってもらいアンケートによって決めるそうだ。彼はこのアプローチは既存のアプローチ(リスク衡平性に関する「環境的公正」概念、「個人リスク」アプローチ、QALYに基づく衡平性解析、分配ウェイト付きの費用便益分析)よりも優れていると主張する。


化学物質リスク管理研究センター

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