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EUROTOX出張報告

納屋 聖人     

 

学会名:EUROTOX(欧州毒科学会)
日時:2007年10月7日−10月10日
場所:オランダ,アムステルダム国際会議場
参加者:約2500名
演題数:500題

ナノ材料の有害性,リスク評価に関する最新情報を収集した。

● Nanotoxicologyに関する教育講習

1. Nanoparticles: Kinetics and role in human risk assessment.
Werner Hagens (National Inst. Public Health Environ. Netherlands)
 日焼け防止用品のサンスクリーンにナノ粒子が含まれている。サンスクリーンのリスク評価に際して,暴露評価,有害性評価のうち,体内暴露データ(体内動態)が必要である。経皮吸収性の有無を確認すること,サイズが小さくなると毒性が強くなるとの説(Oberdorstar,Maynard)があること,吸入暴露・経口暴露・経皮暴露によって吸収され,血流から肝臓を経て全身に分布する可能性があると述べたうえで,オランダ国立公衆衛生環境研究所(RIVM)における静脈内投与によるin vivo 体内分布試験の成績を示した。
 対象のナノ粒子としては金を選択し,暴露経路として静脈内投与を選択した。静脈内投与を選択した理由は,100%吸収されるからとのことで,これはパイロット試験とのこと。金のナノ粒子(10, 50, 100, 250 nm)の85 μg/kg (10 nm), 106 μg/kg (50 nm), 98 μg/kg (100 nm), 120 μg/kg (250 nm)をラットに静脈内投与して,24時間後に透過型電子顕微鏡,化学分析による体内分布を測定した。10 nmでは血液に1.5 μg/g,肝臓に2.7 μg/g,脾臓に2.2 μg/g,肺に0.2 μg/g,腎臓に0.3 μg/gが存在しており,これらは投与量を100%としたときの,それぞれ約35%,45%,2.5%,0.3%,0.1%,1%であり,50, 100, 250 nm暴露よりも多く存在していた。電子顕微鏡観察で,脳の血管内皮細胞中に金粒子の存在を確認したが,神経組織には認められず,血液−脳関門を通過している根拠は得られなかった。

2. Nanotoxicology: The inhalation route
Roel Schins (Heinrich-Heine Univ. Germany)
 吸入暴露によって肺に沈着したナノ粒子は1) 肺胞マクロファージによって貧食され,粘液−繊毛エスカレータで気道から排出されて消化管に入る場合,2) 肺胞の間質に入った場合にはリンパ系からリンパ節に至る場合がある。また脳に分布するケースとしては,1)血液を介して血液−脳関門を通過する場合,2)鼻腔に沈着した場合には嗅球に至る場合がある。
 肺がん由来のA549細胞を用いて,反応性酸素種(ROS)の産生や,DNAのメチル化の有無を検討したところ,ROS産生による酸化ストレスが炎症や,遺伝毒性の主なメカニズムであり,DNAのメチル化は認められなかった。
⇒ナノ粒子による遺伝毒性は酸化ストレスによる二次的なものと考えている。

3. Nanotoxicology: The oral route
Gerrit Alink (Wageningen Univ. Netherlands)
 経口暴露によって消化管から吸収される場合には,1) 消化管粘膜から吸収されて消化管の筋肉内に拡散する2) 消化管に存在するパイエル板のM細胞(リンパ球)で貧食されてリンパ行性で全身に循環する,などの経路がある。小さい粒子のほうが消化管筋肉内に拡散しやすく,陽イオンのナノサイズのラテックス粒子では14nmは2分,415nmは30分で粘膜筋板に到達するが,1000nmの粒子は到達できなかった。また,50 nm, 100 nmのポリスチレン球の1.25mg/kgをラットに混餌経口投与した場合には,それぞれ34%,26%が血液中に吸収されていたが,300 nmの場合には吸収されていなかった。
 ナノ食品として農作物(ナノカプセルの農薬・ワクチン,穀物成長のナノセンサー),加工食品(ナノカプセルの香料,ゲル化剤,ナノエマルジョン),食品包装(酸化剤検出用ナノインク),食品添加物(食品染料としての二酸化チタン),サプリメント(二酸化シリカ,銀,マグネシウム,カルシウム)などがあり,ナノ化によって消化管吸収性が高まる。
 ナノ材料の経口毒性については,1) C60ポリアルカリ硫酸は2500mg/kgまで急性毒性,亜急性毒性がないこと,2) 亜鉛粉末は5g/kgで肝臓,腎臓に障害がみられたこと,3) 銅粒子(23.5 nm)の50%致死量は413mg/kg,二酸化チタン(25, 80, 155 nm)は5g/kgまで急性毒性はないこと,4) セレンはセレナイトよりも低毒性である,などが確認されている。

4. Nanotoxicology: Environmental and ecological effects
Richard Handy (Univ. Plymouth, UK)
 二酸化チタン,カーボンナノチューブの生態毒性について述べた。二酸化チタンについてはニジマスの稚魚(体重30g未満,各群42匹)に0.1, 0.5, 1 mg/Lを2週間暴露して血液学的検査,病理組織学的検査,組織中濃度,組織中酸化ストレスなどを測定した。赤血球数,白血球数の減少がみられたが,血中ヘモグロビン量,ヘマトクリット値の低下は軽度であった。組織中の酸化ストレスマーカーとしてえらと消化管の脂質過酸化を測定したところ, 1 mg/Lで増加がみられた。
 単層カーボンナノチューブについてはニジマスの稚魚(体重30g未満,各群36匹)に0.1, 0.25, 0.5 mg/Lを10日間暴露して血液学的検査,病理組織学的検査,組織中酸化ストレスなどを測定した。呼吸毒性(ventilation rate)が0.5 mg/Lで増加し,累積死亡率は対照群1匹,溶媒対照群6匹,0.1 mg/L群9匹,0.25 mg/L群5匹,0.5 mg/L群5匹であった。単層カーボンナノチューブは呼吸毒性があり,魚には亜致死作用を示すと考えている。

● Nonorisk に関するワークショップ

1. From nanoscience to nanotechnology: Utilising the nanoscale
Duncan S. Sutherland (Univ. Aarhus, Denmark)
 Quantum dots (1-10 nm), CdSeをコーティングしているZnS, ナノスケールの金などは新しい適用の可能性がある。ジーゼル排気ガスには低硫黄化が求められているが,低硫黄化することによってナノ粒子が増加する可能性がある。
⇒具体的な事例を示すことはなかった。

2. Risk assessment of Nanomaterials in European Commission 
Malia Puolamaa (DG Health and Consumer Protection, European Commission)
 欧州委員会(EC)のリスク評価計画(2005-2009)の紹介を行った。ECのリスク評価のための予算は2007−2011年は34億ユーロであるとのこと(2002−2006年は13億ユーロ,1998−2002年は2.8億ユーロ,1994−1998年は1.2億ユーロ)。 SCENIHR (Science Committee of Energy Newly Identified Health Risk) はナノ材料のリスク評価を対象としている。SCENIHRの最新ガイドラインは2007年7月に公表され,ナノ材料では毒性試験,体内動態試験が必要と示されている。またREACHはナノ材料をカバーしている。1 nmの金粒子は触媒として期待されているが,血液−脳関門を通過する可能性があるかもしれない。ケースバイケースでリスク評価を行うことが必要である。
ナノ化粧品についてはSCCP2007で方針を示し,キャラクタリゼーション,毒性データ,トキシコキネティクス,体内分布・蓄積,病的皮膚からの吸収性などを求めている。二酸化チタンは鍵となる物質である。

3. Parameters of Nanoparticles determining distribution and accumulation in secondary target organs of the rat.
Wolfgang Kreyling (GSF National Res. Center Environ. Health, Germany)
 ナノサイズの二酸化チタンをラットに吸入暴露して体内動態を観察した。投与後24時間では肺,鼻腔,脳,肝臓で認められたが,投与後8日では肺にみられ,6ヶ月後では肝臓にわずかに存在し,全身,脳,嗅球では認められなかった。
 ナノサイズの金粒子(1.5,18 nm)をラットに気管内投与して,投与後24時間の結果を比較した。肝臓と脾臓では1.5 nm のほうが18 nmよりも多く,消化管では1.5 nm と18 nmで差はなかった。1.5 nm の金粒子をラットの妊娠後期に静脈内投与したところ,投与後24時間で羊膜,胎盤,胎児に存在していた。
⇒器官に蓄積していたのかとの質問に対して,蓄積していないし,また,細胞の核内には到達していないとコメントした。そして,このデータからはリスクはないと考えているとのこと。

4. Carbon nanotubes and their influence on cell viability and function
Karin Pulskamp (Forschungszentrum Karlsrhule GmbH, Germany)
 3種類の単層カーボンナノチューブ,NT-1(純度>90%),a.p.(純度示さず),a.t. (純度示さず)を蒸留水中で超音波処理して分散し,肺がん由来細胞のA549細胞に62.5μg/cm2, 24時間暴露した。細胞の生存性をMTT活性と乳酸脱水酵素(LDH)で測定し,酸化ストレスとしてROSを測定した。31.3μg/cm2, 24時間暴露でSWCNTの凝集がみられたが,SWCNTには急性毒性はなかった。SWCNTの暴露によってROSが産生されたが,その原因は不純物の金属やアモルファスカーボンであると考えている。

5. In vitro investigation of TiO2, Al2O3, Au nanoparticles and multi-walled carbon nanotubes cyto- and genotoxicity on lung, kidney cells and hepatocytes
Angelelique Simon (laboratory Pierre Sue, France)
 肺,腎臓,肝臓の培養細胞を用いて,細胞毒性と遺伝毒性を観察した。肺の細胞としては肺がん由来のA549細胞を用いて,TiO2の50μg/mL,MWCNTの10μg/mLを48時間暴露した。TiO2, Al2O3, Au, MWCNTのいずれもFeの有無に関わらず,細胞毒性は同じであった。遺伝毒性に関しては,A549細胞を用いて,TiO2の50μg/mL(very very high concentrationとのこと)を48時間暴露したときに,コメットアッセイで陽性を示したが,小核は認められなかった。

●ナノ材料に関するポスター発表

Q17. In vitro toxicity assessment of carbon nanotubes dispersions
Thomas Peter (Fraunhofer Institute, Germany)
 ヒトの皮膚三次元モデルを用いて,MWCNT, フラーレン,二酸化チタン,カーボンブラック,アスベストの影響を観察しているとのことであったが,実験成績としてはMWCNT,カーボンブラック,クロシドライトのデータを提示した。いずれも1, 2, 10.2, 20.5μg/mLを培養液中に直接添加したころ,皮膚からの侵入(penetration)は認められなかった。 
 今後の予定として,気管の三次元モデル,血管内皮系の三次元モデルでの検討を計画しているとのことであるが,in vivo の評価系は計画にない。in vivo の評価系を得意としているFraunhoferの他の研究所と共同研究を行わないのかと尋ねたが,明確な回答はなかった。

O25. Carbon nanotubes and their influence on cell viability and function
Karin Pulskamp (Forschungszentrum Karlsrhule GmbH, Germany)
Nonorisk に関するワークショップのNo.4と同一内容であった。

O27. Time course of TiO2 and carbon black Nanoparticles induced pulmonary inflammation in rats
Francois Rogerieux (INERIS, France)
 二酸化チタン(15nm),カーボンブラック(13nm)の100μgをラットの気管支肺胞洗浄液(BALF)で分散して,ラットに気管内投与した。投与後3, 7, 21日にBALF検査,病理組織学検査を実施したところ,ほとんど影響はみられなかった。
⇒ラットの気管支肺胞洗浄液採取の方法を演者に尋ねたかったが,ポスターの前に演者が現れず,ディスカッションをすることができなかった。

T41. Establishment of dispersion methods for in vitro screening system for fullerene
Tetsuji Nishimura (NIHS, Japan)
 In vitroのスクリーニング系におけるフラーレンの調製溶媒を検討し,現時点ではリポゾームが適切であるとのこと。(今年7月の国際毒科学会においても同様の発表をされていて,リポゾームがよいとの判断に変わりはない。)

【所感】
今年3月のSociety of Toxicology (USA)においては,“ナノ材料は毒性を有する”との報告が多かったのに対して,EUROTOXでは“ナノ材料の毒性は低い”との発表が多くみられた。ナノ材料のリスク評価に関する,米国と欧州のスタンスに差があるのかも知れない。ナノ材料のリスク評価に関して,欧州委員会が膨大な予算を計上したことがワークショップで示された。これはNEDOのナノプロジェクトを上回る予算であり,今後は欧州から多くのデータがでてくるであろう。ナノ材料の有害性評価,リスク評価に関する欧州の動向は,今後も引き続き調査・収集することが重要であると痛感した。

<以上>


  

 


化学物質リスク管理研究センター

独立行政法人 産業技術総合研究所