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SETAC Europe 17th Annual Meetingに参加して生態リスク解析チーム 内藤 航
化学物質のリスク評価管理手法(主に生態リスク)に関する研究の動向およびEUにおける亜鉛のリスク評価・管理等に関する情報収集や関係者と意見交換を行うため,ポルトガル第2の都市のポルトで開催されたSETAC Europe (欧州環境化学会) 17th Annual Meeting (2007年5月20-24日)に参加した.ポルト(Porto)はドウロ川の河口近くに位置するポルトガル北部の港湾都市.人口約26万人,ポルト都市圏は人口約160万人.市街地はポルト歴史地区として1996年に世界遺産に登録されている.1869年に建てられた,ポルトの観光名所の一つでもある”The Old Custom House Building”(写真)が学会会場であった.
Bridging the Gaps
今回の学会は”Multiple stressors for the environment and human health - present and future challenges and perspectives” をテーマに掲げ,伝統的な環境リスク評価,環境化学,LCA,環境毒性学,汚染底質等に加え,気候変動,毒性メカニズム,熱帯環境毒性など,さらには社会経済的な話題がトピックとして挙がっていた.ポルトの発展に重要な役割を果たし,ポルトの象徴の一つであるドウロ川に架かる立派な橋にたとえて,ギャップを埋める研究の重要性をオープニングやクロージングにおいて主催者が強調していた.実際,汚染源と影響,室内と野外,個体と個体群等,それぞれのギャップを埋めたり,関連付けたりする研究が目立っていた.
拡大するSETAC EU
発表数はおよそ2100あり,SETAC Europeではこれまでで最高の数とのこと.この数はSETAC North Americaに匹敵する.発表数はここ数年急激に増加しているらしい.REACHなどEUにおける化学物質に関する環境政策の強化やナノの環境リスクへの関心の高さが影響しているからか??
発表は大きく分けると下記の10のトピックがあった.それぞれのトピック中に細分化されたサブトピックあった(トピック名の最後(括弧内に)にサブトピックの数を示した.一部重複するものあり).サブトピックの中で印象に残ったあるいは代表的であったと独自に判断したものを大分類の下に記載した.その中で全体あるいは部分的に傍聴あるいはポスター閲覧をしたものに下線を引いた.発表は通常の口頭発表とポスター発表,それからポスターコーナーという形式のものがあった.ポスターコーナーでは,特定のテーマに関して7,8程度の発表が集められ、それぞれの発表者が2〜3分の簡単な説明を行い,世話役(進行者)が発表者に質問をしたり,全体をまとめたりしていた.ポスターコーナーは声が聞き取りにくい部分があり,あまり盛り上がっていなかった気がする.
1. Climate Changes – and other non-chemical stressors?(1)
2. Environmental Chemistry(9)
• New analytical tools in environmental chemistry.
• Fate and exposure modeling
• Per- and polyfluoroalkyl substances : Analysis and Environmental Fate
3. Ecological Risk Assessment(23)
• Advances in bioaccumulation assessment
• Metal bioavailability in aquatic and terrestrial systems: integrating mechanistic research and modeling with regulatory action
• The use of QSARs and read-across in environmental risk assessments
• Exposure scenarios and risk management measures, the cross cutting tools in a risk-based environment
4. Ecotoxicology and Stress Ecology(12)
• Promoting ecological relevance in ecotoxicology
• Diagnostic approaches in ecological biomonitoring
• Methods in sediment ecotoxicology and biodiversity assessment
5. LCA(5)
• Life cycle inventory modeling
• LCIA
• Methodological issues on LCA of renewable biomass energies
6. Mechanism of Toxicity(15)
• Effect assessment of multiple stressors: experimental and interpretation approaches
• Nanomaterials: environmental fate, effects, LCA and risk assessment
• Systems biology in the environment: Integration of molecular and traditional ecosystem measurements for understanding stressor impacts.
7. Pollution and human health effects(6)
• Environmental pollution and human health
• Natural toxins: effects on environmental and human health
8. From findings to regulation : Political and Socio Economic Aspects of Environmental Issues(7)
• Progress toward the implementation of QSARs and other estimation methods
• Derivation and implementation of environmental quality standards
• Risk assessment and regulation
• GIS and other spatial tools in risk presentation related to regulation
• Uncertainty in regulation of risks and ways to deal with the uncertainty
9. Tropical Ecotoxicology(9)
• Pollutants in the tropical environment
10. Special Topics Symposium(2)
• REACH: The new European Regulation on Chemicals
• Soil
以下にそれぞれトピックについて印象に残った発表がある場合はその内容と全体的な感想をまとめた.
水中の重金属の生態影響評価とBiotic Ligand Model (BLM)
実環境における生態影響(特に重金属に対するもの)を適切に評価するためには,水質による毒性の変化を考慮し,bioavailableな濃度を把握することが重要である.水生および陸生生物における重金属のbioavailabilityに関する実証的および理論的研究が多く見られた.昨年モントリオールで開催された北米SETACでも同様の傾向があった.欧米では重金属の生態リスク評価においては環境中の全濃度ではなく,水質によって異なる生物に取り込まれる濃度によって評価するという考え方がかなり浸透している気がする.日本の環境基準設定には,まだ採用されていないが,欧州の公的機関が行っている重金属類(亜鉛やニッケル)のリスク評価や米国の重金属(e.g., 銅)の水質クライテリアではBLMが適用されている.今回の学会では種の感受性分布にBiotic Ligand Model (BLM)を適用して地域特異的な無影響量を推定した研究(e.g., RA05A-2, RA05B-2)や環境条件の変化がミジンコの成長に及ぼす影響をBLMを用いて解析した研究(e.g., MO125)などが目についた. 重金属類のような有害物質の環境基準を水質によって補正する,より現実的だと思うが必要なパラメータを揃える手間はかかりそうだ.
再びホットな生物蓄積性評価
生物蓄積性評価(Bioaccumulation assessment)の分野においても「より現実的により効率的」にという方向性は見られる.これまで軽視されてきた”代謝”を考慮した新しい生物蓄積性(あるいは濃縮性)評価のアプローチとして,in-vitro試験によって代謝性を把握し,その情報を既存のlogKowを用いたBCF予測モデルと組み合わせて,より現実的な生物蓄積性をより効率的に推定しようという試みに関する一連の研究(e.g., RA04A-3, RA04A-4)が印象に残った.in-vitro試験の結果より推定した代謝性とlogKowを考慮したBCF推定モデルは,logKowのみに基づくBCF推定モデルよりも,in-vivo試験の結果をよく再現している事例などが紹介されていた.logKowだけでなく生物のADMEを考慮した実用的な生物蓄積ポテンシャルの評価手法の開発に関連する研究については,SETACにおいてワーキンググループが立ち上げられ積極的に議論がなされている.頓挫状態にある自分の縦糸研究のこの分野への貢献や位置づけを考えてみようと思った.
有害影響推定手法(QSAR,Read-Across,カテゴリーアプローチ)の実用化に向けた研究
毎年意識して傾向を見ているわけではないが,QSARやRead-Across等の有害性推定手法の環境リスク評価における適用に関する研究発表が増加している気がした.REACHにおける適用や動物愛護の流れを受けて,化学物質の有害性を効率よく精度高く推定する手法が注目を浴びているようだ.化学物質のカテゴリゼーションアプローチにおけるニューラルネットワークの有用性を示した研究(RA07-1)や多変量モデルを用いた毒性の種間外挿手法の開発に関する研究(RA07-3)などが面白いと思った.この注目の分野の研究発表はCRMにおける生態リスク研究の今後を考える際に参考になりそうなものが多かった.第2次世界大戦の後バルト海にドイツ軍が投棄した情報が少ないChemical Warfare Agentsの環境リスクを,QSARを用いて評価している研究の報告が印象的だった(RA07-2).化学物質の管理規制へのQSARや他の推定手法の利用に関する研究セッションも盛況であった.
生態リスク評価の”生態”化
単一種毒性試験の結果とアセスメント係数を用いた生態リスク評価から脱却して,より現実的あるいはより”生態学的”な評価やその手法開発に関する発表が増加している感じがした.種の感受性分布を作成するために種間外挿によって多くの種についての毒性値を揃える手法の開発とその予測性の評価(SE01A-2),メソコズム試験や野外調査に基づく評価や手法の提案(e.g., SE01A-5, WEPC2-4),個体群レベルのエンドポイントを指標とした毒性試験(e.g. , SE01B, MO127),生態リスク評価における生態系モデルの適用性の検証など,従来の生態リスク評価手法で見過ごされてきた”生態学的”な側面を取り入れた評価や手法開発についての研究がいよいよSETACの場でも目につくようになってきた.
エンドポイント間の関連付け研究
細胞 → 個体 → 個体群
細胞から個体や個体から個体群といった異なる生物的エンドポイント(biological endpoint)間の関係を解明するための試験やupscalingの手法開発に関する研究も注目されており,その関連の発表数が増加しているようだ.Heckman et al.の”A mode-of action approach integrating molecular and population stress responses in Daphnia magna exposued to ibuprofen”と題された発表(MT08-2)では,ibuprofenを試験物質として細胞レベルの反応と生活史パラメータに対する14日間慢性毒性影響との関係を調べた.その結果,両者には強い関連性見られたと報告していた.Jager et al.の発表(MT08-3)ではdynamic energy budgets(DEB)理論に基づきphysiological mode of actionと個体や個体群レベルの影響との関連性を解析した研究も印象に残った.
マルチプルストレッサーの影響評価
マルチプルストレッサーの影響評価のセッション(Effect assessments of multiple stressors : experimental and interpretation approaches)も盛況であった.時差ぼけが酷く,このセッションの発表内容はほとんど覚えていない.発表タイトルは面白そうなものが多かった.例えば”Multi-stress in the aquatic environments it predictable?”や”Ten years of mixing cocktails-where are we with combination effects of endocrine disrupting chemicals?” このような大きな学会では自分の発表を聴いてもらうためには,観衆を引きつける魅力あるタイトルも重要である.
LCA
LCA関連の研究については,口頭発表には参加しなかったが,多くのポスターに目を通した.二酸化炭素の排出に対する影響に重きを置く日本のLCA(あまり詳しくは知らないが)とは違い,化学物質の生態影響なども含めたLCA(LCIA?) 発表がいくつかあった.リスク評価とLCAの融合が欧州では進んでいる気がした.REACHの施行は有害物質のヒト健康や環境に対するリスクは削減すると予想されるが,環境負荷全体でみるとどうか?という視点で行っている研究の進捗状況(WE296)や「What is a green solvent? 」と題した26の有機溶媒をLCA的側面(LCA method)と環境影響的側面(EHS method)から評価した研究(WE297)は興味深かった.ちなみに後者の研究では,EHSの観点からみるとメタノール,エタノール,メチルアセテートが好まれ,LCAの観点からみるとヘキサン,ヘプタン,ジエチルエーテルが好まれ,ホルムアルデヒド,ジオキサン,アセトニトリルなどは推奨されないという結果になっていた.方法や指標の意味までは追うことはできなかった.
欧州の亜鉛リスク評価書とリスク削減対策
今回のSETAC出張の目的の一つは,欧州における亜鉛のリスク評価と管理対策の動向を把握し,さらに関係者とそれらについて議論することであった.この目的に関しては概ね達成することができた.欧州の亜鉛リスク評価の動向を把握することができたことに加え,新たに関係者と人脈を作ることができたことがよかった.
欧州の亜鉛のリスク評価はオランダが担当国となり,1995年から作成作業が進められた.ヒト健康に対するリスクについては大部分のシナリオにおいて懸念レベルにないと結論付けられたが,生態影響についてはシナリオによってリスクがあり対策の必要性が指摘されている(生態についてはScientific Committee for health and environmental risk, SCHER, においてレビュー中).
今回の学会では国際亜鉛協会(IZA)とドイツの学生が亜鉛の暴露評価に関する発表をしていた.IZAの発表は欧州の主要河川における亜鉛のモニタリングデータを解析し,主たる発生源を明らかにする研究であった.彼らのアプローチや手法は我々の作成しているリスク評価書で用いた考え方と同様のものであり,適切な発生源の同定の重要性を指摘していた.ドイツの学生の発表は欧州の代表的な河川モデルであるGREATERを用いてドイツのRyhr川流域の暴露解析を行ったもの.モデルの予測結果はモニタリング結果とよく一致していることを示し,発生源と環境中濃度の定量的な関係を明らかにしていた.これも我々のSHANELを用いた研究とアプローチはほぼ同じであった.
学会2日目にポスター会場の片隅で2時間程,IZAの研究者と欧州における亜鉛のリスク評価の状況や内容,今後の展開等について議論を行った.バックグラウンド濃度の考え方,BLMモデルの適用,モニタリングデータを用いた暴露評価のことなど共通の問題に対して意見交換をすることができた.亜鉛のBLMモデルのことや欧州におけるリスク削減戦略に関する資料も入手することができた.
亜鉛のリスク評価書の作成を担当したオランダ(RIVM)の研究者とも意見交換を行った.評価書作成に直接関わった研究者ではなかったため,事前に仕入れた評価内容以上の新しい情報は得られなかった.質問リストを送ることになった.
環境基準値の導出と施行
“Derivation and Implementation of Environmental Quality Standards”というセッションには,亜鉛のリスク管理対策の検討のヒントとなる内容があるかと思い参加した.欧州のWater Frame Directiveにおける環境基準の決め方,”Cost-effective Environmental Quality Standards”,環境基準の適用,管理のあり方などについての解説的な発表が多く,よく構成されているという印象を受けたセッションであったが,研究的観点からみて面白いと思えることや真新しいことはなかった.議論の深さは感じたが,欧州の化学物質に関する水環境対策は意外と遅れているのかなという印象を持った.
何でもナノ
学会の最終日は”Nanomaterials : environmental fate, effects, LCA and risk assessment”というナノマテリアルに関して何でもありの発表を聴いた.このセッションも盛況.多くが土壌生物や水生生物に対する毒性試験の結果であった.それぞれの試験水のキャラクタリゼーションが適切なのかどうかについてはよくわからなかった.ポスター発表も含めてナノの生態毒性試験に関する発表は急激に増加している.ナノマテリアルの環境挙動や暴露評価に関する研究もいくつかあった.既存モデルのパラメータに修正を加え,摂取量の寄与率を暴露経路別に推定した研究や粒子カウンターを用いた濃度調査の結果などが報告されていた.
その他の所感など
・ SETAC Europeでは,REACH,Water Framework Directive,Pesticide RegulationやSoil Protectionなど”regulatory-driven”な研究が多く行われている印象をもった.
・ その影響なのか,土壌生物に対する影響や農薬の生態リスク評価に関する発表数はかなりの数に上る.底質毒性や底生生物のbioavailabilityに関する発表も目立った.内容はほとんど追っていない.
・ 医薬品の環境挙動や生態影響に関する研究発表も人気があったようだ.
・ 気候変動に関するセッションが初めて設けられた.
・ バイオマーカー(細胞レベルの影響試験)に関する研究は発展を遂げていると思われるが,評価への適用やその結果の解釈に関する議論には進展がないような気がした.
番外編
・ 乗り換え地であったパリの空港のシャトルバスでカンヌ映画祭参加のため来仏した北野武監督に遭遇.隣の隣に座っていてびっくり.
・ 学会主催のバンケット,バーベキューなどに参加.バーベキュー会場には,欧州サッカーチャンピオンリーグの決勝(リバプール vs ミラン)観戦のための大型スクリーンが準備されていた.プレーに一喜一憂,特にイングランドから来た学会参加メンバーの浮き沈みは面白かった.バーベキューでは豚の丸焼きが登場.焼かれている姿はグロテスクだったが味は格別.
・ ポートワインを初体験.発行の途中でアルコール度77度のブランデーを添加して発酵を止めるのが特徴とのこと.独特の風味と甘みがあり美味しかった.学会では昼食や夕方のポスターセッションにおいてワインが準備されていた.