大気中における化学物質の動態(3)


第3回:大気中における化学物質の動態(3)

大気浮遊粒子への吸着,モデルの比較


1.はじめに

  前2回で,比較的蒸気圧の低い有機化学物質の大気中での浮遊粒子への吸着に関するJunge,MackayらおよびFinizoらのモデルについて解説しました。今回は,これらの吸着(吸収)モデルによる推定結果を実際の測定値と比較したいと思います。

2.測定データ

  EitzerとHitesは米国Indiana州のBloomingtonという都市で,2,3,7,8-位に塩素が置換したポリ塩化ジベンゾ-p-ジオキシン(PCDD)とポリ塩化ジベンゾフラン(PCDF),いわゆるダイオキシン類の17異性体が大気中で浮遊粒子に吸着した状態とガスの状態で存在する比率(P/G比)を表1のように報告しています。
  このP/G比(rP/G)は,一定容積の大気中にガス状で存在する化学物質の濃度(Ca,g,単位:mg/m3)と浮遊粒子に吸着された化学物質の濃度(Ca,p,単位:mg/m3)を用いて,Ca,p/Ca,gで表すことができるため,大気中の浮遊粒子に吸着されているダイオキシン類の割合(φ)は,rP/Gを用いて以下の式(3-1)で算出できます。算出されたφも表1に示します。

            


表1 PCDDとPCDFのP/G 比,および物性
ダイオキシン類異性体 P/G比 φ , Pa   KOA
 2,3,7,8-TCDD
0.15 
0.13 
5.75×10-5
1.88×109
 1,2,3,7,8-PeCDD
1.25 
0.56 
1.20×10-5
4.37×1010
 1,2,3,4,7,8-HxCDD
4.00 
0.80 
3.89×10-6
3.25×1011
 1,2,3,6,7,8-HxCDD
4.00 
0.80 
3.31×10-6
1.05×1011
 1,2,3,7,8,9-HxCDD
4.00 
0.80 
1.38×10-6
3.25×1011
 1,2,3,4,6,7,8-HpCDD
39.22 
0.98 
5.89×10-7
2.87×1012
 OCDD
143.90 
0.99 
1.35×10-7
1.39×1011
 2,3,7,8-TCDF
0.17 
0.15 
3.72×10-4
5.65×109
 1,2,3,7,8-PeCDF
0.55 
0.35 
6.17×10-5
2.94×1010
 2,3,4,7,8-PeCDF
0.55 
0.35 
5.50×10-5
3.96×1010
 1,2,3,4,7,8-HxCDF
2.86 
0.74 
1.38×10-5
6.67×1010
 1,2,3,6,7,8-HxCDF
2.86 
0.74 
1.20×10-5
6.67×1010
 1,2,3,7,8,9-HxCDF
2.86 
0.74 
2.24×10-6
6.67×1010
 2,3,4,6,7,8-HxCDF
2.86 
0.74 
7.59×10-6
6.67×1010
 1,2,3,4,6,7,8-HpCDF
10.00 
0.91 
2.51×10-6
1.35×1011
 1,2,3,4,7,8,9-HpCDF
10.00 
0.91 
6.61×10-7
1.35×1011
 OCDF
19.29 
0.95 
1.82×10-7
7.99×1012
【出典】Eitzer B.D., Hites R.A. (1989): Environ. Sci. Technol. 23: 1389-1395.


3.モデル推定結果との比較

3.1 Jungeの吸着モデルによる推定

  Jungeの吸着モデルは既に紹介しているように,式(3-2)でφを求めます。

            

ここで;
cJ:Jungeの定数。Jungeは化学物質により変わらないとし,17 Pa/cmとしています。
θJ:浮遊粒子の全表面積。Jungeは都市域で約3×10-6~3×10-5cm2/cm3程度と報告していますが,Bidlemanは米国の都市域に対し,1.1×10-5 cm2/cm3としています。
P0:化学物質の飽和蒸気圧。固体物質に対しては,その物質の過冷却液体状態の蒸気圧( ,単位:Pa)を使用します。ダイオキシン類の17異性体の も表1に示します。

3.2 Mackayらの吸着モデルによる推定

  既に紹介したMackayらの吸着モデルでは,浮遊粒子/ガス分配係数(Kp,単位:m3/μg)が以下の式(3-3)で計算されます。このKpは,浮遊粒子中の化学物質濃度(Cp,単位:ng/μg)と空気中の化学物質濃度(Ca,g,単位:ng/m3)の比(Cp/Ca,g)として定義されます。
            
  このKpは,大気中の浮遊粒子濃度(TSP,単位:μg/m3)を用いて,式(3-4)のようにφと関係付けることができます。

            

  Jungeモデルの浮遊粒子の全表面積(θJ),空気中の浮遊粒子の容積比(VT )および大気中の浮遊粒子濃度(TSP)については,いくつかの異なる大気に対する値がまとめられています(表2参照)。


表2 θJ ,VTおよびTSPの値
            大気 θJ ,cm2/cm3 VT ,cm3/cm3  TSP,μg/m3
 大陸の清浄なバックグラウンド域
4.2×10-7
6.5×10-12
13  
 平均的なバックグラウンド域
1.5×10-6
3.0×10-11
60  
 バックグラウンド域+局所排出源
3.5×10-6
4.3×10-11
86  
 都市域
1.1×10-5
7.0×10-11
140  
【出典】Bidlemann T.F., Harner T. (2000): Sorption to Aerosols. In Handbook of property estimation methods for chemicals: environmental and health sciences edited by Boethling R.S., Mackay D. CRC Press.

TSAVTから浮遊粒子密度を2 g/cm3と仮定して求められている。

3.3 Finizoらの吸収モデルによる推定

  既に紹介したFinizoらの吸収モデルでは,オクタノール/空気分配係数(KOA)を用いて,Kpが以下の式(3-5)で計算されます。
            
  このKpも,式(3-4)を用いてφと関係付けることができます。
既報のダイオキシン類の17異性体の空気/水分配係数(KAW)とオクタノール/水分配係数(KOW)から算出したKOAも表1に示します。

3.4 推定値の比較

  図1にJunge,MackayらおよびFinizoらのモデルで推定された17ダイオキシン類異性体の大気中の浮遊粒子に吸着されている割合(φ)とEitzerとHitesによる測定結果の比較を示します。3つのモデルによる推定に際して,以下の仮定を行いました。

cJの値は17 Pa/cmとする。
θJの値は1.1×10-5 cm2/cm3とする。
TSPの値は140μg/m3とする(表2参照)。



図1 ダイオキシン類異性体の大気中浮遊粒子への吸着推定結果


  上記の計算結果では,Finizoらの吸収モデルによる推定値が測定値と比較的良く一致しており,JungeのモデルやMackayらのモデルはφの値を高めに推定しています。しかし,この比較は,あくまで上記の仮定の下での推定結果の測定値との比較ですので,一般的にFinizoらのモデルがJungeのモデルやMackayらのモデルより推定能力に優れていることを示している訳ではありません。
  BidlemannとHarnerによる詳細な比較では,「これら3つのモデルは大気中に存在する比較的蒸気圧の低い難分解性の有機化学物質の浮遊粒子への吸着(吸収)を妥当に推定するが,Finizoらのモデルはφを若干低めに,逆にMackayらのモデルは高めに推定する《と記述されています。
  利用可能な物性データから,どの吸着(吸収)モデルを選択するかを決定し,いずれのモデルの推定結果にも,ある程度の上確かさが存在することを認識する必要があります。






化学物質リスク管理研究センター

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