新段階に入った化学物質総合管理の課題
—プロフェッショナルは時代と社会にどう応えるか—
お茶の水女子大学教授
ライフワールド・ウォッチセンター長増田 優
多くの国際機関で化学物質総合管理の取り組みが本格化して30年が経過した。国際化学物質総合管理戦略(SAICM)策定の端緒となった国連環境開発会議アジェンダ21第19章が制定され、分野とセクターの壁を乗り越えて多様な人々の参画のもとに化学物質管理を総合的に推進することが合意されて15年が過ぎた。そして米国の有害化学物質管理法(TSCA)に続き化学物質総合管理を包括的に司る新たな化学物質管理規則(REACH)が欧州で今年から始動した。
社会のための科学(Science for Society)や政策のための科学(Science for Policy)が世界の学界で論じられて20年が過ぎ、日本で規範のための科学(Regulatory Science)を科学技術基本計画の対象に加えるべく四苦八苦して10年が経過した。そして化学物質総合管理に関するプログラムを開始してから幾星霜がすぎ、このプログラムの発足とともに活動してきた化学物質リスク管理研究センター(CRM)も新たな段階を迎えた。
その間に世界は大きく進化したが、日本はどれほど進展したであろうか。よもや退化してはいないであろうか。その後も事件が頻発し残念ながら無条件で喜べる状況にはない。人々の企業や政府に対する信頼が凋落の一途をたどっているとしたら何が障害かを検証して、総合的な解決策を明確にする必要がある。化学物質総合管理に関する包括的な法律を制定せず各省の分担事務に拘った体制を墨守していることや全ての起点になる科学的知見を体系的に増やす努力が貧弱であることなど多くの課題が山積している。しかし、全ての底流にある最大の問題はプロフェッショナリズムの欠如である。
プロ(professional)とは自分の言葉で社会に公言(profess)するが故に自律的に行動し自立して責任をとる者のことである。豊富な知識を有しているだけの専門家(expert)とは全く異なる。ジェネラリストという名の素人が行政を司る時代は遠の昔に終わった。本来は自ら責任をもって語る立場にありながら審議会の「先生」の陰に隠れて姿が見えない行政官と専門知識はあるが制度的に決定権を持つ責任ある立場を与えられていない専門家の組み合わせでは、科学的知見を基に論理的思考によってシナリオ描きつつ時代の先を読んで行動することは難しい。これでは人々が信頼できる説明は難しく、国際的な枠組み創りを先導する術は持ち得ない。
自らの言葉で科学的な論議を学会で展開し検証する一方で、その意味を自らの見解として社会に公言できるプロが、個々の化学物質に関する評価においても法律体系や行政組織の再構築においても主役を担う新たな段階に化学物質総合管理は入った。CRMの設立、製品評価技術基盤機構(NITE)や化学物質評価研究機構(CERI)の改組にそうした姿を託したのは、ジェネラリストではあきたらずしかし化学物質総合管理のプロにはなり得なかった教授(professor)の夢に過ぎぬのであろうか。時代と社会はプロの人材を必要としている。今後の組織の成否はこの一点にかかっていると言っても過言ではない。CRMやNITEが古典的な「行政官」の恣意的な意向に振り回されることなく独立行政法人として独自の進化を遂げることを期待する。