2.Nano-Risk-Net-Panel:ナノリスクネットパネル
リスク管理戦略研究チーム チームリーダー 蒲生 昌志
CRMでは、工業ナノ粒子(以後、単に「ナノ材料」)のリスク評価研究の一環として、Nano-Risk-Net-Panelというサイトを立ち上げた。これは、ナノ材料のリスクに関連する主要な論文を取り上げ、複数の専門家がそれぞれの専門分野の見地から自由にコメントし、それをインターネット上で公開するものである。平成18年度中旬から準備した第1期の論文に対するコメントが、8月上旬に公開される。
◆科学的な議論の基盤としてナノ材料については、その新規な物性から様々な分野での技術革新をもたらすものとして期待される一方で、ヒトや生態系に対するリスクを懸念する声も聞かれる。ナノ材料のリスクの問題は、新規の材料であるために有害性や暴露に関する情報が十分でないということを特徴として挙げることができる。そのため、現状では、ナノ材料に関するリスク評価を一般の化学物質と同様のレベルで行なうことは困難である。このような状況では、ナノ材料のリスクが顕在化する可能性を否定できず、一般の人々の不安が不必要に高まり、材料・応用製品の開発・普及が阻害される危険性をはらんでいる。
これまでにもナノ材料のリスクに関連した報告は幾つもあるが、最近では、たとえば有害性試験の結果を解釈する際に、試料調製やキャラクタライズ(被験物質の性状を把握すること)など、考慮すべき要素が多々あることが認識されつつある。このため、例えば有害性試験を一つとっても、必ずしも毒性学の専門性だけでなく、試料を適切に調製するためのナノ材料の物性に関する専門性、また、試料をキャラクタライズするためのナノスケールでの計測に関する専門性など、複数の専門分野の視点が必要となる。また、ナノ材料のリスクに関連する科学的知見が十分でない現状においては、ある一つの現象に対する解釈が、必ずしも一つに収斂していないことも十分考えられる。
こういったことから、一般市民、マスコミ、行政、企業、研究者など、多くの人々にとって、ナノ材料のリスクに関連する論文について、単に結果を知るだけでなく、意義や問題点も含め、様々な解釈や視点がありうる状況を理解することが極めて重要だといえる。
Nano-Risk-Net-Panel(ナノリスクネットパネル)は、ナノ材料のリスクに関連する主要な論文を取り上げ、複数の専門家にそれぞれの専門分野の見地からの自由なコメントを依頼し、それをインターネット上で公開する仕組みである。ナノ材料のリスク(=ナノリスク)に関する情報について、ネット上で行なうパネルディスカッションのようなものであることから、この仕組みのことをナノリスクネットパネルと呼び、コメントをお願いする専門家をパネリストと呼ぶことにした。以下に、その内容を紹介する。
◆Nano-Risk-Net-Panelの立ち上げ昨年度の第1期については、次のようなステップで立ち上げを行なった。
1)論文の選定
まず、CRMをはじめ、(独)産業技術総合研究所 技術情報部門や(独)物質・材料研究機構の研究者の協力を得て、比較的新しく、社会的、科学的意義の高いと思われる文献(合計約30報)をリストアップした。なるべく多様な論文を含むように、材料の種類(金属系か炭素系か)や有害性試験の種類(in vivoかin vitroか)などに配慮し、また、暴露評価関連のものも含めるようにしながら、まず20報に絞り、最終的には10報を対象論文として決定した。選択された論文は表1の通りである。
表1 Nano-Risk-Net-Panel(第1期:平成18年度)の対象として選択された論文
2)パネリストの選定
論文の候補を挙げる際に協力をお願いした研究者には、パネリスト候補も挙げていただいた。加えて、JFEテクノリサーチ株式会社が平成17年度に経済産業省の委託調査として実施した「化学物質国際規制対策推進等」(超微粒子の特性評価に関する研究実態調査)報告書からナノ材料の計測法や有害性に関する専門家を拾い上げ、合計46名をリストアップした。リストアップされた専門家を10報の論文に割り当てる作業を行ないながら、20名のパネリスト候補を決定した。割り当てにおいては、パネリストごとに最大3報、各論文に最大5名ずつのパネリストになるようにした。
パネリスト候補に対してNano-Risk-Net-Panelの趣旨を伝え、パネリストとなることを依頼したが、その過程で辞退者がでた場合には、担当予定であった論文の内容を考慮して、可能な限り代わりの専門家をあてることにした。最終的に、表2に示す専門家の方々にパネリストとなることを承諾していただいた。
表2 Nano-Risk-Net-Panelパネリスト(第1期:平成18年度)
* 50音順、敬称略
3)コメントの収集
各パネリストに担当の論文およびその翻訳(翻訳については、(独)物質・材料研究機構の協賛を得た)を送付して、各々の専門分野の見地からの、技術的な問題点、結果を解釈する際の留意点、社会的な意義等に関する感想・考察といったコメントを収集した。その作業は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社を事務局として実施した。
コメントは、1次コメントと2次コメントから成る。論文に対する最初のコメントを1次コメントと呼ぶ。それぞれの論文について、担当する全パネリストからの1次コメントが集まった段階で、まずそれをパネリスト間で閲覧し、その後、各パネリストには、自身の1次コメントの修正、コメントの追加、他のパネリストによるコメントへの意見を依頼した。これを2次コメントと呼ぶ。
4)Nano-Risk-Net-Panelホームページへの掲載
CRMおよび事務局は、パネリストからの意見について調整や集約などは一切行なわず、文章の体裁や表記の確認のみ行なった後に、ホームページ(図1)上に掲載することにしている。
図1 Nano-Risk-Net-Panelホームページトップ画面
(作成中、8月6日より http://www.aist-riss.jp/projects/nanorisknetpanel/)
◆おわりにパネリストを依頼した専門家の方々の中には、以下のような疑問を呈された方々もおられた。
・なぜ委員会形式のような、権威付けならびに合意形成を怠るのか。逆に混乱を招くのではないか。
・なぜ記名式なのか。有識者は匿名としたうえで、事務局が編 集者としての責任のうえで、取りまとめるべきではないか。
・なぜ、パネリスト間のインタラクションをもっと増やさないのか。
・環境ホルモンのときのように、不安を煽ることになるのではないか。
・パネリストの専門性と、論文のテーマが一致していないのではないか。
Nano-Risk-Net-Panelは、科学の分野であまり例のない取り組みなので、同様の疑問を持たれる方も少なくないと思われる。今回、ナノ材料のリスクに関連する科学が十分に成熟していない現状を鑑み、あえて、コメントの取りまとめや、意見の収斂を図らないことにした。一つの論文や試験結果について多様な分野の研究者が自由にコメントし、その多様な内容がそのままの形で提示されることによって、ナノ材料のリスクに関心を持つ様々な人々による健全で科学的な議論が促進されることを期待している。また、このような科学的な議論こそが、今後のナノテクノロジーの発展と普及にとって極めて重要であると考えている。