化学物質の安全性確保のあり方への提言
明治大学
理工学部
応用化学科
環境安全学研究室教授
北野 大
20世紀は安全を求めた世紀でありましたが、21世紀は安全と安心の世紀にせねばならないといわれています。安全と安心はどう違うのでしょうか。「安全とは、人とその共同体への損傷、並びに人、組織、公共の所有物に損害が無いと客観的に判断される事」と文部科学省の「安全・安心な社会の構築に資する科学技術政策に関する懇談会」では定義しています。ここで客観的事実という言葉に注目してください。一方、安心とは自ら理解し、納得した主観的事実を言います。最近は安心の代わりに信頼と言う言葉の方がよいと言う考えも有ります。しかし「安全と安心」は「安全と信頼」よりも語呂が良い為か、前者が多用されています。またこの安全と安心の橋渡しをするのがリスクコミュニケーションです。本論の化学物質に入る前に、製品安全での安全性の考え方をおさらいしてみます。製品安全では機械は故障するものであり、人は過ちを犯すものであると言う大前提が有ります。また製品安全でのリスクの定義は化学物質の場合と同じように、以下のように示されます。
リスク=f(ひどさ X 遭遇確率)化学物質の場合、ひどさはハザード、遭遇確率は曝露という事になります。
そしてこのリスクを削減する為に次の3つのステップが取られます。
第1段階 本質的安全設計
第2段階 安全防護によるリスクの削減
第3段階 残ったリスク(残留リスク)については情報公開これらの考え方は化学物質の安全性にもそのまま応用できます。まず行うべき第1段階の本質的安全設計での優先順位は、ハザードの除去、そして次にハザードの緩和です。化学物質の場合、ハザードの除去とは毒性の強い物質の使用を規制すること、またハザードの緩和とは毒性のより低い物質への代替です。第2段階の安全防護は化学物質への曝露を減らす事、すなわち使用量の削減、閉鎖系での使用などがあります。そしてこれらの配慮をした上でも更に残る第3段階の残留リスクについてはMSDS(製品安全データシート)の活用があります。
人は過ちを犯すものと言う前提を初めに述べましたが、人は安きに流れ、またきちんと理由を説明しないと手順などは守ってくれない、お願いは守られないという前提で考える事も必要です。
現在環境省と経済産業省の合同の委員会において今後の化学物質の安全性の確保のあり方について検討がなされていますが、ここで紹介した製品安全の考え方を是非参考にしたいものです。化学物質の管理においてハザード管理からリスク管理へという流れも見られますが、ハザードの大きな物質は曝露に関係なく規制すべきです。ハザード管理か、リスク管理かの2者択一ではなく相互に補完すべきものと考えるべきです。
なお明年4月から、筆者の属する明治大学大学院理工学研究科に新領域創造専攻と言う新しい専攻が開設されます。ここでは現代の種々の安全問題を、技術、システム、社会、人間という視点から系統的に学び研究します。有職の社会人も学べるよう講義は夕方や休日に配置されています。多くの関心のある方のご参集を期待しております。