“絶対に逃げない”という精神
経済産業省製造産業局
照井 恵光
本年1月に平成13年度に開始した「化学物質総合評価管理プログラム」の中の3つのテーマのうちの第一プロジェクトである「化学物質のリスク評価及びリスク評価手法の開発」(以下、1プロと略す)の最終成果報告を聴取した。プロジェクト開始以来6年間にわたる成果の報告がなされた。その際に感銘を受けたのは、中西センター長の「“絶対に逃げない”の覚悟で臨んだリスク評価」というこのプロジェクトに対する取組の姿勢である。この姿勢は、例えば以下の事例に端的に示されている。1プロの成果としては、150の初期リスク評価書、30の詳細リスク評価書がまとめられ、さらにADMER等さまざまなリスク評価支援ツールが開発された。リスク評価書については、量の充実ぶりもさることながら、専門家による透明性の高いレビュー方法による質の確保を図っている。この方法は専門家からの意見・批判に対しても正面から受け止め、受け入れるべきは修正し、そうでないものはなぜ受け入れないかを明確に説明している。そして、そのプロセスをきちんと残し、公表している。
また、ビスフェノールA(BPA)の詳細リスク評価書については、一般毒性評価における不確実係数の評価において、欧州食品安全機関は500,日本のある省は10,000と設定している中で100と設定した。この評価書が作成された直後に欧州食品安全機関は不確実係数を100に修正し、CRMにおける結果と同じになった。我々行政に携わる者は、できるだけ安全ののりしろを多めにとったり、すでに欧米において基準が設定されている場合には、それを援用しがちである。そのほうが、対外的に説明しやすいと思うからである。
さらに、過剰な不確実係数を設定しないという方針が、危険を招くのではないか、「予防原則」を適用して安全が証明されるまで禁止すべきではないかとの疑問に対し、生態系の管理に用いられる順応的管理(Adaptive Management)を援用したリスク評価に基づく順応的管理(Risk-based Adaptive Management)を提案している。「予防原則」について、この用語を用いる者によって定義が異なるし、国際的に合意された定義はない。不確実性が高い場合、「予防原則」という言葉を用いて当該物質のみの使用等を禁止に導くことは、むしろ対策としては楽である。しかし、別のリスクを発生させる可能性があるとともに、その物質によるベネフィットの享受を阻害することになる。リスク研究としてはより難しい道に挑戦することを選択している。
中西センター長をリーダーとした1プロの成果は、極めて大きなものであるが、最も貴重なのは、“絶対に逃げない”でリスク評価を行った姿勢と一貫した精神ではないかと思うのである。行政官として自戒するとともに、引き続き、このような精神をもったこの分野の専門家の育成に期待したい。