平成18年度 大気環境学会 学会賞受賞のことば

大気圏環境評価チーム チームリーダー 吉門 洋

 

著者近影 

大気環境学会の年会は毎年秋に開催され、その際の総会で学会賞の授与と記念講演が行われます。今回は珍しく受賞者が3人となり、私がその中の一人でした。この学会賞は、目立った成果を挙げている40歳代くらいの人に贈られるという以前の印象に比べ、近年は研究を長年続けて何かしら多く積み上げた高齢者が受賞する傾向へと変化してきたように思われます。その年の受賞者のお名前を知って「あの先生がこれまで受賞されてなかったのか?」と意外に思うこともしばしばです。私なども高齢受賞の典型と言えるので、もしそのように受け止めていただけるなら幸いですが、むしろ「こんな人がいたの?」と思う方が多いのではないかと、複雑な心境です。 

私の出身は地球物理学の一分野としての気象学で、近年そこから巣立つ研究者はほぼ間違いなく地球規模の気候変動と関連した課題を選びます。しかし、私はもともと地域気象を課題とし、地球環境ブームにも乗らず、現在まで地域気象と地域大気汚染の関連メカニズムを追い続けてきました。そのような人間は大気環境学会でも徐々に減り、少しは希少価値が出てきたのかも知れません。とはいえ、大気環境の改善のために最前線を飛び回るような活躍をしてきた訳でもなく、ただ野外観測に取り組む機会を数多く与えられ、炎天下も凍える夜も、ときには高濃度汚染をも肌で感じながら、おもしろい現象を追って楽しんできたのが現実です。 

研究テーマにも従来あまり執着せず、基本的なことを解明したら論文を一編書いておしまい、学会発表もしないまま論文が出て終わり、ということもありましたから、発表数も多くはなく、あまり人々の印象には残らないはずです。その裏で、旧通商産業省の業務だった産業立地のための公害事前調査に多くの時間を費やし、外に出ず後世に残らない報告書をたくさん作りました。そんな仕事ぶりながら、ここまで来て評価をいただけた幸運に感謝します。昨今はどのような分野でも間断なく、しつこく成果を外部に宣伝することが求められるようになり、その環境に適応し、克服しなければ研究者であり続けることも難しくなってきていることは身につまされます。 

なんとも、前時代の研究者の回想録のようなことを書き連ねてしまいましたが、2001年の発足以来、CRMに在籍したことが、私の仕事が外部に見える形にまとまるための一契機となったことは確かです。1980年代に参加した関東平野における夏の広域大気汚染の研究で、高度に都市化した東京のヒートアイランド現象が汚染の広がり方に大きな影響を及ぼすことを発見しました。その主要ターゲットである光化学オキシダント(Ox)が現在改めて対策の強化を求められるようになり、実態解明のためにはヒートアイランドの考慮が不可欠になっています。幸いOxがCRMのリスク評価対象物質としても取り上げられ、改めて関東平野のOxの挙動をヒートアイランドと関連付けて解析することができました。これが昨年度、思いがけない論文賞受賞となりました。 

他方、1970年代から90年代半ばまで各地の公害事前調査に営々と携わったいきさつから、同調査の定型的ツールであった拡散モデルを化学物質リスク管理時代に対応したモデルへと高度化するプロジェクトに中心的に関わることができました。それがMETI-LISという経済産業省標準モデルとして実を結び、CRM発足後の改良によりきわめて社会的に広く受け入れられるまでになりました。CRMが作成してきた詳細リスク評価書シリーズでも、METIーLISが基盤的な評価ツールとして活用されているのは喜ばしいことです。 

スポーツにおける金メダルなどと異なり、学会賞のような栄誉はそれをねらって努力するものではなく、夢中で歩いていると突然降ってくる晴天の霹靂(へきれき)です。振り返ってみれば、研究環境を自分で切り開いたと言える部分はわずかで、それよりも、たまたま置かれた環境の中で周りの先輩や同僚たちの流れを取り込み、支えてくださる人々の力を借りてきたことがだんだん形を成し、大きな部分を占めているのだと気づきます。その流れの中に落ちた霹靂が今回たまたま私に当たったのだと考えずにはいられません。これまでにご支援をいただきました多くの皆様に、深く感謝いたします。

 


化学物質リスク管理研究センター

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