3.SCARRED Lungの開発

健康リスク評価チーム 鈴木 一寿


近年、アスベスト繊維やディーゼル粒子等の健康影響が問題となってきた。また、現在、工業ナノ粒子の毒性影響が懸念されている。これらのエアロゾル粒子の吸入に起因する健康影響は、これまでの主な評価対象であったガス状化学物質とは異なり、呼吸気道内における沈着特性および付随するクリアランス特性に大きく依存する。 

経気道暴露に対する有害性影響評価の精緻化の一環として、国際放射線防護委員会(ICRP: International Commission on Radiological Protection)のヒト呼吸気道モデルに基づき、Simple Code for Aerosols via the Respiratory Route to Estimate Deposition in the LungSCARRED Lung)をMicrosoft Visual Basic.NETで作製した。このソフトウェア・ツールの使用により、図1に示される呼吸気道の各部位に対する粒子状物質の沈着割合等が容易に評価可能となる。理論の詳細は、ICRP Publication 661)および712)に記述されている。 

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図1.呼吸気道の解剖学的領域(参考文献1より作成)

 

ユーザー・インターフェースのデザインを図2に示す。‘沈着’計算の入力パラメータは、粒子の直径・密度・形状係数、気道のサイズ・一回換気量・機能的残気量・死腔である。また、オプションの‘クリアランス’計算には、粒子の輸送速度・血液吸収パラメータ等の入力を要する。これらのデフォルト値はプログラムに内蔵されており、設定・変更は簡単に行える。 

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図2.ソフトウェアのデザイン

 

本ツールを用いた計算結果の例として、二酸化チタンの作業者に対する粒径別の重量ベースの沈着割合を図3に示す。沈着は空気力学的過程(慣性衝突、重力沈降)および熱力学的過程(ブラウン拡散)の競合により起こり、数百nmより大きい粒子に対しては前者が、小さい粒子に対しては後者がそれぞれ優勢になる。また、各過程による鼻・口・咽頭・喉頭に対する沈着効率は、それぞれ数μm以上、数nmの粒子に対して顕著に大きく、それらのサイズの粒子の肺深部への到達量は比較的少ない。それに対し、数十nm粒子の肺胞への沈着割合は比較的大きい。例示した条件下では、吸気中に含まれる直径20nmの粒子は大まかに、11%が鼻・口・咽頭・喉頭に、14%が気管支・細気管支に、50%が肺胞に沈着し、残りの25%は沈着せずに呼出される。

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図3.二酸化チタンの呼吸気道沈着パターン
(作業者: 5.5hrの軽い運動、2.5hrの着座)

 

今後は、現行のモデルを繊維状物質へ適用できるように改良する予定である。また、‘沈着’と比べて大きな不確実性を有する‘クリアランス’機序の解明、さらに、体内動態の予測、用量-反応関係の解析等への適用を計画している。


参考文献

1)ICRP (1994). Human Respiratory Tract Model for  Radiological Protection. ICRP Publication 66. Annals of the ICRP. 24(1-3), Elsevier Science Ltd., Oxford.

2)ICRP (1995). Age-dependent Doses to Members of the  Public from Intake of Radionuclides, Part 4: Inhalation  Dose Coefficients. ICRP Publication 71. Annals of the ICRP. 25(3/4), Elsevier Science Ltd., Oxford.


*SCARRED Lungは、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託研究による研究成果です。本研究の一部は、筆者が(独)国立環境研究所に在職していた時に行われました。

  


化学物質リスク管理研究センター

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