特集:予測モデルの開発
1.曝露・リスク評価大気拡散モデル(ADMER)Ver.2.0の開発 
- サブグリッドモジュールの導入で高解像度化を実現 -

環境暴露モデリングチーム 東野 晴行



◆はじめに

ADMER(正式名称:産総研−曝露・リスク評価大気拡散モデル(National Institute of Advanced Industrial Science and Technology - Atmospheric Dispersion Model for Exposure and Risk Assessment : AIST-ADMER ) は、操作が簡単で誰でも入手できることに加え、PRTR制度が施行され様々な排出量データが容易に入手できるようになったことから、ユーザーが年々増加しており、国、自治体、教育機関、企業など、すでに様々な場所で大気系化学物質のリスク評価に活用されている。しかしながら、モデルの普及と並行して、新たに様々な要望がユーザーからでてきているのも事実である。開発者のもとに寄せられた要望の中で最も多いのが、解析可能な空間解像度をもっと上げて欲しいという要望であった。これまでのADMERでは、空間解像度は5×5km(厳密には国調3次メッシュの5倍の約5km)に限定されていた。この解像度は、関東全体のような地域スケールでの分布状況を見るには最適な解像度であるが、ある特定の都道府県や市町村程度の領域で用いるためには、もう少し高い解像度で解析できるのが望ましい。これまでのADMERでは、解像度の限界により、評価したい地点が発生源に近い場合には計算値は実測値より低くなる。例えば、ADMERによる計算結果と既設の観測局での実測値とを比較する場合を考えると、都市規模が比較的小さい郊外都市では、発生源と観測局の距離がグリッド間隔より比較的近くなる場合が多いため、計算値が過小となってしまう。このような場所での実測値を再現するには、ある程度高い空間解像度が必要であった。 

このように、狭い領域での解析精度の向上のためにはADMERの高解像度化が求められるが、空間解像度を上げると当然のことながら、計算時間や取り扱いデータの容量が増大する。そのため、解析領域全体のグリッド間隔を細かくするような単純な高解像度化を行った場合、ADMERの特徴の一つである日本全国のような広範な地域での濃度分布や暴露人口の推定といったような使い方が難しくなり、実用上問題が生じる。そこで、ADMERの全体の空間解像度を上げるような変更はせずに、指定した特定のグリッドについてより解像度の高い解析が可能なモジュールを開発し、これをADMERに組み込むことによって、特定の狭い領域についての詳細な解析を実現できるモデルを構築した。


サブグリッドモジュール

サブグリッドモジュールは、図1に示すように、まず、高解像度で計算を行うADMERの特定のグリッド(5×5kmグリッド)を1つだけ選択し、その内部について100m〜1kmのさらに細かいグリッド(サブグリッド)に分割して濃度分布を推定する計算を行う。 

以上の方法で計算できるのは、対象とした特定の5×5kmグリッド内の発生源からの寄与のみである。そこで、サブグリッド計算対象のグリッド以遠の発生源からの影響については、従来のADMERと同じ手法で計算しサブグリッドの計算値に足し合わせる仕組みを併せて構築した。つまり、サブグリッドの解析対象となったグリッド以外からの寄与分が、対象領域内の全てのサブグリッドに一律に加算される仕組みである。このような手法をとることにより、高精度が要求される近隣の発生源については数100mの解像度で計算するが、それほど高い精度が要求されない遠方の発生源からの影響についてはこれまで通り5km解像度での計算となり、高い空間分解能と計算時間やデータ容量の効率化が同時に実現できる。ただし、隣接グリッドの境界付近に大きな発生源がある場合は、この手法では誤差が大きくなるため、隣接グリッドについては当該グリッドと併せてサブグリッド計算を行えるような仕組みも構築した。 

図

・特定のグリッドを選択し、その内部を高解像度(100m〜1km)で計算
・遠方(当該グリッド以外)からの影響は、ADMERにより計算し足 し合わせる
・高さ方向を考慮(一般的な3次元のプリューム・パフ式)
・気象データはADMERのものを使用(5km解像度で整備したもの)

図1.ADMERサブグリッドモジュールのしくみ

図2は、サブグリッド導入による効果を検証するため、日本全国のベンゼンの濃度について、ADMERVer.1.5とVer.2.0のサブグリッドモジュールを用いて100m解像度で計算した結果と実測値を比較したものである。Ver.2.0のサブグリッドモジュールを用いた計算結果は、Ver.1.5と比較して郊外都市における予測濃度が高くなり実測濃度に近い値となった。このように、サブグリッド計算により評価地点周辺の解像度を高くすることにより、郊外都市のように発生源密度が比較的低い地域や沿道のように発生源と評価地点が近い場所での予測精度が向上することがわかる。

 

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図2.現況再現性の比較(平成14年度のベンゼン濃度、日本全国の観測点409地点で比較)

 

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図3.ADMER Ver.2.0の濃度マップ表示画面
(GISの搭載により操作性や表示の自由度が格段に向上)

 

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図4.ADMER Ver.2.0の内蔵指標データ表示画面 図5.ADMER Ver.2.0の行政区分集計表示画面

 

◆ADMER Ver.2.0のリリース

本稿で紹介したサブグリッドモジュールを搭載したADMER Ver.2.0を、2007年1月にリリースした。今回のバージョンアップでは、サブグリッド機能の搭載による高解像度化に加えて、地理情報システム(GIS)の導入による表示機能の向上(図3)、グリッド排出量の作成や曝露人口の推計に用いる各種統計データの自動ダウンロード機能の搭載(図4)、市区町村別の排出量や平均濃度を自動的に計算する機能を搭載(図5)するなど、様々な改良を同時に行った。

 


*ADMER Ver.2.0は、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの受託研究「化学物質総合管理プログラム・化学物質リスク評価及び リスク評価手法の開発プロジェクト」の研究資金で行われてきた研究の成果です。

*ADMER Ver.2.0は、これまでと同じように、CRMホームページのADMERのサイトで一般公開され、誰でも無償でダウンロードして利用することが できます。(http://www.riskcenter.jp/ADMER/)

 


化学物質リスク管理研究センター

独立行政法人 産業技術総合研究所