農産物の安全性を確保するために

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独立行政法人
農業環境技術研究所
理事

上路 雅子


健康に対する国民の関心は極めて高い。近年、BSEや鳥インフルエンザ問題、さらに、食品表示の偽装などが連続的に発生したことから、「食の安全・安心」を求めて食品行政が厳しく監視されている。所沢における野菜のダイオキシン汚染騒動も記憶に新しく、近隣地域で生産される野菜の不買運動にも発展し風評被害を起こした。科学的データに基づき速やかで的確な対応をしなかった場合、大きな社会問題になることを痛感した。 

ところで、農産物の生産現場にも多種多様の化学物質が分布しており、それらによるリスクの評価と管理技術の開発が進められている。現在大きく取り上げられる物質はカドミウムと農業生産資材の肥料・農薬といえる。カドミウムはWHO/FAO合同食品規格(Codex)委員会で穀類、野菜、いも類などの基準値が設定されており、各種農産物におけるカドミウム濃度のモニタリング調査が進められている。鉱山の多いわが国では、農耕地土壌中のカドミウム濃度が高い地域もあって、基準値超過率が高い作物もある。土壌での濃度レベルの低減に向けて、土壌の化学的洗浄や植物吸収機能を利用したファイトレメディエーションが試みられ、その有効性が検証されつつある。 

また、農業資材については、その過剰使用により人の健康や生態系への影響が懸念されている。問題を回避するため、農作物や環境中における許容レベルや使用基準などを設定するとともに、多様な環境媒体での化学物質の挙動解明と動態予測モデルの開発、および影響軽減に向けた技術の開発研究が推進されている。特に、2006年5月29日に導入されたポジティブリスト制度は、残留農薬基準を超過する食品の流通を禁止するもので農業生産現場に大きな衝撃となった。農産物の病害虫・雑草防除剤として農産物の安定供給に貢献する農薬であっても、残留農薬基準値が未設定の場合が多い。新たな制度での0.01ppmという厳しい一律基準に従わねばならないこともあり、急遽、ドリフト(飛散)を防止する散布技術の導入や農薬使用方法が提示された。 

植物は、その生命を維持、繁殖するために、体内に毒性化学物質をもち、それを放出することで外敵と闘っている。天然毒素といわれるもので、例えば、ジャガイモのソラニン、わらびのプタキロシドなどは人間に対しても発ガン性を有している。これらに対応する先代の知恵として、品種改良やあく抜きなど天然毒素の除去方法が工夫されてきた。 

農産物の生産には化学物質が深く関わっている。食の安全を確保する上で相互の信頼関係を構築することが必要であり、そのためには化学物質の毒性と暴露量を正確に把握できる科学的知見を集積するとともに、健康に被害がないレベルまでにリスクを最小化し、より大きな便益を得る方策を生み出す努力が不可欠といえる。

 


化学物質リスク管理研究センター

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