− 新研究員紹介 −

 

天空の無辺   招聘研究員 村山 英樹

8月1日から「ナノ粒子特性評価手法の研究開発」プロジェクトに、管理班の一員として参画することになりました。少し変則的な勤務形態で、フラーレンの製造販売をしているフロンティアカーボン株式会社(FCC)からの出向で、FCCの仕事との兼務です。未だ黎明期のナノテクノロジー・ナノ材料という、茫漠たる分野を対象としたリスクの評価・管理の最先端を切り拓くプロジェクトに参画できることに深い喜びと、そして大きな不安を感じています。この不安の大部分はリスク研究に対する小生の無知が原因ですが、時間が限られた中で国内外の動向と整合性を持った成果を出し、社会に対してナノの世界の見えない部分をきちんと正しく見えるようにする、というミッションの重さを感じています。

バックグラウンドは化学です。学生の頃は、有機合成化学に精進していました。若い頃親しんだ習慣は人間としての行動様式を定めてしまうらしく、物質を目の前にすると今でも頭の中は基本的に分子の姿で理解しようとしています。分子という観点から見ると、フラーレンC60は極めて美しい構造で、自然界の不思議を感じます。この構造がネイチャー誌に掲載されたときの興奮は今でも鮮明に覚えています。そして美しいだけでなく、純粋な炭素分子としての有用性にも心に感じるものがあり、2001年に三菱化学(株)で今後の社会に必要となる次の柱となるような事業を議論する機会を得た際、フラーレンの世界初となる事業化を提案しました:発明・発見の先の実用化技術として、我々の生活を変えるようなイノベーションを目指し、「Passion & Logic:やる気と論理」をスローガンにFCCを設立しました。余談ですが、後で知った話では“Passion”の最初の意味は「受難」でした。

2004年3月に、米国化学会でフラーレンの変性ナノ粒子の魚毒性に関する発表があり、米国メディアも「ナノテクノロジーの光と影」といった取り上げ方をし、大きな話題となりました。これらの学会発表やメディアの動きなども契機となり、ナノリスクに関しての正確な議論の必要性と、その土台としてのナノ標準化の活動が2005年以降本格化する形になったと理解しています。

ナノテクノロジーは、今後の人類社会の発展を支える基盤技術として重要なだけでなく、国際競争力の源泉ともされ、各国で国家政策として取り上げられています。ナノ材料の“Application”に私自身も没頭していたわけですが、このリスク論議を通じて、実はそれだけでは空の半分しか見ていないことに気がつきました。“Implication”までを視野に入れて初めて全体像となり、技術的・産業的価値だけでなく、世の中に本当に必要とされる社会的価値を持った技術とすることができると実感しています。安全性評価は、学際的でかつ極めて高い技術体系であり、これができる国や機関は非常に限られていると伺っています。誰にも信じてもらえない安全性研究には何の意味もないわけで、国内外で説得力を持った研究結果が出せるということは、新技術・新材料の国際競争力を支える上でも重要です。

冒頭で述べましたように兼務ではありますが、本プロジェクトの社会的重要性を踏まえ、コンプライアンス上もきちんとした形で活動に専念したいと考えています。

 

【略歴】 
・1986年 東京大学工学系大学院博士課程修了(工学博士)
・1986年 三菱化成(現三菱化学)入社、炭素無機研究所
・1990-1992年 米国ハーバード大学客員博士研究員
・993-2001年 三菱化学(株)情報電子カンパニー
・2001-2002年 三菱化学(株)科学技術戦略室
・2001年末-現在 フロンティアカーボン株式会社 副社長 兼 開発センター長



化学物質リスク管理研究センター

独立行政法人 産業技術総合研究所