詳細リスク評価書テクニカルガイダンス−概要版・詳細版−
花井リスク研究所 花井 荘輔

 

2004年4月から、CRMの詳細リスク評価に関するテクニカルガイダンス文書を作成するプロジェクトの依頼を受け、これまでに概要版と詳細版1〜4を作成しました。

このテクニカルガイダンスの主な目的は、詳細リスク評価書を活用する方のために、評価書を作成する考え方、評価書で採用する評価手法を解説することです。リスク評価を実施する人、あるいは詳細リスク評価書を作成する人のための評価手引書あるいは作成手引書ではありません。

化学物質のリスク評価には、広い範囲の科学技術が関係し、かつ奥が深いので、評価内容の詳細を解説するには大部の紙幅を必要とします。このことは約千ページに上る欧州委員会(EC)の技術解説書(TGD)、あるいは米国環境保護庁(EPA)の各種資料を例に挙げるまでもなくおわかりいただけると思います。

多くの専門家が時間をかけて議論し標準的なひとつの手法としてまとめたECのTGD、あるいは、ここ30年近い歴史の中で進化してきた米国EPAの詳細な評価システムとは異なり、CRMの評価は、それぞれの物質の特徴にしたがって、その時点で利用できる最善のモデル、あるいはデータを使用します。評価書の作成と手法の開発が同時進行的であり、このプロセスと議論を経て、CRMとしてまとまったものに収束していくことが期待されます。

このような状況を踏まえ、テクニカルガイダンスの解説は個々の科学技術の細部を記述することよりも、その分野の内外の状況をも含めて記述することに主眼をおいています。そのために見開きの左ページに簡単な文章、右ページに図あるいは表を配置するフォーマットを採用しました。



T.概要版
 
1.6 MB、131頁 2005年3月公開 

大部になり勝ちの詳細リスク評価書を読み進む際に、全体の中で暴露評価や有害性評価等のそれぞれの構成要素がどのような関係にあるか、採用した具体的なリスク評価手法が他の手法と比べてどのような特徴をもつか等を、できるだけ簡潔に説明することを目指しました。ADMERやMETI-LISのようなモデルを左右2ページで解説しました。また、評価の全体像をつかみやすいように、全体の構造を1枚の図に整理しました。排出量推定に数多くのデータを掘り起こしていること、管理手法の経済性評価などに踏み込んでいる状況が理解できると思います。


U.詳細版

詳細リスク評価に関係する数多くのプロセスをひとつの観点で切り取ってできるだけ詳しく解説しています。参考資料はできるだけ多く調査し、歴史的な進展がわかりやすいように時系列の一覧表の作成を心がけました。


●詳細版(その1) 1.5MB、75頁 2006年6月 公開
−動物実験データのヒト評価への外挿−

ヒト健康リスク評価では、ヒトのデータが少ないために、動物実験のデータをヒトに外挿する必要があります。いわゆる不確実性係数(Uncertainty Factor)を用いて安全側の評価をするというのが、これまでの主な評価方法でした。米国EPAが、1980年頃からまとめてきた経緯を中心に、種間差・種内差・高用量から低用量へ・期間差・経路差・その他の議論をまとめました。その他の主な項目:
   ・Renwickらの化学物質特有のデータの活用CSAFs
   ・Baird,Slobらの不確実性係数の統計的分布解析
   ・種間外挿の体重依存性BWのnは1か2/3か3/4か


●詳細版(その2) 3.7 MB、108頁 2006年6月 公開
−ADMER−暴露・リスク評価大気拡散モデル−

広域(最大は全国レベル)における5km平方のグリッド単位の大気中濃度を推算するシステムです。トルエンをはじめ揮発性の高い化学物質の場合には、まずこのシステムで広域の濃度分布を推算し、METI-LISで高濃度域の濃度分布を細かく調べるというプロセスがほぼ確立されました。排出量の設定にはPRTR公表データを活用しますが、対象業種の固定届出排出源だけでなく、非対象業種・家庭、あるいは移動源などからの排出量をグリッド単位に割当てるには多大の努力が必要です。濃度推算では大きな意味をもつ気象条件を左右する割にはあまり馴染みのない大気安定度・混合層高さなどの基本を解説しました。 


●詳細版(その3) 6.5 MB、216頁2006年6月 公開
−1 低煙源工場拡散大気濃度推算システム (METI-LIS)

事業所などの発生源からの排出による周辺濃度の推算システムです。ADMERと同じように気象データとしてはAMeDASデータを活用します。ベンゼンやブタジエンの場合は無視できない近傍の道路を通行する車両からの排出量を線源として処理します。古くは工場からの排出は高いエントツからのものが主でしたが、最近ではそれほど高くない煙源からの排出が支配的で周辺の建物による巻き込みで地上濃度が高くなる傾向にあります。その程度を評価する機能の内容を、一般には入手困難な資料から解説しました。米国EPAのISCモデルからAERMODモデルへ変換するニュースにも触れています。

−2 媒体間移動量の評価

レセプターが受ける暴露量を推算するためには、基本的な環境媒体(大気・土壌・水・底質)から、植物・家畜・魚介類などへの物質の移動・分配・分解過程を評価する必要があります。いわゆる環境動態です。数多くの素過程のうち代表的なものを取り上げました。大気中のガス態と粒子吸着態との間の分配平衡を記述するJunge定数の意味などに触れた後、CRMで開発されたの機能を解説しました。

−3 暴露量 (摂取量)の評価

暴露媒体から体内への取込量評価が暴露量を決めます。基本的な諸過程の他に、経皮吸収・吸収率などの問題を解説しました。体重・摂食量などの分布データから計算することが多いモンテカルロ法の基本も解説しました。


●詳細版(その4)(予告)
−分布のあるデータの処理−より定量的な評価のために

2006年11月に公開予定です。キーワードとしては、分布のあるデータ、確率的リスク評価、モンテカルロ法、変動性Vと不確実性U、ベイズ解析からMCMC(マルコフ連鎖モンテカルロ)などです。ご期待下さい。

 

詳細リスク評価書テクニカルガイダンスは、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構からの委託研究「化学物質総合管理プログラム・化学物質リスク評価及びリスク評価手法の開発プロジェクト」の研究資金で行われた研究の成果です。

*テクニカルガイダンスは、概要版、詳細版ともにCRMホームページ詳細リスク評価書のサイトからPDFファイルで全文をダウンロードすることができます。 http://unit.aist.go.jp/crm/mainmenu/1.html



 


化学物質リスク管理研究センター

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