2.新規バイオ燃料:エチル・tert-ブチル・エーテル(ETBE)のリスク評価
リスク解析研究チーム 牧野 良次
◆はじめに2005年2月に発効した京都議定書において、我が国は、2008〜2012年の第1約束期間に、CO2排出量を基準年(1990年)から6%削減することを約束している。しかしながら、2002年度の温室効果ガス排出量は基準年比で7.6%増加しており、削減約束との差は13.6%に逆に拡大している。
このような状況の下、政府は2005年4月に「京都議定書目標達成計画」を策定した。京都議定書において、バイオマス由来燃料は「カーボンニュートラル」であると認められることから、同計画は2010年度における温室効果ガス排出削減目標達成のための対策の一つとして「バイオマス利用の促進」をあげ、導入するバイオマス由来燃料として、1 (バイオエタノールを原料として製造した)ETBE混合ガソリン、2 地域におけるバイオエタノール混合ガソリン(E3)、3 バイオディーゼル燃料(BDF)、の3つを想定している。
ETBEは、「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(化審法)」において第二種監視化学物質に指定されており、ヒトへの長期毒性が疑われている。さらに、ガソリンに混合されて用いられることから、給油所等の開放系における大量使用に伴う恒常的な排出が予想される。これらのことから、ETBE導入にあたっては、事前にリスク評価を行うことが重要と考えられる。
以上のような状勢を背景として、経済産業省は、バイオマス燃料導入のための環境整備の一環として、ETBEリスク評価事業の公募を行った。CRMは、当該事業の受託者である(財)石油産業活性化センター(PEC)からの委託事業として、平成18〜19年度の2年間にわたり、ETBEの暴露評価およびヒト健康リスク評価を行う計画である。
◆ETBEリスク評価の意義ETBEリスク評価の意義として、以下の2点があげられる。第一は、ETBEのリスク評価が「新規化学物質(広い意味での新技術)の事前リスク評価である」という点である。新規物質の導入に先立ってリスク評価結果およびリスク管理政策を公表することにより、ETBEによる健康影響顕在化の防止、不要なリスク不安の払拭を目指す。第二は、ETBEのリスク評価が「バイオマス由来燃料に対する最初のリスク評価である」という点である。バイオマス由来燃料は、京都議定書目標達成計画の実現に資するだけでなく、長期的にはエネルギー源の多様化に貢献する。ETBEリスク評価は、バイオマスエネルギー導入の一つの試金石となることが期待されている。
◆今年度の研究計画研究成果は、大きく分けて暴露評価、有害性評価、リスク評価、リスク管理の4つの部分で構成される。ETBEは新規化学物質であることから、入手できる文献情報は質、量ともに限定的である。そこで、PECによる自動車からの燃料蒸発ガス中ETBE濃度の実測、日本における代表的土壌種を用いた土壌モデル実験、実験動物を用いた生体内毒性試験等の結果を基礎として、CRMが詳細なリスク評価を実施する計画となっている。今年度は、詳細評価に先立ち、暴露、有害性、リスクについて、既存文献情報に基づいたスクリーニング評価を実施する計画である。
1.排出源および暴露経路の想定:ETBEの用途としては、ガソリンへの添加のみが想定されている。したがって、主たる排出源は製油所、油槽所、給油所、および自動車である。前3者については、揮発による大気への排出および地下タンクの破損等による土壌中への漏洩、自動車については、燃料蒸発ガス中のETBEを想定する。その他、二次的な排出源として、土壌を通じてETBEが浸透した地下水を生活用水として使用する際の室内空気への排出を想定する。暴露経路としては、大気中および室内空気中ETBEの吸入暴露、ETBEを含有する地下水を飲用することによる経口暴露を想定する。ETBEの排出源および想定される暴露経路を下図に示す(自動車からの燃料蒸発ガス、室内空気中ETBEについては略した)。
図1.ETBEの排出源および暴露経路
2.排出量推定:既存データを用いて、「全国の給油所における大気中への各VOC排出量推定値」と「各VOCの蒸気圧×ガソリン中含有率」との関係を表す回帰式を推定し、ETBEの蒸気圧と想定されるETBEのガソリン中含有率(7%)をその回帰式に適用することにより、全国の給油所におけるETBEの大気中排出量を推定する。製油所および油槽所からの排出量についても、同様の方法を用いる。自動車からの燃料蒸発に伴うETBE排出量については、PRTR調査において適用されている推定方法を適用する。また、地下タンクからの土壌への漏洩量については、関係業界からデータ提供を受ける。3.暴露量推定:大気中ETBE濃度については、広域的な濃度をAIST-ADMERにより推定する。給油所等が特に密集し、大気中ETBEが高濃度であると予想される地域については、METI-LISを用いて大気中濃度の空間分布を詳細に検討する。地下に漏洩したETBEについては、日本における代表的な土壌種で構成される地下環境中におけるETBEの鉛直方向移動および地下水中濃度を、数理モデル(米国環境保護庁によるHSSM等)により推定する。室内空気中ETBE濃度は、 を用いて推定する。以上のようにして得られた各環境媒体中ETBE濃度分布、および呼吸速度や飲水量といった暴露係数の個人差から、ETBEの暴露量別人口分布を推定する。
4.暫定無毒性量(NOAEL)の導出:ETBEに関する既存有害性文献を調査・解析することにより、評価エンドポイントを設定し、暫定NOAELを導出する。
5.リスク評価:上記3、4で得られた暴露量別人口分布および暫定NOAELを用いて、暴露マージン(MOE)別人口分布を導出する。MOEと、リスクが懸念されないと判定するのに必要な最小マージン(不確実性係数積:感受性の個人差や種間差等を考慮して決定)とを比較することにより、リスクのスクリーニング評価を行う。
◆今後の展開
来年度は、「今年度の研究計画」の項に示した各種実験の結果を用いて、スクリーニング評価結果を修正し、最終的なリスク評価結果をとりまとめる予定である。将来的には、ETBEのリスク評価結果を、E3やBDF、さらには太陽光発電等のリスク評価結果と比較することによって、CO2削減技術の費用効果分析を行い、効率的なCO2排出削減の実現に貢献したいと考えている。