CRMの新規プロジェクト:1.太陽光発電のリスクの評価
リスク解析研究チーム 荒川 千夏子・吉田 喜久雄



◆はじめに

太陽光発電は、太陽電池を用いて光エネルギーを直接、電気エネルギーに変換するシステムである。資源の制約がなく、CO2や有害大気汚染物質を排出しないことから、環境負荷の少ない技術として注目されている。わが国の太陽光発電設備の設置容量は、近年、指数関数的に増加しており、2003年度の累積設置容量は、世界20カ国の69%(86万kW)を占めている1)。また、経済産業省の長期エネルギー需給見通しでは、2010年度と2030年度の導入目標容量は482万kWおよび8,280万kW〈新エネルギー進展ケース〉とされている。10,000万kW規模の太陽光発電設備の設置が可能となれば、京都議定書のCO2排出削減目標をほぼ達成できるとされているが、原料供給とコストの問題から、現在の主流であるシリコン系太陽電池の大幅な生産増は望めない状況にある。このため、大規模生産が可能で、省資源で低環境負荷型の新規の有機色素や化合物半導体を材料とした非シリコン系次世代太陽電池の開発が活発に行われており、シリコンに比べて長波長の太陽光を吸収し、発電効率も高いと期待されているインジウム系の銅-インジウム-ガリウム-セレン(CIGS)化合物や銅-インジウム-セレン(CIS)化合物の薄膜電池の生産・出荷が2007年度から新たに開始される2,3)

本研究は、経済産業省の委託研究「省資源低環境負荷型太陽光発電システム開発」の一部として、新規太陽電池のプロセス、材料およびデバイスの開発に伴うリスクの評価手法を確立し、省資源で低環境負荷型の太陽光発電システムの実現に寄与するために実施される。


◆研究目標

わが国におけるシリコン系太陽電池の開発は1970年代に始まり、その設置容量は、80年代はわずかであったが、90年代以降は指数関数的に増加している。今後は、このシリコン系太陽電池に加えて、非シリコン系の次世代型太陽電池も容量増加を担うことになる。さらに、太陽光発電は、CO2や有害大気汚染物質(NOx、SOx、SPM等)を排出する火力発電に代替し得る発電設備としても注目されており、太陽光発電設備の導入には、有害大気汚染物質による一般住民の健康リスク低減という便益がある。したがって、新規に太陽光発電システムを導入するか否かの意思決定には、図1に示すように、導入に伴う便益と各種の費用の差である純便益が正となることが必要であり、複数の導入案がある場合には純便益が最大となる案を採用することになる。本研究では、リスクを考慮した費用便益分析に基づく太陽光発電システム導入の意思決定手法を確立するとともに、未だ構築されていないリサイクル体制の導入の有効性を検討する。

図1.太陽光発電導入に伴う費用と便益

図1.太陽光発電導入に伴う費用と便益


◆本年度の研究項目

 図2に示したように以下の項目について検討を実施している。

1.シリコン系電池:太陽電池モジュールには、電池セル以 外のフレーム、表面保護材、裏面カバー・裏面、配線材、 充填材等にアルミニウム、ガラス、フッ素系フィルム、各種樹脂等の素材が用いられ、鉛はんだも含まれている4)。 このため、近い将来にリサイクルされず大量に廃棄され る可能性があるシリコン系太陽電池モジュール中の鉛に ついて環境排出量を推計し、ヒト健康リスクを評価する。

2.インジウム系電池:非シリコン系次世代電池として注目 されているCIGS系やCIS系の電池に用いられるインジウム は半導体や蛍光体の材料として既に用いられており、最 近では国内需要の約90%は、液晶ディスプレーの透明導 電膜に用いられており、鉛フリー化のため、低融点合金 としての需要も増大している。こうした状況下、毒性情 報が少なく、「安全な金属」とされてきたインジウム化合 物の毒性試験が1990年代から実施され、肺への毒性が示 唆されるとともに、研磨作業者に肺障害が報告される等、 吸入暴露に伴うヒトへの健康影響が注目されている5)。こ のため、インジウム化合物等の既存有害性情報を整理、解析するとともに、当面の主たる暴露集団と考えられる インジウム系電池製造およびそのモジュール製造に携わ る作業者へのリスクを解析する。

3.太陽光発電設備導入に伴う便益:火力発電の代替エネルギー 源として太陽光発電を導入することにより、火力発電設備 から排出される有害大気汚染物質量とそれらによるヒト健 康リスクが低減する。このため、いくつかの代替シナリオ を想定して、火力発電設備から太陽光発電設備への代替化 に伴うヒト健康リスクの低減(便益)を定量化する。

図2.本年度の研究項目


図2.本年度の研究項目


<参考文献>
1) 1)NEDO 新エネルギー関連データ 16年度版
http://www.nedo.go.jp/nedata/16fy/01/b/0001b009.html
2) 本田技研工業
http://www.honda.co.jp/news/2005/c051219.html
3)昭和シェル石油
http://www.showa-shell.co.jp/press_release/pr2005/0810.html
4) 太陽光発電技術研究組合(2001)平成12年度新エネルギー・産業技術総合開 発機構委託業務成果報告書 太陽光発電システム実用化 技術開発
5)田中昭代・平田美由紀(2006)職業性インジウム吸入による肺障害の病態と診 断、九州大学中央分析センター センターニュース、25、2、5-7

 


化学物質リスク管理研究センター

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