−新客員研究員紹介−
生態リスク研究の課題
横浜国立大学大学院環境情報研究院
教授
松田 裕之私はこれまで、数理モデルを用いてさまざまな生態現象を研究してきました。捕食者の餌選好性と食物網の安定性の関係、共進化理論からみた食物網グラフが持つ性質の予測、進化的安定性と自己絶滅の理論、天敵特異的防御がもたらす捕食者同士の相利関係、イワシとサバの資源変動仮説、サバの最適漁獲方針、エゾシカ保護管理計画、ミナミマグロの絶滅リスクと将来の資源回復予想、日本産維管束植物の絶滅リスク評価と愛知万博環境影響評価への応用など、新たな理論的概念の提唱から、実際の環境政策への具体的な貢献まで、降りかかった課題に対して可能な限り数理生態学による解を求めるよう努めてきたつもりです。
私が卒業研究から大学院時代を過した数理生物学の研究室は国内にごくわずかしかなく、言わば外様研究者として、さまざまな職を渡り歩いてきました。学問分野も、生態学、水産学、環境リスク学と変わってきました。ですから、生態リスクを扱う現在も、化学物質だけでなく、漁業や開発による生物へのリスクを統一的に評価する方法を考えています。
化学物質の生態リスクについては、果たして土地開発や、漁業の乱獲、外来種の侵入などに比べて、どこまで深刻な問題か、私自身よくわからないところがあります。漁業では個体数を半減させることは持続可能な漁業にとってむしろ奨励されてきた歴史があります。水産資源の生存率を3分の1に減らす程度に留めようなどという指針もあるのに対し、化学物質では1割の個体に生殖異常が出たら規制対象にする場合があると聞いたときは、これらを統一したリスク概念で科学的に説明できるのか、心もとなく感じました。
他方、トリブチルスズが巻貝類に与えた影響は甚大でした。明らかに、生態リスクを考えるべき対象はあります。典型的な事実から出発すれば、合理的な解を見出すことができ、生態リスクについての考え方を整理できるはずです。
絶滅危惧種の判定法でも、国際基準ではミナミマグロがシロナガスクジラより深刻と判定されるなど、不合理な面が多々あります。これは予防原則の誤用の産物だと思います。しかし、リスクが必ずしも実証されない前提(外挿など)を用いて評価される場合があるならば、それは予防原則と同じ理念に基づくはずです。予防原則についても、考え方の整理を進めてきました。
現在、最も注目しているのは順応的管理という考え方です。不確実なものを単に安全側に見るのではなく、管理を実施する中でその前提を検証し、不必要な前提を改めていくことが重要です。予防原則は過剰な対応を将来見直すことに意義があるのです。化学物質のリスク管理にも、この順応的管理の考え方を導入したいと考えています【略 歴】
・1985年 京都大学大学院理学研究科後期博士課程 卒業
(理学博士)
・1986年 日本医科大学助手
・1990年 農林水産省中央水産研究所主任研究官
・1993年 九州大学大学院理学部生物学教室助教授
・1996年 東京大学海洋研究所助教授
・2003年 横浜国立大学大学院環境情報研究院教授ホームページアドレス:
http://risk.kan.ynu.ac.jp/matsuda/