2.排出と暴露
リスク管理戦略研究チーム 小倉 勇


工業ナノ材料の排出や暴露については、気中への排出および呼吸による暴露が最も危惧されている。その背景として、今までに様々な粒子で呼吸器への有害影響が見られていること、現状では労働環境が安全性評価の主対象とされていること、気中を介した暴露は労働環境や発生源周辺で起こる最も直接的な暴露であること、気中で特にナノ粒子は拡散・移動性が高いことなどがある。CRMの研究計画においても、主たる評価対象として気中への排出および吸気暴露を考えている。

工業ナノ材料の排出や暴露の状況は、一部の製造工場での測定例がわずかにあるのみで、十分に把握されていない。現状では工業ベースのナノ材料の製造、使用は限られており、今現在、ナノ材料への高暴露が起こりうるのは、研究機関およびナノ材料の製造工場などの労働環境であるといえる。しかし、今後、工業ナノ材料は様々な用途で使用され、急速に普及することが予想される。我々は、ナノ材料の製造、使用、消費、廃棄といったライフサイクル全体での排出・暴露可能性の評価、そして将来の普及を踏まえた予測的評価が必要であると考えている(図2参照)。

現状では、工業ナノ材料の排出より、非ナノテク由来の人為的ナノ粒子の排出の方が多いといえる。室内および屋外ともに気中には、自然由来や燃焼由来、工業プロセスなどによるナノサイズのエアロゾルが遍在している(室内・一般大気でおよそ103〜105個/cm3、調理・ディーゼル車など燃焼プロセスでおよそ105〜106個/cm3、熔融、鋳造、溶接、研削、切断、はんだ付けなどの様々な工業プロセスでおよそ105〜107個/cm3)。また、アスベストなどの繊維状無機粒子も遍在している(一般大気でアスベストがおよそ<0.1〜1本/L、その他無機繊維がおよそ1〜10本/L)。これらのバックグラウンドの粒子は、工業ナノ材料のわずかな漏洩を覆い隠してしまう可能性がある。また、バックグラウンドの粒子と工業ナノ材料との相互作用が考えられ、工業ナノ材料の排出や暴露を評価する際には、バックグラウンドの粒子の考慮が必須であるといえる。一方、工業ナノ材料の排出が限られている現状において、非ナノテク由来ナノ粒子に関する様々な研究および情報(例えば、計測技術、環境中動態、体内動態、有害ポテンシャルなど)は、今後の工業ナノ材料の評価に役立つといえる。CRMでは、研究項目の一つとして、非ナノテク由来ナノ粒子に関する情報の整理も進めている。

工業ナノ材料の排出や暴露を評価するためには、何らかの測定が必要となる。しかし、複雑な構造とユニークな性質を持つ工業ナノ材料について、その量や特性を単一の指標で表すことは難しい。個数濃度、表面積濃度、重量濃度などの様々な濃度指標が考えられ、さらにサイズ、形状、表面状態、凝集状態、溶解性、バックグラウンドの粒子や化学物質との相互作用などの情報も重要である。ナノ材料は一般に凝集した状態で存在するため、ナノ材料の排出や暴露に関する調査の際には、ナノサイズだけでなく、マイクロサイズも含めた粒径範囲の測定が必要であるといえる。マイクロサイズに凝集していたとしても、表面積や反応性などは概して一次粒子の大きさや特性に依存すること、また、体内で凝集した粒子が再分散する可能性があり、単体のマイクロサイズの粒子とは必ずしも同等ではない。CRMでは、粒子の量・サイズ・性状といった情報を含んだ定量・定性的な排出・暴露評価を行うために、複数の指標(複数の装置)による多角的な測定・評価を計画している。

CRMの今後の取り組みとして、1) 主要な排出プロセスからの排出実態の把握(現場での計測)、2) 実際の排出プロセスを模した排出模擬実験(攪拌、破砕、磨耗など)による排出特性およびその影響因子の評価、3) 排出・暴露特性のモデル化、および排出・暴露特性の評価手法の開発、4) 工業ナノ材料のタイプや用途での類型毎の排出・暴露シナリオ文書作成、を計画している。

 

工業ナノ材料のライフサイクルと排出/暴露が予想されるプロセスの例

図2.工業ナノ材料のライフサイクルと排出/暴露が予想されるプロセスの例

 


化学物質リスク管理研究センター

独立行政法人 産業技術総合研究所