損失余命の尺度に基づくリスク計算機(RiskCaT-LLE)公開
リスク管理戦略研究チーム 蒲生 昌志



◆はじめに

損失余命の尺度に基づくリスク計算機(RiskCaT-LLE、Risk Calculation Tool for the LLE-based Risk Estimation)を公開した。RiskCaT-LLEは、化学物質への暴露による健康リスクを、余命の減少、すなわち損失余命として計算するためのソフトウェアである。

化学物質への暴露によるリスクを損失余命として計算するプロセスは、大きく分けて次の二つの部分からなる1)。一つは、体内濃度や暴露レベルの分布(=個人差、ばらつき)と用量反応関係とを組み合わせて、懸念される影響の発生確率を算出する部分である。もう一つは、影響の重篤度を損失余命として表現する部分であり生命表(年齢別の死亡率を表にしたもの)を用いて、疫学調査で報告される化学物質への暴露による死亡率上昇の情報を損失余命に換算する。影響の発生確率と、影響の重篤度(=損失余命)の積として、集団としての損失余命の期待値を得ることができる。

体内濃度や暴露レベルの分布は対数正規分布などの確率密度関数として規定され、また、用量反応関係は感受性の個人差の累積確率密度関数、あるいは、単調増加の関数として規定される。影響の発生確率はこれらの関数を組み合わせて積分することによって計算されるが、こういった計算はMS Excel等の表計算ソフトでも可能である2)ものの、高い精度で計算するには専門的な数式処理ソフトが必要である。また、損失余命の計算は統計データ等を揃える必要があり、やや込み入った表計算シートでの計算となることから、誰もが容易に行えるわけではなかった。

損失余命をリスクの物差しとするリスク計算の考え方を広め、また、多くの人に実際にリスク計算を試みてもらうために、上記の計算を容易に実行できるソフトウェアとして開発したのがRiskCaT-LLEである。今回の公開はβ版であり、試用ユーザーからのフィードバックに基づいて若干の修正を加え、正式版公開に至る予定である。

◆RiskCaT-LLEの機能

図1に、RiskCaT-LLEの画面の例を示した。画面上部には、ユーザーにより設定された既存の計算や、あらかじめRiskCaT-LLEに内蔵されているデータ類(必要に応じて追加可能)を閲覧するボタン類がある。加えて、GSD(幾何標準偏差)の合成など、計算に用いるデータを加工する際に便利な計算機能を呼び出す「電卓」ボタン、シナリオを保存するための「保存」ボタン、そして作業中のシナリオを終了させる「終了」ボタンも上部に配置した。下部では、「初期設定/リスク計算」、「暴露レベル/体内濃度」、「影響」の3種類のタブを切り替えてデータの入力や計算を行う。リスク計算の流れを図2に示した。

「初期設定/リスク計算」タブ : 上部左側で計算の基本情報を入力、上部右側には次の「暴露量」タブと「影響」タブで設定した内容がグラフとして図示される。下部では、リスク計算実行後、結果が表示されるとともに、結果表をファイルに出力し保存することができる。

「暴露レベル/体内濃度」タブ : 暴露レベルあるいは体内濃度の分布を、さまざまな形式の入力に基づいて設定することができる。データベースに分布のひな形も内蔵されており、それを用いて計算を行うこともできる。設定された分布はグラフで図示される。

「影響」タブ : 用量反応関係に関する入力と、損失余命等の影響の重篤度に関する入力を行う。データベースに内蔵されている分布のひな形やデフォルト値を用いて計算を行うこともできる。設定された用量反応関係はグラフで図示される。 

RiskCaT-LLEに内蔵される統計データ、デフォルト値、分布のひな形などは適宜改訂や追加を行う予定である。また、計算例や使いこなしのチュートリアルなども順次充実させていく。RiskCaT-LLEによって、損失余命の尺度に基づいたリスク計算への理解が深まり、リスク評価がより身近なものとなることを期待している。


図1. RiskCaT-LLEの計算画面


図2. RiskCaT-LLEにおける計算の流れ

〈参考文献〉
1) Gamo et al. (2003) "Ranking the risks of 12 major environmental pollutants that occur in Japan" Chemosphere 53, 277-284. 
2) 中西準子他編(2003)「演習 環境リスクを計算する」岩波書店


* RiskCaT-LLEは、CRMホームページ (http://www.aist-riss.jp/software/riskcat/)から操作説明書(PDFファイル)とともに無償で ダウンロードすることができます。
** 本ソフトウェアは、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの受託研究による研究成果です。


化学物質リスク管理研究センター

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