リスク解析プロフェッショナルの育成
情報・システム研究機構統計数理研究所
リスク解析戦略研究センター長
筑波大学大学院ビジネス科学研究科
国際経営プロフェッショナル専攻椿 広計
私の職業は統計家です。統計的方法の体系は、Karl Pearson(1857-1936)という科学哲学者かつ物理数学者によって「科学の文法(The Grammar of Science)」として構想されました。今や、誰もが当たり前のツールとして使っているヒストグラムや標準偏差が1891年に「科学の文法」というロンドンの公衆に向けた講義の中で初めて開発されたのです。そして、20世紀は計量科学を創生する時代となり、演繹という権威を補完する実証が、その基盤を確立させたのです。第一世代のKarl Pearsonも、その強烈な対抗者となった第2世代のR. A. Fisher(1890-1962)も「研究者のための統計的方法」の確立に大きく寄与しました。現代疫学の祖で、リスク解析の基盤生成に当たったM. Greenwood(1880-1949)も、「科学の文法」に啓発された一人です。
第二次大戦後、統計的方法の深化と細分化が進展し、「統計学のための統計的方法」という側面を有するようになったのは、歴史的必然とは申せましょう。しかし、これら純粋統計学自体を頂点とし、広く社会の問題を扱う「臨床統計家」とも呼ぶべき存在が多数いれば、これはそれなりに社会の科学化に一定の役割を果たすものと信じます。小生不遜にも1988年米国マサチューセッツ工科大学の先生方の前で日本の統計学の持つ強みや弱みに関する分析について話した際、
1)初級レベルの統計的方法を駆使できる統計家の数で日本は世界一
2)純粋統計学者も数多くいる
3)これら二層の連携を実現する専門家層が決定的に不足と申し上げました。この思いは、未だに続いています。2005年4月に統計数理研究所に「リスク解析戦略研究センター」が立ち上がり、11月にはリスクに関わる研究・教育機関などの情報・研究交流を促進するための「リスク研究ネットワーク」が発足しました。上述しましたように日本の統計実務専門家数は、リスク解析全般のニーズに応えるには絶対的に不足していることは否めません。しかし、これら新たに立ち上げたネットワーク型活動の中で必要な技術の共有化を促進し、更にプロジェクト型活動の中で統計理論にもリスク解析実務にも造詣の深い、リスク解析プロフェッショナル人材の育成に務めたいと考えています。化学物質リスク管理研究センターが推進する研究を支援する若手統計家を育ててゆくことの重要性も強く認識しています。
ぜひ、リスク解析戦略研究センターの活動にご理解・ご協力をお願い申し上げます。