2.公開評価ツールの普及活動−大学での演習を通じた試み
水圏環境評価チーム チームリーダー 東海 明宏

 

CRMで開発され、公開された暴露評価、リスク評価のツールの普及を意図し、平成17年4月から9月にかけて、毎月1回(土曜日の午後)、大阪大学に設置された環境リスク管理のための人材養成プログラムの場を活用させていただき、リスク評価の考え方、手法に関する講義と実習を行った1)。以下に、この経験を通じて、得られたことを目的、内容、成果、今後の課題にわけて紹介したい。

◆目 的

この演習は、参加者の便を考慮し、市内中心部に立地する大阪大学中之島センターにて開講され、受講者の内訳は、社会人38名、大学院生26名であった。受講者が、大学院生の場合、ある限度のもとで、大学院修了要件単位の振替が認められるが、社会人受講者に対しては、学位認定を目的としたものではない。この演習の目的は、詳細リスク評価書とはどういったものであるかを理解し、評価書を策定するためにCRMで開発した手法とリスク評価の実際を実例と実習を通じて学習することにある。

特に、手を動かすことで数字の意味を1つ1つ検証しながら進めることの重要性を伝えることにポイントをおいた。必要に応じて、CRMで開発したソフトウエアを活用していただき、各自が推定した「リスク」を「手のひらに載せたときに、その重さを感じ取れること」を目標に掲げて実施した。

◆内 容

講義・解説内容は表1に示すとおりで、毎回、評価の考え方、評価手法、評価事例の3つの内容を解説するよう努めた。演習内容は、各自の興味を基に設定していただくとともに、リスク評価の演習計画書の提出を義務付けた。演習計画書の作成に際しては、図1に示す、ソフトシステムズアプローチにしたがって、問題の明確化を図ることに重点をおいた。

計画書に対しては、コメントを付して、返却したが、このような問題の整理をすることができた受講者は、見通しのよいレポートを作成していた。社会的に貢献したいという思いを実施可能な課題に仕立て上げることの重要性を理解していただけたと思う。受講者のレポートの概要は、表2に示すとおりであり、各自評価対象に適切な手法を選び取り、評価書を作成していた。

現役の大学院生の持つ興味は、手法の検証や推定結果の正確さに関心が集中する一方で、社会人の方は、仕事に生かすという視点で、実際にどのようにやるのか、得られた結果をどのように解釈するのかに興味の重心がおかれていた。演習に必要な手法の技術的な説明においては、受講者のクラス参加は、必ずしも活発ではなかったが、提出されたレポートは、概ね、予想水準を満たすものであった。

表1 講義の内容

◆成 果

すでに刊行された詳細リスク評価書を参考にし、まとまりのよいレポートが数多く提出された半面、時間的な制約によると思われるが、じっくり、検証しながらすすめてゆくというスタイルのレポートは少なかった。提出されたレポートにおける共通の問題点は、数字の意味を確かめながら進めることと、おいた仮定の意味を確認しながら結論をまとめる部分が脆弱であることであった。

最終日に、ワークショップ形式で、受講生全員がコメントを発表する場を設けたが、ここでも、手法の正確さ(検証可能性)と有用性を巡って、「どれほど曖昧ならば、決定できないのか」といった議論が出される一方で、曖昧さを評価書作成のシステムで明確化・分節化することに、リスク管理が一役かっており、これなくして、リスクコミュニケーションは成立しないことも指摘した。

リスク評価の過程で、推論のために設けた仮定の持つ意味や、だからこそ、限定的にしか結果を使えないのではないか、という質問は、伝統的な学問分野では、検証の不十分なモデルを用いた推論に対しては、抑制的になることからすれば、自然なことである。ここでは、リスク評価は、関係者に対する助言作成であり、当面の意思決定支援に有用な情報を構築する役割がある、という検証可能性という軸以外の評価軸を示唆するだけにとどめた。

リスク評価分野の周辺で飛びかう口語的表現で、“twilight zone analysis”ということばがある。要は、夜明けまえ、あるいは夕闇が舞い込むころを「不確実」の比喩としたものである。評価手法の検証可能性が不備なところを評価書の作成システムで補うという、専門家によるレビューの制度、そして、レビューのやり取りを公開していることの意義を説明した。このように設計されたリスク評価の作成システムが、信頼性のある、社会的に定着するリスク評価書の構築の一端を担っていることを理解していただけたのではないかと思う。

また、地元関西企業の自主管理、自治体のリスク管理に関し、関係者や最前線で勤務されている方と、きわめて率直な意見交換を行うことができた。時間的な制約のため、今回の演習では深められなかったが、リスクが懸念される問題やデータがでた場合に、その「データ」を基に、誰が、どのようにリスクを評価し、「だれの責任」に帰するか、に関して、地方行政担当者は関係者に説明する責任をもつ。その生きた場におけるリスク評価、あるいは、「臨床のリスク評価」とでも呼べるものの必要性を痛感した。今後、詳細リスク評価の役割として、それに応えるということも必要となろう。


図1 計画書での要求事項

表2 レポート成果物の一例

◆今後の課題

ソフトウエアの整備によって、それを使ってみたいという人に対する要望に応える一方で、日々、我々は、遭遇する新しいリスクに対して、適時的な判断の支援という役割を担っている。ソフトウエアは、道具であって、対象がその道具で切れなければ、使う由はない。標準化の功罪ということにつながるが、ソフトウエアには、数字を出すことを通じて、現象に対する理解を深めるとともに、リスクと付き合う際の支援が求められている。

すなわち、リスク評価者の考察や専門的な判断・経験と統合されて、より現実的な「助言」として再構築されることが必要となろう。これまで、CRMが公開したツールなり、そのためのガイドは、我々の構築した技法が、どういう問題に適していて、どのように利用でき、どの程度の信頼性を持つかを知ってもらうべく作成されたものであったが、常に、今問われていることに応える「臨床のリスク評価」も必要で、それは、必ずしも定型的な解析にはのらない場合がでてくる。

リスクの様相に応じて、これまでに構築したツールを組みあわせた使い方、すなわち、知識やツールの使い方に関する知識の体系化(広い意味でのソフトウェア)が必要となろう。最後に、関係各位ならびに、受講者に対し、謝意を表したい。

1)文部科学省 科学技術振興調整費 新興分野 人材養成プログラム(2004-2008年)環境リスク管理のための人材養成


化学物質リスク管理研究センター

独立行政法人 産業業技術総合研究所