市民にとっての化学リスク管理−誰に何を伝えるか
(独)製品評価技術基盤機構
理事長御園生 誠
厖大な数の“化学物質”に比べ、リスク情報のある“化学物質”の数は極端に少ない。それでも、我々は概ね安全な生活を送っているし、公衆衛生・医療の進歩、普及により寿命も大幅に延びた。とはいうものの、予測や対応の手遅れで重大な危害が発生することがあるので油断はできない。このような状況の中で、一般市民は、どう判断し(リスク評価)、行動すればよいのだろうか(リスク管理)。一般市民といっても一色ではないが、多数の市民にとっては、行政と製造業者がきちんとリスクを管理してくれて、自らは気を遣わなくても安全なのが一番である。次善の、そしてより現実的なケースは、リスクの程度をおよそ知り、ほぼ安全な行動を選ぶことができ、その結果、一応安心していられることである。
ある鉄道会社では、鉄道事故の際、本社が事故現場と連絡を取り、統一見解を出してから、乗客に放送で知らせていた。その結果、乗客はなかなか状況が把握できず、イライラすることになる。あるとき、手違いで現場と本社のやりとりが乗客につつぬけになって放送されたところ、乗客は事態を理解してイライラしなかったそうである。このエピソードから、安心にとって大事な二つのことが読み取れる。
一つは、生の情報を公開することの重要性。もう一つは、公開情報から、自分の持っている常識をもとに類推して、リスクの程度をおよそ判断できることである。化学リスクの場合、生情報だけでリスクの程度を判断できる市民はごく少数であろう。従って、多くの市民が分かるような情報を発信することが求められるが、これは頭書に述べた事情により非常に難しい。さらに、歪曲の恐れもある。
そこで、専門家たちは、市民がすべからく化学リスクに関する基本的な考え方と知識を「常識」として持つことを要求することになる。もちろん、「常識」の普及による市民の啓発は必要だが、受ける側の多くの市民にとっては相当に面倒である。そこで、安心のため社会が必要とする機能に、化学リスクを分かりやすく説明をする良心的な“解説者”(広義のリスクコミュニケーターなど)の存在と、その人たちに対しての適切な知識の供給がある(多分、もっと重層的なネットワークが必要だろう)。
筆者の所属する(独)製品評価技術基盤機構(NITE)では、最近、“解説者”による活用を期待し、良質のリスク情報を体系化して伝えるホームページを開設した(http://www.safe.nite/management/)。お試しいただき助言をいただければ幸いである。