− 国際学会参加報告 −


リスクアナリシス学会(SRA)2004年年次総会  水圏環境評価チーム 恒見 清孝

2004年12月5〜8日、米国カリフォルニア州パームスプリングスで開催されたリスクアナリシス学会2004年年次総会(SRA 2004 Annual Meeting)に、CRMから東海明宏、蒲生昌志、恒見清孝の3名が参加した。

5日には、複数開催されたワークショップにそれぞれ参加してリスク評価の様々な手順やツールを学習し、また6〜8日の研究発表会の場では、臭素化難燃剤(デカブロモジフェニルエーテル)のリスク評価、短鎖塩素化パラフィンのリスクマネジメントについてポスター発表を行った。 

研究発表会では、ヒト健康リスク、生態リスク、高度技術リスク、暴露評価、不確実性分析、意思決定分析、リスクコミュニケーション、リスクマネジメント、科学と政策の関係性など非常に幅広い内容の約10のセッションが同時に進行され、初参加の筆者には全体像を把握するのに苦労した。そして、米国環境保護庁(U.S. EPA)をはじめとする米国の研究者らが、現在まで開発してきたリスク評価の方法論に留まらず、評価のための新たな手順やツールの開発、意思決定の方法論などを提示して、個々のリスク局面においてrisk analysisのさらなる発展をめざしていることに刺激を受けた。 

特に、単一の化学物質のリスク評価を超えて、複数の化学物質のリスク統合評価手法や、不十分なデータをもとにしたリスク評価手法の提案には強く興味を持った。例えば、毒性データベースを利用して複数の化合物を統合的に評価するためのRPF(relative potency factor)アプローチ、サンプルが小さいなどの理由で統計的有意でない複数の疫学データを統合解析して量−反応関係の明確なエビデンスを得るためのメタアナリシス、および欠落のある暴露パターンや検出下限値以下の多い暴露データでも確率的操作の繰り返しで個人暴露量評価の精度を高めるマルコフ連鎖モンテカルロ法などである。リスクが懸念される物質と情報の少ない代替物質との比較評価をする上でも、これらの手法には学ぶべき点が多いと感じた。 

現在、日本国内では、化学物質のリスクに対する未然防止的な対応から、規制のない代替物質へ転換するケースが多く、かえって資源、環境負荷や費用の面から効率性の悪いリスク対応になる懸念がある。そこで、代替物質も含めたリスク評価の科学的な知見を可能な限りリスクマネジメントに反映して意思決定を図っていくための手順やツールを開発し、提案していくことが我々の使命であろう。その際に、米国の提案する手順を模倣するのではなく、国内と海外との暴露状況や政策の相違を考慮した方法論が求められる。そこに我々の研究の独自性が発揮できるのであり、このような学会の場で提案して海外の研究者と交流し討議することは非常に意義深いものと言えよう。


新研究員紹介 −環境問題と私− 大気圏環境評価チーム主任研究員 梶原 秀夫 



私がはじめて環境問題に興味を持ったのは小学生の頃読んだ「公害と人間」という学習マンガがきっかけであった。

そこで水俣病や四日市ぜんそく、イタイイタイ病のことを知り、さらに高校2年生のとき東大の西村肇教授の「冒険する頭」という本で大学の研究者が公害に取り組み、問題を解決していくダイナミックな姿を知り大変感銘を覚えた。

大学は理系に進んだが教育学部に転じようかと迷い回り道をした後、西村先生のいる化学工学科で速度論や物質収支など化学物質の動態解析の基礎を学び、大学院ではレーザー光と分光学を用いて分子のミクロな挙動を解明する研究を行った。 

大学院修了後に社会との接点を持った研究に取り組みたいと考え、その頃中西準子先生(当時横浜国大教授)の著書「環境リスク論」で現場主義・問題解決型の研究を実践していることを知り、中西先生がリーダーをしていたCRESTのプロジェクト(環境影響と効用の比較評価に基づいた化学物質の管理原則)にポスドク研究員として参加、ベンゼンの大気中濃度測定とリスク評価、リスクベネフィット解析、モデルを用いたPRTRデータの検証などを行った。 

その後新潟大学に移り、米作地域での農薬を起源としたダイオキシンの動態解明と歴史的変遷に関する研究および学生の教育に携わった。大学の仕事と並行して内閣府の総合科学技術会議スタッフとして霞ヶ関の役人生活も経験し、「化学物質リスク総合管理技術研究イニシアティブ」担当として各方面の化学物質リスク関連研究者と交流を持つ機会に恵まれたが、異なる機関・専門の研究者が連携することの重要性と難しさを痛感した。

今後は環境中濃度や暴露状況から発生源や汚染経路を探る、つまり結果から原因への逆問題を解いていく仕事をしたいと考えている。初心を忘れず、これまでの経験も生かしながら化学物質リスク管理研究の発展に少しでも寄与していきたいと思っている。

【略歴】 
・1996年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了 (博士(工学)取得) 
・1997年 科学技術振興事業団戦略的基礎研究推進事業(CREST) PD研究員 
・2000年 新潟大学大学院自然科学研究科 助手 
・2003年 同 助教授 
・2003年-2005年 内閣府政策統括官(科学技術政策担当) 付参事官補佐(併任) 現在に至る


化学物質リスク管理研究センター

独立行政法人 産業業技術総合研究所