− 暴露係数ハンドブック −
リスク管理戦略研究チーム  蒲生 昌志


CRMは、3月31日、暴露係数ハンドブックをインターネットホームページに公開した。暴露係数とは、暴露量を推定する際に用いられる様々な係数や原単位であり、それらをまとめたものを暴露係数ハンドブックと称している。 

◆暴露係数ってどんなもの? 

暴露レベルを推定するには、化学物質の体内濃度を計測して暴露量を推定する方法もあるが、多くの場合には、大気や水といった媒体中の化学物質濃度とその媒体の摂取量とから計算する。媒体中の濃度と媒体摂取量を掛け合わせると、その媒体からの暴露量が得られ、それを様々な媒体で足し合わせることによってトータルの暴露量が得られる(式1)。

 (式1)

ここで、Eは暴露量(mg/dayなど)、iは媒体の種類、Ciは媒体i中の化学物質濃度(mg/kgなど)、Iiは媒体iの摂取量(g/dayなど)である。最も典型的な暴露係数は、Iiの部分、すなわち、大気、水、魚といった媒体の摂取量である。暴露係数ハンドブックでは、そういった媒体の摂取量に加え、暴露量評価を行なう際に使われうる様々な項目を取り上げている(表1「暴露係数:「環境媒体濃度→暴露レベル」のための原単位」の部分)。

表1 ハンドブックに含まれている項目

どの項目も、直接・間接にIiを算出するのに必要となる項目である。 この種のデータ集は、米国環境保護庁(U.S. EPA)におけるExposure Factors Handbook1)を始めとして、ヨーロッパにおいてもその整備が進んでいる2) 3)。その目的は、暴露評価を行う際になるべく妥当な値を選択すること。暴露係数の値を取得する労力を低減し効率化をはかること、共通の値を用いることで暴露評価結果の比較可能性を向上させることにある。 

とくに日本版の暴露係数ハンドブックを作成しようと考えた理由は、一つには、従来、用いられてきた様々な暴露係数、例えば、大気の吸入量として20 m3や15m3、水の摂取量として2 Lといった値は、しばしば根拠が明確でなかったことである。

もう一つは、そもそも化学物質への暴露は、有害性情報とは異なり、評価対象集団のライフスタイル等を強く反映したものであるから、日本人における暴露状況を適切に評価するためには、日本独自の値を用いる必要があるからである。例えば、日本人は欧米に比べて魚を多く食するため、欧米で一般的な魚摂取量の値は、日本人の暴露量評価には全く不適切である。 

暴露係数ハンドブックでは、上記のような暴露係数に加え、暴露の個人差の大きさの情報も整理した(表1「暴露量の個人差のデフォルト値」の部分)。暴露量評価においては、暴露量の個人差の大きさに関心がある場合が少なくないが、暴露量の個人差の検討に十分なデータがある化学物質は多くはない。そこで、暴露量の個人差の情報が得られないケースにおいて、似たような物性や暴露経路の物質における暴露量の個人差(絶対値自体ではない)の大きさをデフォルト値として援用することも有益だと考えた。 

◆暴露係数ハンドブックの作成 

暴露係数ハンドブックにとりあげている項目(表1)は、一般にどのような項目が必要だろうかという考察に加えて、CRMが開発したRisk Learningソフトウェアに含まれている係数や原単位、詳細リスク評価書の暴露量評価で言及された項目をもとにして決定した。 

資料の検索や収集は、インターネットでの検索、各種の論文検索によった。当然のことながら、日本における値が調査されている資料についてのみを収集した。 

暴露係数の決定の仕方としては、データの加工は極力避け、まず、得られた資料の中で最も信頼性が高いと思われるものを選び、その資料から得られる値を「代表値」として選定するアプローチをとった。採用しなかったもう一つのアプローチは、関連するデータを全て考慮した上で、何らかの集計や計算を行うことで値を算定する方法である。 

ここで資料の信頼性についての判断基準は、主としてサンプル数および調査の方法である。全国調査に基づいている、無作為抽出や集団代表性を担保する抽出方法を採用している、サンプル数が数千以上ある、最近のデータであるといった基準(これらを「一般的な判断基準」と称している)を満たすものは信頼性が高い資料であると判断した。

◆暴露係数ハンドブックの構成

暴露係数ハンドブックは、インターネット上で公開されていて、CRMのホームページからアクセスすることができる。「Top」ページでは、暴露係数ハンドブックの主旨や成り立ちを紹介している。「暴露係数」ページには、代表値の一覧が示されており、各項目の名称をクリックすることで、具体的な内容を示すドキュメント(次頁の内容)を得ることができる。

<代表値>
当該項目について、暴露量評価で用いることが推奨される値を示した。

<代表値のもととなる資料>
上記代表値を得た資料について、調査の背景や概要を示した。当該項目に直接関連するデータを中心に、多少周辺的なデータも紹介している。

<追加的情報>
代表値の基礎となる資料としては採用されなかったものの、それに準じるデータを供する資料を2、3紹介した。各資料について、調査の背景や概要が記述される。

<数値の代表性>
代表値として示された数値については、その信頼性を「高」「中」「低」の3段階で示した。概ね次のようなルールに従っている。

高:一般的な判断基準(全国調査、無作為抽出や集団代表性を担保する抽出方法、サンプル数が数千以上、最近のデータ)を満たしている。

中:次のようなケース。1)一般的な判断基準のうち、1つか2つの項目が合致していない。2)資料自体  は一般的な判断基準に合致しているが、追加情報と  の間に著しい値の不一致がみられる。3)一般的な判断基準に照らせば不十分であるが、複数の追加情報との間である程度の整合性がみられる。

低:一般的な判断基準に合致しておらず、複数の追加情報との整合もとくにみられない。その上で、代表値のもととなる資料、追加的情報のそれぞれについて、サンプル数やサンプルが選ばれた範囲、選ばれ方といった情報の概要を示した。また、当該項目について入手できた資料の数を示した。

<参考文献>
このドキュメントで言及されている全ての資料について、引用文献の書誌情報を示した。

<米国EPAのExposure Factors Handbookの推奨値>
当該項目について、米国EPAのExposure Factors Handbookの推奨値が存在する場合、その値および背景の概略を示した。図1は、例として住宅面積のドキュメントである。多くの項目について、ドキュメントはA4で2から3枚程度の分量でまとめられている。「リンク」には、米国EPAのExposure Factors Handbookのホームページ1)や、欧州のExpoFactsのホームページ2)へのリンクが貼ってある。

◆暴露係数ハンドブックへの期待 

この暴露係数ハンドブックに触発されて、従来の暴露レベル≒媒体中濃度という近似的な暴露の捉え方ではなく、なるべく現実的な暴露シナリオに基づいた暴露量評価が普及することを願っている。

暴露シナリオとは、人がどのように化学物質に曝されるかの状況を記述したものである。現実的な暴露シナリオの整備と利用が進めば、暴露量評価の質の向上が期待される。 

暴露シナリオに関心が高まることで、今回公開した暴露係数の項目以外にもたくさんの項目についてデータが必要だということに皆が気付くだろう。今回、我々は、かなり想像力を豊かにして暴露係数の項目を挙げ、それらについて、かなり精力的に文献調査を行なったつもりである。

我々自身、今後も項目や情報の追加を行なっていくが、多くのユーザからのフィードバックを得ることができれば、暴露係数ハンドブックはより良く発展することができる。ホームページの「連絡先」には、著者のE-メールアドレスなどの連絡先が記されており、暴露係数ハンドブックの内容についてのコメントと共に、項目追加の要望や新規情報を受け付けている。

また、暴露係数ハンドブックを通じて、ニーズはあるがデータの無いような項目が明らかとなれば、行政や研究機関への動機付けとなり、暴露係数に関連するデータの収集が促進されることも期待している。

図1 住宅面積ドキュメントの例

1)米国における暴露係数: Exposure Factors Handbook, 1997. U.S. Environmental Protection Agency.   
http://cfpub.epa.gov/ncea/cfm/recordisplay.cfm?deid=124642

2)欧州における暴露係数: The European Exposure Factors (ExpoFacts) Sourcebook. 
http://www.ktl.fi/expofacts/

3)欧州連合(EU)における暴露評価情報システム: EIS-ChemRisks, European Commision. 
http://www.jrc.cec.eu.int/eis-chemrisks/index.cfm

*暴露係数ハンドブックは、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によるプログラム「化学物質のリスク評価及びリスク評価手法の開発」の成果である。


化学物質リスク管理研究センター

独立行政法人 産業業技術総合研究所