━ 安全・安心とリスク評価・コミュニケーション ━

徳島大学総合科学部

関澤 純


小生は20年以上にわたり科学的な化学物質のリスク評価を国際的に推進するIPCS (International Programme on Chemical Safety)の活動に関わり、多くのリスク評価文書を起草しWHOから出版されるとともに、関連の国際共同研究を進めてきた。ここ10年は環境、食品安全をめぐるリスクコミュニケーションをテーマに研究を進め、併行してさまざまな実践的な場に関わっている。残念ながらわが国ではこの両方について理論と応用の経験の蓄積が少ない。リスク評価についていえば、安全性評価は行政の専門家委員会などで行ってきたものの、その枠組みを確立するための努力は遅れていた。 

特に外部から批判を仰ぎ、透明性と利害からの独立を明確にしたリスク評価の体制は、国内ではまだほとんどできていない。このこととも関連してリスク評価とリスク管理の関係の理解についてもかなり混乱が見られている。リスク評価はさまざまな知見を総合し、科学的かつ批判的に検討する原則と手法である。ところが、ここにコストを含む社会の利害や技術的な可能性、はては市民による理解のレベルの問題までを直接持ち込んで議論する場合も見受けられる。 

確かに、リスク評価とリスク管理は密接にリンクしていなければならないし、それを支える基盤としてリスクコミュニケーションはきわめて重要な関係にある。この関係についてもっともわかりやすく書かれた最新のドキュメントは食品安全のリスクアナリシスに関しFAOとWHOが1995年に提案したもので、筆者は「健康・栄養食品アドバイザリースタッフテキストブック」(国立健康・栄養研究所監修、2003年)の中で解説した。食品安全の問題は、安全科学と安心の実践について多くの人にとり重要、かつもっともわかりやすいテーマのひとつであろう。 

わが国が21世紀に本来の意味で民主社会といえるようになり、科学的なものの見方が社会の意思決定の基盤に据えられるようになるには、リスクとそしてコミュニケーションの考え方が広く理解され、人々が自分の頭で考え、それをきちんと整理して他人に説明し理解してもらえる能力を磨くとともに、他人の意見を良く聞いて理解する能力を養っていかねばならない。 

行政や専門家が提供する「科学的判断」と関係者の「価値判断」は異なる判断基準によるが、補いあって社会における意思決定を構成する要素でありどちらも軽視することはできない。リスクコミュニケーションと情報公開がどう違い、どのような関係にあるのか、インフォメーションからコミュニケーションへの3段階の発展については、筆者が監修した「リスクコミュニケーションの最新動向を探る」(関澤監修、2003年)に記したので興味ある方は参照されたい。科学と社会の新たな関係の中で、安全と安心の問題を的確に位置づけられるように今後も多くの方と協力してゆきたいと考えている。


化学物質リスク管理研究センター

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