研究内容 Research
電力標準
カロリーメータ
高周波電力はカロリーメータを国家標準器としています。カロリーメータとは、入射した高周波を負荷で吸収することで熱に変換し、それと等価の熱を発生する直流電力を参照して高周波電力を測定する装置です。下にその概略図と写真を示しました。カロリーメータの内部では、伝送線路の終端に取り付けられた負荷の温度上昇をペルチェ素子で検出し、入射した高周波による温度上昇と、直流のヒーターによる温度上昇を比較しています。
NMIJのカロリーメータには以下の特徴があります。
・物理的に同一の構造をしたカロリーメータを双子型に配置し、一方を温度参照用として運用することで環境温度の一様な変化をキャンセルすることができる。
・測定端子以降の負荷、ヒーター、温度基準ブロックなどを取り外し、被校正器と交換し、比較校正を行うことができる。
・断熱線路とジャケットによって外界との温度のやりとりを防ぐことができる。
カロリーメータの概略図
7mm同軸カロリーメータの写真
参考文献
1. T. Inoue: "Broadband RF Power Standard for 7mm Coaxial Waveguide in Frequency Range of 10MHz - 18GHz -Design and Fabrication-"
電子技術総合研究所彙報 第64巻 第1号 3-10
2. T. Inoue, et al: "Broadband RF Power Standard for 7mm Coaxial Waveguide in the Frequency Range of 10MHz - 18GHz -Evaluation of Uncertainty-"
電子技術総合研究所彙報 第64巻 第1号 11-17
3. 島岡一博:“高周波電力標準に関する調査研究”
産総研計量標準報告 第2巻 第1号 159-174
4. 木下基:“高周波電力標準に関する調査研究”
産総研計量標準報告 第4巻 第3号 189-200
減衰量標準
高周波減衰量
高周波、マイクロ波等の電磁波は情報通信システム、レーダをはじめ、医療技術や加熱機構等の幅広い分野で使われている。低い周波数領域の電磁波回路では電圧、電流等が基本量として使われている。しかし、高い周波数領域では、電磁波の波長は測定対象物の寸法に同程度か、それより短いので波動伝搬的な取り扱いが必要となる。伝搬に伴い生じる高周波減衰量は電磁波回路を表す基本量の1つとして重要である。
高周波減衰量は、測定対象物(DUT)の入出力信号の電力の比により定義する。図1のように反射波のない理想的状態の回路を用いて、負荷(LOAD)に吸収される電力を測定してDUTの有無により減衰量を評価する。数値表現の簡便さで、通常dB(デシベル)で表され、例えば電力の比が100分の1、 100万分の1の場合それぞれ20 dB と60 dBになる。
図1 高周波減衰量の定義
高周波減衰量標準の開発・確立
計量標準総合センター(NMIJ)は、国を代表した計測標準研究所(NMI)として10 MHz ~110 GHzの高周波減衰量標準の整備、供給を行い、国際標準に整合させるための国際比較に参加している。当研究室では、下記のとおり高周波減衰量の一次標準器を決定し、独自に高周波減衰量標準の開発を行っている。
一次標準器:1 kHzで動作する誘導分圧器(IVD)を採用している。IVDは、低周波標準へのトレーサビリティがあり、高精度測定に適し温度の依存性が少なく安定しているため採用した。
測定システム:下記のとおり2種類の減衰量測定装置を使用している。
周波数範囲40 GHz以下では、IVDを標準器とする中間周波置換法(図2a)を開発した[1][2][3][4]。DUTを通った高周波信号をヘテロダイン検波により1 kHzの信号に置き換え、高周波減衰量を1 kHzのIVDの電圧比に置換測定する。この測定システムは、デュアルチャンネルで構成され、一種のブリッジ回路になり高精度な測定システムが実現できる。要点はチャンネル間の高いアイソレーションであり、本システムの開発において10 MHz~1 GHzの部分的周波数ではあるが、EO/OE変換器-光ファイバによる高性能のアイソレーション回路を実現した[2][5][6][7]。さらに40 GHzまでの拡張を目標に研究を行っている。
40 GHz以上の周波数領域では、従来、ピストン減衰器(WBCO)を標準器として測定するスイッチング型中間周波置換法の検討を進めてきた[8]。このシステムでは中間周波数を30 MHzと高く設定できるため、要求される高周波信号のスペクトル純度条件が低く、ミリ波帯域の減衰量測定システムとして有効であるが、一次標準として精度を維持するためにはピストン減衰器の減衰定数の決定精度や機械的な耐久性に問題があった。そのため、位相同期回路(PLL)を用いたダブルヘテロダイン方式によるIF安定化手法によってIVDを標準器として利用する高精度な減衰量測定法を提案し、現在50 GHz~75 GHzにおける減衰量測定システム(図2b)を開発中である。当面は110 GHzまでの周波数範囲を目標に開発を行う予定であるが、将来的にはTHz帯等のさらに高い周波数への拡張を目標に研究を行っている。
(a) IVDを用いたデュアルチャンネル中間周波置換法 (10 MHz~40 GHz)
(b) IVDを用いた安定化中間周波置換法(40 GHz 以上)
図2 高周波減衰量測定システム
高周波減衰量標準のトレーサビリティ体系
現在実施している高周波減衰量のトレーサビリティ体系を図3に、測定装置の写真を図4に示す。産業界のニーズを踏まえながら、さらに範囲拡張の開発を進めている。
図3 高周波減衰量のトレーサビリティ体系
図4 高周波減衰量測定システムの外観
国際比較
2003年6月には、高周波減衰量の国際比較(CCEM-RF-K19.CL)に参加した。この国際比較では、今後幹事国のNMIの集計により参加国の同等性が公表され、国際度量衡局の校正能力リストに加えられることになる。
将来の課題
各周波数帯に対応した高周波減衰量、位相量標準の確立、トレーサビリティ技術向上のための仲介器の開発、校正に必要な技術のハード・ソフトの開発を行う。
発表論文
[1] T.Kawakami, A.Nagatuka, M.Maeda, S.Igarashi, “RF Attenuation Measurement System with 1-kHz Voltage Ratio Standard,” IEEE Trans. Instrum. Meas., VOL.42, No.6, pp.1014-101, Dec. 1993.
[2] A.Widarta, T.Kawakami, “Attenuation Measurement System in the Frequency Range of 10 to 100 MHz,” IEEE Trans. Instrum. Meas., VOL.52, No.2, pp302-305, Apr. 2003.
[3] A.Widarta, T.Kawakami, K.Suzuki, “Dual Channel IF Substitution Measurement System for Microwave Attenuation Standard,” IEICE Trans. Electron., VOL.E86-C, No.8, Aug. 2003.
[4] A.Widarta, D. Sugawara, T.Kawakami, K.Komiyama, “Japan National Standard of Attenuation in the Frequency Rangeof 10 MHz to 18 GHz,” in Proc. 2004 Conference on Precision Electromagnetic Measurements,London, UK,pp.103-104,2004/06
[5] A. Widarta and T. Kawakami, “Optical fiber isolation in RF dual channel measurement system,” Electronics Letters, vol.38, pp.957-958, Aug. 2002.
[6] A. Widarta and T. Kawakami, “Optical fiber link for perfect isolation in microwave dual channel measurement system,” in Proc. 2003. Asia-Pacific Microwave Conf., Seoul, Korea, Nov. 2003.Vol.01, pp584-585
[7] A. Widarta, H. Iida, T. Kawakami and K. Komiyama., “Perfect isolation in microwave dual channel measurement system using an optical fiber assembly,” in Proc. 35 th European Microwave Conf., Paris, France, Oct. 2005, pp.1177-1178.
[8] 飯田仁志,ウィダルタ アントン,川上友暉,小見山耕司, “50 – 75 GHz 帯における高周波減衰量標準の開発-並列型中間周波置換法の検討-” 2005年電子情報通信学会エレクトロニクスソサイエティ大会講演論文集,C-2-115,p.136
[9] T.Kawakami, A.Widarta , K.Komiyama, “A Consideration of Linearity in Heterodyne Detection,” in Proc. 2004 Conference on Precision Electromagnetic Measurements,London, UK,pp.626-627,2004/06
雑音標準
図1 ラジオメータを用いた直接比較法による雑音温度の測定原理
概要
雑音は、電子デバイスや通信システムの性能を評価し、高性能なシステムを設計する上で極めて重要な検討事項である。通信機器や電子機器の技術開発が盛んに進められる現在、システムの高度化のために雑音の精密計測に関する需要が高まっている。一般に雑音測定では発生雑音電力が既知である標準雑音源を用いる。この標準雑音源の基準となる雑音電力が高周波雑音標準である。
測定の対象となる雑音電力は一般に非常に微弱であり(10-23 W/Hz程度)、その大きさの絶対値を直接、正確に求めることは現在の測定技術では困難である。そこで、大きさの分かっている雑音電力と直接比較測定することにより被測定雑音源(DUT: Device Under Test)の雑音電力を求める。雑音の発生源として、現在、最も正確にその電力の大きさを定めることができるのは熱雑音源である。熱雑音源の場合、その雑音電力の大きさは、抵抗体の温度と周波数からプランクの放射則を用いて原理的に正確に求めることができる。高周波雑音の測定対象となる雑音電力および周波数帯では、熱雑音電力は抵抗体の物理温度にほぼ比例する。そのため、測定される任意の雑音は、これと等価な電力を発生する熱雑音源の物理温度として表すことができる。従って、雑音電力は雑音温度として比較測定される。また、雑音の大きさの表し方として、290 Kを基準温度とし基準温度の何倍かをデシベル表記した過剰雑音温度比(ENR: Excess Noise Ratio)も用いられる。
校正原理
雑音温度の比較測定は、既知の雑音温度を有する二つの標準雑音源と高感度な高周波受信機であるラジオメータを用いる。ラジオメータを用いた比較測定の原理を図1に示す。まず、二つの標準雑音源T1、T2をラジオメータの入力ポートに接続して、それぞれの雑音温度に比例した測定量N1、N2を求める。次に、被測定雑音源Txを接続しその時の測定量Nxを求める。ここで、ラジオメータの測定量が入力雑音温度と比例することを利用すると、結局、被測定雑音源の雑音温度Txは図1の挿入式のように求めることができる。
図2 雑音温度測定システムの概観およびブロック図
校正システム
図2に産総研において開発した高周波雑音測定システムの概観およびブロック図を示す。比較測定用のラジオメータとしては、ゼロバランス方式によるトータルパワー型ラジオメータを開発した。本ラジオメータは、高周波雑音を入力し中間周波数に変換するためのRF部、中間周波数信号を増幅・検波するIF部、測定周波数設定のための局部発振器(SG)、および精密可変減衰器(IF ATT)等から構成される。ゼロバランス方式では、入力雑音温度に応じて、検波信号がリファレンス電圧と等しくなるように精密可変減衰器の減衰量を調整する。これにより、入力雑音温度は減衰量比として求めることができる。またゼロバランス方式を用いることにより、検波信号は常に一定レベルとなり、広いダイナミックレンジに亘る直線性が実現されている。また、広帯域測定システムとして、雑音指数アナライザシステムを保有している。
標準雑音源としては、雑音温度の異なる二つの標準雑音源のうち、一つは室温において温度安定化を施した室温雑音源を用い、もう一方は室温より低い低温標準雑音源および室温より高い高温標準雑音源(ノイズダイオード)を用いている。産総研では、独自技術による低温標準雑音源を開発中であり、さらに、外国標準研究所で校正されトレーサビリティを確保した低温標準雑音源、および高温標準雑音源(ノイズダイオード)を保有している。
-ラジオメータシステム
-雑音指数アナライザシステム
-ノイズダイオード
-低温標準雑音源
-室温標準雑音源
時間標準
時間標準
時間の単位である「秒」は、「セシウム133の原子の基底状態の二つの超微細構造準位の間の遷移に対応する放射の周期の9 192 631 770倍の継続時間」と定義されています。
高周波標準研究グループでは、「秒」を上記の定義に基づいて実現するためのセシウム一次周波数標準器(原子時計)の開発とその高精度化、また、セシウム蒸気セルを使った超小型原子時計(Chip Scale Atomic Clock(CSAC))などに関する研究を行っています。
また、これらの開発のための要素技術として、
(1)光による原子の操作、
(2)広帯域周波数可変狭スペクトル線幅レーザー、
(3)極低位相雑音マイクロ波発振器、
(4)各種発振器(マイクロ波発振器、レーザー)の周波数安定化とその周波数安定度の評価、
(5)各種発振器の位相雑音評価、
などの研究を行っています。
テラヘルツ波
テラヘルツ帯パワーセンサの高精度評価技術
テラヘルツ帯電磁波の電力を正しく測ることは産業利用上最も重要です。しかし、極めて微弱なテラヘルツ波電力を室温で高感度に検出することが困難な上、基準となる電力標準が未開発のためテラヘルツ波電力の評価技術の確立が課題となっていました。当研究グループでは室温で動作可能な高感度テラヘルツ電力センサとして、等温制御型カロリメータの研究開発を進めています。本カロリメータでは入射するテラヘルツ波の電力を、吸収体と一体化した熱-直流電力変換素子によって直流の電力に置換して測定することで、SIトレーサブルで高精度なテラヘルツ波電力測定が可能となります。この技術によって、サブマイクロワットレベルでのテラヘルツ帯パワーセンサの定量的評価が実現できます。
ラビ周波数
ラビ周波数を利用した電磁波強度測定
電磁波(高周波領域)の強さを示す電力の標準はカロリーメータによって実現されていますが、当グループでは量子力学に基づく新しい方式の開発を目指しています。その原理は以下の通りです。原子に共鳴する電磁波を照射すると、ある原子の内部状態が、別の状態に遷移します。この電磁波を照射し続けると、この2つの状態の間を繰り返し遷移し続ける「ラビ振動」を起こします。この繰り返しの周波数は「ラビ周波数」と呼ばれ、照射した電磁波の強度に比例することが知られています。つまり、ラビ周波数を測定することで原子に照射した電磁波の強度が正確に測れることになります。この方式はカロリーメータによる熱方式より安定かつ精密であると期待されています。