研究 Research
金属-炭素合金を用いた超高温の標準技術
温度計の高精度な校正には温度定点が用いられています.しかし,1990年国際温度目盛(ITS-90)の定義定点の最高温度は銅の凝固点の1084.62 ℃に留まります.そのため,それよりも高い温度定点を実現するための試みが世界中で行われてきました.しかし,グラファイト製のるつぼに純金属を入れて融点・凝固点を実現すると,るつぼのグラファイトが純金属中に溶け出してしまいます.金属を汚染するため,再現性の良い温度定点が実現できませんでした.
そのため本グループでは,純金属の代わりに金属と炭素の共晶合金を用いて温度定点を実現する方法を開発しました.鉄-炭素共晶点(1153 ℃)からレニウム-炭素共晶点(2474 ℃)まで9種類の定点を実現しました.2008年には,鉄-炭素共晶点,コバルト-炭素共晶点(1324 ℃),パラジウム-炭素共晶点(1492 ℃),白金-炭素共晶点(1738 ℃),レニウム-炭素共晶点の5点で温度校正サービスを開始しました.
さらなる高温域でのニーズに応えるため,金属炭化物と炭素の包晶合金を用いた温度定点を開発しました.その中で,もっとも融点が高い炭化タングステン-炭素包晶点(2748 ℃)の標準供給を2011年に開始しました.安定性に優れたこれらの温度定点を利用することで,高温域における放射温度計の校正や長期的な安定性の評価が可能です.
光周波数コムを用いた気体の温度計測技術
光周波数コム(光コム)という超短光パルスレーザーを2台用いたデュアルコム分光法を利用して,気体の温度を非接触で高速かつ高精度に測定する技術(回転状態分布温度測定 Rotational-state distribution thermometry: RDT)を開発しました.この技術は,他の温度計で校正する必要がないキャリブレーションフリーの温度計で,これにより測定した温度値は,白金抵抗温度計で測定した温度値と0.1 ℃のオーダーで再現良く一致しています.
原子や分子はその種類に固有の周波数の光を吸収する性質があります.その性質を利用して原子や分子の情報を得る手法を分光法といいます.気体分子固有の光の吸収量は温度と相関があることが知られています.そのため,気体分子が吸収した光の周波数や吸収量を詳しく測定すると,分子種の特定や,温度測定ができます.この分光測定に光周波数コムを利用することにより,広いスペクトル帯域で高分解能かつ高速な測定が可能です.
気体分子の運動形態には自由に空間を飛び回る分子全体の並進運動の他に,分子自体の振動運動および回転運動があります.分子の振動・回転エネルギーはエネルギー準位を持ちます.分子はこれらの準位間のエネルギー差に対応した周波数の光を吸収したり放出したりします.その準位間の遷移により現れる分子の吸収スペクトル線の各吸収強度は,対応する遷移の下準位の分子数の分布に比例します.その分子数はボルツマン分布に従うため,吸収線群の全体の形に温度の情報が含まれるのです.デュアルコム分光法により,分子の振動回転遷移に対応した吸収線群(グラフ黒点)を観測できます.その吸収線群の強度の形(エンベロープ)に着目し,ボルツマン分布に従うモデル関数でフィッティングすることで(グラフの青実線),温度を求めることができます.
この新しい技術は迅速な測定を得意とします.燃焼などの過渡的な温度の高速測定や,非平衡混合ガスの過渡的な状態での各種分子の温度の同時測定など,これまで見ることのできなかった新しい物理現象の解明にも寄与できる技術になると期待されます.
∗ 本技術は光周波数計測研究グループとの共同研究です.
発表論文
プレスリリース
解説記事|RFワールド No. 45(CQ出版社)
ホログラフィを用いた立体温度計測技術
工事中.
発表論文
解説記事|光学 第49巻 第6号