研究 Research
高出力レーザのパワー計測・制御技術
ビームプロファイル計測技術
産業界では、3Dプリンタや溶接等の加工ツールとして高出力レーザの利用が進んでいます。こうしたレーザ応用技術の高度化への貢献を目的とし、レーザ光のパワーやビームプロファイルを計測するための標準、ならびにその関連技術の研究開発を行っています。
レーザ加工において、品質や歩留まりを確保するにはパワーの精度が重要ですが、従来のレーザパワー制御装置は光の偏光を利用したものが主流で、高出力で偏光がランダムであることが一般的な加工用レーザへの適用が困難でした。そこで、近接場光を利用した新たなレーザ光強度変調素子を開発し、偏光に依存せず高パワーにも適用可能なレーザパワー制御システムを実現しました。
[1] 産総研プレスリリース 「加工用レーザのパワー制御システムを開発」
[2] 沼田 孝之, 溶接技術 65, 57-60 (2017).
LED・OLED等のための測光・放射標準の開発、および高精度計測技術開発に関する研究 (光放射標準研究Grとの連携)
LEDやOLED等の固体素子を利用した発光デバイスは、現在、照明やディスプレイ等に広く利用されています。これらの光源・照明等の研究開発・利用においては、光度、全光束、輝度などの測光量や、放射束、放射照度などの放射量、光の広がりを表す配光、色度といった特性を正確に評価することが必要であり、そのための高精度な測定技術や測光・放射標準の確立が求められています。
このため、産総研では、LED素子やLED照明の高精度計測技術や計量標準の確立に取り組んできました。近年では、分光測定に基づいた光源の特性評価に適した新しい標準として、分光配光測定装置や分光式球形光束計による光源評価技術により、分光全放射束標準の確立に成功し、jcss校正による標準供給を行っています。また、LEDの短波長化に伴う紫外LEDの放射照度・放射束の高精度計測に関する研究や、LEDの輝度測定に関する研究、LEDを利用した標準光源に基づく測光・放射体系の確立のための高精度分光測定技術の開発等にも取り組んでいます。
[1] Y. Nakazawa, K. Godo, K. Niwa, T. Zama, Y. Yamaji and S. Matsuoka "Establishment of 2π total spectral radiant flux scale with a broadband LED-based transfer standard source" Metrologia, 57, 6, 065024 (2020).
LEDを利用した新しい仲介用標準器の開発 (光放射標準研究Grとの連携)
計量標準の供給は、仲介用標準器と呼ばれる、再現性が非常に高く経年変化が少ない安定した器物に校正値を付与することで行われます。測光・放射標準の体系においては、長年、白熱電球等を用いた標準電球が仲介用標準として利用されてきました。しかし、近年の白熱電球の入手の困難化や、白熱電球とLEDやOLED等の新規光源との光学的特性の差異などから、既存の標準電球に代わる新しい標準光源の開発が世界的な課題となっています。
産総研では、LEDのための測光・放射標準を産業界に供給するため、日亜化学工業(株)との共同研究により、2007年に、LEDを光源としたLED素子の光度および全光束の基準となる新しい仲介用標準器(標準LED)の開発に成功しました(AIST Today 2013/07)。近年では、輝度計測用の標準LED、紫外LED用の標準LEDのほか、可視域全域の分光測定における参照標準に適した標準LEDや、光度標準電球のスペクトルであるCIE標準イルミナントAを再現するイルミナントA標準LEDの開発にも成功しました。電球ベースであった測光・放射量の仲介用標準器をLEDに置き換えることが本研究の最終目的になります。
[1] 産総研プレスリリース「LEDを用いた全方向に光を放射する新たな標準光源を開発 - 100年の歴史を持つ標準電球への挑戦 -」
[2] 産総研プレスリリース「可視光全域の波長をカバーする、世界で初めての標準LEDを開発」
[3] Y. Nakazawa, K. Godo, K. Niwa, T. Zama, Y. Yamaji, S Matsuoka "Development of LED-based standard source for total luminous flux calibration" Lighting Research & Technology, 51, 6, 870-882 (2019).
[4] K. Godo, K. Kinoshita, Y. Nakazawa, K. Ishida, A. Fujiki, M. Nikai, Y. Niimi, H. Teranishi and T. Nishioka, "LED-based standard source providing CIE standard illuminant A for replacing incandescent standard lamps" Measurement, 239, 115479 (2025).
シリコンフォトダイオードの応答非直線性とその波長依存性に関する研究
光減衰器などの光デバイスの性能評価(減衰や反射率など)には光パワー測定だけではなく、広いパワー範囲測定できるシリコンフォトダイオード(Si PD)の様な光センサーの応答非直線性を高精度に評価する必要があります。
応答非直線は、光を二つのパスに分け等しいパワーになるように調整し、光センサーに二つの光を同時に入射させて測定した場合と 個々に測定した場合の出力和の比を測定します。そして、任意のパワー範囲に対して、この比を測定することで取得できます。
取得したSi PDの応答非直線性は、可視光から近赤外波長帯で数%~十数%まで変化しており、強い波長依存性を示すことが分かっています。この様な非直線性の発生原因をモデル化した理論との比較検討も進め、波長依存性の理論的な予測や、光センサーの性能向上にむけた技術開発を行っています。
[1] 2020年度 NMIJ成果発表会「測光用光センサの応答非直線性の評価」
[2] 田辺稔, 木下健一「測光用光センサのオーバーフィル照射における応答非直線性の評価法の確立」照明学会誌, 103-6, pp.208-211
[3] 田辺稔, 木下健一「シリコンフォトダイオードの応答非直線性の波長依存性」照明学会誌,101-6,pp.234-238
[4] M. Tanabe, K. Kinoshita "Supralinear behavior and its wavelength dependence of silicon photodiodes with over-filled illumination in visible range" Applied Optics Vol. 57, Issue 13, pp. 3575-3580 (2018)
[5] M. Tanabe, T. Zama, H. Shitomi "Experimental validation of nonlinearity suppression for an inverse-layer-type silicon photodiode and its prediction based on theoretical modeling" Applied Optics Vol. 56, Issue 21, pp. 5804-5810 (2017)
[6] M. Tanabe, K. Amemiya, T. Numata, D. Fukuda "Spectral supralinearity of silicon photodiodes in visible light due to surface recombination" Applied Optics, Vol. 55, pp. 3084-3089 (2016)
[7] M. Tanabe, K. Amemiya, T. Numata, D. Fukuda "Spectral supralinearity prediction of silicon photodiodes in the near-infrared range" Applied Optics, Vol. 54, 10705-10710 (2015)
[8] 田辺 稔 "光センサーの応答非直線性の高精度計測-光デバイスの信頼性を支える計測技術-" 産総研TODAY VOL.14-10 2014
[9] 田辺 稔 "光パワーメータの応答直線性校正の波長広帯域化に関する調査研究" 産総研計量標準報告 Vol. 8 No. 3 p.349-365 (2011)
レーザーディスプレイ・照明における放射輝度・放射照度の評価法の開発
レーザー光は、LED に比べて波長幅が狭く、その3原色を組み合わせることで広い色域を実現できます。このため、レーザーディスプレイやレーザー照明などへの活用が期待されています。この分野では、単位面積や単位立体角あたりの放射量(放射照度や放射輝度)の評価や、レーザー光の強度の測定が必要です。従来の方法では、レーザー光に最適化された放射量の評価や、人の目が感じる程度の広い光強度範囲での評価を実現できませんでした。そこで、光放射に関する国家標準を用いて、これらを評価できる新たな評価技術を開発しました。
[1] 2020年度 NMIJ成果発表会「レーザーディスプレイ・照明における放射輝度・放射照度の評価法の開発」
[2] M. Tanabe, K. Kinoshita "Absolute irradiance responsivity calibration using diode lasers emitting at three wavelengths for tricolor laser applications" Optik Vol. 202 1636532 (2020)
[3] 田辺稔, 木下健一「単一波長光源を用いた放射照度応答度評価システムの開発」光学, Vol.46, pp.201-209 (2017)
全ての光を吸収する究極の暗黒シート
― 高い光吸収率と耐久性を併せ持つ黒色素材 ―
表面を黒色化した材料は、装飾や映像分野などの幅広い用途があり、特に乱反射防止用には、100 %に近い光吸収率の材料が求められています。しかし、99 %以上の光を吸収する従来の材料は耐久性に乏しく、一般環境での利用が困難でした。私たちは、シリコーンゴムなどの表面に、あらゆる光をとらえて逃がさない光閉じ込め構造を形成することで、柔軟で耐久性にも優れた究極の暗黒シートを製造する技術の開発に成功しました。ポイントとなる光閉じ込め構造は、サイクロトロン加速器からのイオンビームの照射と化学エッチングにより、ポリマー表面に微細な円錐状の空洞構造を多数形成することで実現しました。これを原盤としてシリコーンゴムに転写作製した暗黒シートは、紫外線~可視光~赤外線の全域で99.5 %以上の光を吸収し、特に熱赤外線に対しては99.9 %以上という世界最高レベルの光吸収率を達成しました。これまでにない美しい黒が映える新素材としての活用や、映像のコントラスト向上のほか、サーモグラフィーなどでの熱赤外線の乱反射防止といった応用も期待されます。
[1] K. Amemiya et al., Journal of Materials Chemistry C 7, 5418-5425 (2019).
[2] プレスリリース「全ての光を吸収する究極の暗黒シート」
[3] Youtube 1分解説 全ての光を吸収する究極の暗黒シート【産総研公式】
[4] さがせ、おもしろ研究!ブルーバックス探検隊が行く 世界中の“暗黒”の裏側には「計量標準」の人間がいる!
[5] 産総研研究ハイライト 全ての光を吸収する究極の暗黒シート
非接触発熱者検知の信頼性向上に貢献する平面黒体装置の開発
― 暗黒シート技術の応用 ―
新規感染症の蔓延防止策の一つとして、赤外線計測に基づく表面温度分布計測装置(熱画像装置)による非接触発熱者検知が実施されています。現場における熱画像装置の測定誤差は、温度基準となる平面黒体装置を被験者と同時撮像することにより補正し、精確な計測を実現することができます。
平面黒体装置の温度基準面として、高放射率であることは重要な性能ですが、従来の高放射率材料は機械的堅牢性に課題がありました。そこで、高放射率と高耐久性を共に実現できる当グループの暗黒シート技術を温度基準面に応用し、高精度な平面黒体装置の開発を進めています。最近の研究では、温度基準面の高放射率と温度制御性・均一性を両立させることに成功しました[1]。
[1] Y. Shimizu et al., Optics Letters 46, 4871-4874 (2021).
[2] Y. Shimizu et al., Optics Express 28, 22606 (2020).
バイメタルMEMS方式新規熱型センサの開発
熱量センサは、熱型光センサのほか、幅広い用途がありますが、近年は より微弱なパワーを検出する必要性から、ますます高感度なものが求められています。しかし、従来の薄膜サーモパイル方式などでは高感度と大面積の両立が困難で、十分な信号対雑音比を得にくいという課題がありました。
そこで今回、新たにバイメタルMEMS方式の熱量センサを開発しました。本センサは、従来よりも高感度な熱量計測を可能にするもので、熱型の光・赤外線センサのほかにも、バイオ・化学分野における微小反応熱検出用熱量センサとしての応用も期待されます。
[1] K. Amemiya, Applied Physics Express 9, 117201 (2016).
[2] 雨宮 邦招、熱物性 29, 19-26 (2015).