標準 / 校正   Standard / Calibration

国家標準 -標準供給業務-

交流電気量に関する国家標準の維持・管理・供給

応用電気標準研究グループでは、基礎電気標準であるジョセフソン電圧(直流電圧標準)や量子ホール効果抵抗(直流抵抗標準)につながる(トレーサブルな)応用標準の開発・供給を行っています。主に、直流電圧標準から交流電圧標準を作り出す交直変換標準、直流抵抗標準につながるインピーダンス標準(交流抵抗標準キャパシタンス標準インダクタンス標準)等があり、さらに交流電力標準の組み立てに必要な誘導分圧器標準交流電流比標準を管理しています。


交直変換標準







交流電圧標準の流れ

サーマルコンバータ概念図



交直変換器比較校正の概略図

1. 概要
交流電圧標準は周期的に変化している電圧の実効値を用いて定義されています。交流電圧標準を確立する主な手段として、理想的な正弦波を作る方法と、比較器(交直変換器)を介して、直流電圧(ジョセフソン電圧標準)と比較測定することによって導く方法が考えられています。現在最も精度の良い方法は、熱型の交直変換器(サーマルコンバータ)を用いて、直流と交流電圧の電気エネルギーをジュール熱に変換し、それら実効値を比較測定する方法です。比較法に基づく標準体系は、「交直変換標準」と呼ばれ、直流電圧から交流電圧への変換誤差に相当するものを交直差と呼んでいます。
交流電圧標準を導く最も精度の良い方法は、熱型の交直変換器を用いて直流電圧標準と比較測定する交直変換方法であることから、交直変換標準が各国の標準機関で確立しています。交直変換標準の供給は、依頼者の所有する交直変換器の交直差を校正することになります。交直変換器の交直差を見積もる方法はいくつか提案されていますが、交直変換器の校正を行う場合、一般に比較測定が用いられます。
校正方法は、産総研の所有する特定交直変換器と比較測定を行って、被校正器との交直差の差を測定し、特定交直変換器の持つ交直差を基準として求めます。具体的には、被校正器の交直差 を求める場合、特定交直変換器と交直差測定装置に並列に接続し、互いの交直差の差 \(\delta_{\rm c}\)を測定するものです。標準となる交直変換器(TVC-S)の交直差 \(\delta_{\rm s}\)が既知であるならば、被校正器(TVC-X)の交直差 \(\delta_{\rm x}\)は交直差の差の測定から、補正できることになります。つまり、\(\delta_{\rm x}\)は次式より求まります。 \[ \delta_{\rm x}=\delta_{\rm c}+\delta_{\rm s} \] この方法により校正を行うと、定格電圧内であれば、交直変換器の交直差が比較的容易に見積もることができ、異なる電圧の校正が行えるという利点もあります。つまり、電圧のステップアップ、ステップダウンが可能となります。

2. 交直差の定義
交直変換器の交直差 \(\delta\) は次のように定義されています。交直変換器の出力が正逆直流平均値と交流で等しい出力 \(E_{\rm DC}=E_{\rm AC}\) を与える交直変換器への入力電圧を,正逆入力直流電圧平均実効値と交流電圧実効値で \(V_{\rm DC}\)、\(V_{\rm AC}\) とすると、 \[ \delta\equiv\ \left. \frac{V_{\rm AC}-V_{\rm DC}}{V_{\rm DC}} \right|_{E_{\rm AC}=E_{\rm DC}} \] で定義します。理想的な交直変換器の場合、入力電圧に \(V_{\rm DC}=V_{\rm AC}\) に対し、\(E_{\rm DC}=E_{\rm AC}\) であり、\(\delta=0\) です。しかし、実際の交直変換器においては浮遊インダクタンスや容量のため、\(E_{\rm DC}=E_{\rm AC}\) を得るのに \(V_{\rm DC}\) と \(V_{\rm AC}\) は多くの場合一致せず交直差を持ちます。しかし、標準器として望まれる交直変換器は交直差 \(\delta\) が小さく安定していて、かつ、交直差の見積もりが可能な変換器であり、精密測定には熱型の交直変換器が普及しています。

3. 校正範囲
交直変換標準供給範囲
項目供給範囲校正器物供給形態備考
交流電圧交直変換器 (基本範囲)2 V - 20 V (10 Hz - 1 MHz)交直変換器jcss / 依頼試験
交流電圧交直変換器 (高電圧範囲)20 V - 1000 V (10 Hz - 100 kHz)交直変換器jcss / 依頼試験
交流電圧交直変換器 (低電圧範囲)10 mV - 1 V (10 Hz - 100 kHz)交直変換器jcss / 依頼試験
交流電圧交直変換器 (高周波)1 V (1 MHz - 50 MHz)交直変換器依頼試験
交流電流交直変換器10 mA (10 Hz - 100 kHz)交直変換器jcss / 依頼試験

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中容量キャパシタンス標準

キャパシタンス標準(0.01 μF ~ 10 μF)
産総研では、交流抵抗、キャパシタンス、インダクタンスの各量目について、インピーダンス標準として開発、整備し、標準供給を実施しています。このうち、0.01 μF ~ 10 μFの範囲のキャパシタンス標準供給の概要を表1に示します。 なお、10 pF ~ 1000 pFの範囲のキャパシタンス標準は、量子電気標準グループにおいて維持・管理されています。


表1 キャパシタンス標準供給の概要
公称値周波数拡張不確かさ (k = 2)供給形態
キャパシタンス損失係数(tan δ)
0.01 μF1 kHz0.76 μF/F12 μrad技能試験参照値
0.01 μF1.592 kHz0.96 μF/F12 μrad技能試験参照値
0.1 μF1 kHz0.79 μF/F12 μrad技能試験参照値
0.1 μF1.592 kHz0.99 μF/F12 μrad技能試験参照値
1 μF1 kHz1.4 μF/F12 μrad技能試験参照値
1 μF1.592 kHz1.5 μF/F12 μrad技能試験参照値
10 μF1 kHz4.0 μF/F13 μrad技能試験参照値

1.校正の概要
国家計量標準機関におけるインピーダンス標準の実現方法は、 主として、可計算キャパシタンス装置(クロスキャパシタ)を上位標準とする手法と、 量子化ホール抵抗(Quantized Hall Resistance; QHR)による直流抵抗を上位標準とする手法があります。 産総研では、後者の手法を利用し、インピーダンス標準を実現しています。 すなわち、まず により交直差計算可能抵抗器を校正し、これを、直角相ブリッジを介してキャパシタンスを測定することにより、 キャパシタンス標準が実現できます(この流れの主業務は、量子電気標準グループにおいて実施しており、ここでは詳細は省く)。 これによりキャパシタンス標準の校正がなされると、10:1キャパシタンス比をもつ標準器と校正器物を比較可能な校正システムにより、 標準の容量拡張が実現できます。図1に、キャパシタンス標準(0.01 μF ~ 10 μF)校正システムの外観を示します。 産総研においてマイクロファラドオーダーのキャパシタンス標準は、1000 pFを参照標準とし、図2の流れで標準を供給しています。1000 pF仲介標準キャパシタより大容量のキャパシタンス標準は、10:1比インピーダンスブリッジを利用し、参照標準キャパシタおよび校正器物の校正を実施しています。 このシステムでは、校正周波数は可変であり、1 kHzおよび1.592 kHzの校正が可能となっています。

2.校正原理
一般的に良く知られるインピーダンス測定法の代表は交流四辺ブリッジですが、精度が要求される測定には向きません。より高精度な測定に用いられるブリッジ回路として、図3に示す電圧比較型の変成器ブリッジがあります。変成器には、
 ・電圧比は巻数比にほぼ等しい。
 ・入力インピーダンスが高く、出力インピーダンスが低い。
 ・周囲温度や湿度の影響をほとんど受けず、また経年変化は極めて小さく、機械的衝撃にも強い。
などの特徴があります。これにより、変成器ブリッジは、以下の平衡条件を比較的安定的に実現することが可能です。
\[ \frac{\dot{Z_{X}}}{\dot{Z_{S}}}=\frac{\dot{V_{a}}}{\dot{V_{b}}}=\frac{N_{a}}{N_{b}} \] ここで、\(Z_{X}\)及び\(Z_{S}\)は、各々、校正器物及び標準器のインピーダンス、\(V_{a}/V_{b}\)は変成器二次側二巻線の端子電圧の比、\(N_{a}/N_{b}\)は各巻線の巻数比です。4端子対型インピーダンスブリッジは、この変成器ブリッジをベースとし、かつ4端子対定義に忠実な状態で平衡を実現できる測定回路です。高精度測定が可能という利点がある一方、操作が煩雑で熟練を要する等の特徴もあることから、国家標準レベルでの利用が多いです。対象となるキャパシタンス比により、細部の設計は異なりますが、図4に示す回路が、4端子対型インピーダンスブリッジの基本的な回路構成となっています。回路は、外部導体と内部導体からなる同軸構造をとっています。内部導体の電位は外部導体の電位を基準としています。4端子対定義が実現されていれば、コモンモード電流が零となり、外部磁界との相互作用の影響を受けません。また、回路内の閉ループに流れるコモンモード電流を抑制するため、チョークコアを所定の回路部位に設置しています。この回路構成において、標準器及び校正器物が4端子対定義を満たすように電圧及び電流を注入装置にて調整し、ブリッジを平衡することにより値付けがなされます。

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インダクタンス標準

インダクタンス標準
インダクタンス標準は、産総研で開発した、LC直列回路を利用した補償法に基づく校正により標準供給を行なっています。インダクタンス標準供給の概要を表1に示します。

表1 インダクタンス標準供給の概要

公称値周波数拡張不確かさ (k = 2)供給形態
10 mH1 kHz33 μH/H依頼試験
10 mH1.592 kHz28 μH/H依頼試験
100 mH1 kHz28 μH/H依頼試験


1. 校正の概要
インダクタンス標準の高精度な供給は、マクスウェル‐ウィーンブリッジを基本とした装置を代表的な校正測定手段とする場合が多いです。しかし、国家標準の水準に適切な能力をもつ装置を構築するにはコストがかかるとともに、装置操作に熟練が必要であるなど問題点も少なくありません。NMIJでは、市販のLCRメータと既知の標準キャパシタを利用した、よりシンプルかつ操作性の良いインダクタンス標準校正システムを開発しました。校正システムの外観を図1に示します。
インダクタンス標準の校正の流れを図2に示します。まず、1000 pF参照標準キャパシタを基準に、キャパシタンス標準にも利用している4端子対インピーダンスブリッジの適切な比を利用して、0.25 μF, 1 μF, 2.5 μFの値のキャパシタを校正します。次に、インダクタ校正装置を介して10 mH(1 kHzおよび1.592 kHz), 100 mH(1 kHz)のインダクタ標準器を校正します。後述するように、この測定法では周波数ごとに適切なキャパシタの値が必要となりますが、測定手段がLCRメータとなるため、高度な訓練を必要とせずに高精度校正が実現可能となっています。

2. 校正原理
キャパシタンスを基準に参照標準インダクタを校正するため、LC直列回路を利用した補償法を利用します。この方法では、校正対象のインダクタに対し、リアクタンスの絶対値がほぼ等しい既知のキャパシタを標準として用います。本校正法の概念図を図3に示します。インダクタとキャパシタを直列に接続したとき、インダクタとキャパシタに相関がないとすると、その直列合成リアクタンス \(Z_{\rm LC}\) はそれぞれのリアクタンスの和となります。インダクタとキャパシタのリアクタンス成分の符号が逆(インダクタが正、キャパシタが負)であるので、直列合成リアクタンスは、インダクタのリアクタンスから既知のキャパシタのリアクタンスを差し引いたわずかな差となります。この様子を複素平面上で模式的に表したのが図4です。このわずかな差 \(Z_{\rm LC}\) をLCRメータ等のインピーダンス測定器で測定することにより、インダクタのリアクタンスが求められます。\(X_{\rm LC}\) は \(X_{\rm L}\) に対して微小量であり、\(X_{\rm LC}\) の測定値の相対不確かさが \(X_{\rm L}\) に与える影響が小さくなることで、高精度測定が期待されます。


LC直列回路の等価回路を図5に示します。インダクタ及びキャパシタは、2端子対定義素子として用います。2端子対定義素子の一般的な等価回路は、直接インピーダンスと、各端子からみたシャントアドミタンスで表現されます。インピーダンス測定器によるLC直列回路の合成インピーダンスの測定値 \(Z_{\rm LC}\) は、 \[ \dot{Z}_{\rm LC}=\left.\dot{V}_{2}/\dot{I}_{4}\right|_{V_{1}=0}=\dot{Z}_{\rm C}+\dot{Z}_{\rm L}+\dot{Z}_{\rm C}\dot{Z}_{\rm L}(\dot{Y}_{2}+\dot{Y}_{3})\equiv\dot{Z}_{\rm C}+\dot{Z}_{\rm L}+\dot{Z}_{\rm Corr} \] ここで、\(\dot{Z}_{\rm Corr}\equiv\dot{Z}_{\rm C}\dot{Z}_{\rm L}(\dot{Y}_{2}+\dot{Y}_{3})\) はシャントアドミタンスの影響に関する補正項であり、別途評価します。式のリアクタンス成分着目し、求めるインダクタンスは次式で求まります。 \begin{align} L &= \frac{-X_{\rm C}+X_{\rm LC}-X_{\rm Corr}}{\omega} \\ &= \frac{1}{\omega^{2} C}+\frac{X_{\rm LC}-X_{\rm Corr}}{\omega} \end{align} ここで \(X_{\rm LC}\)、\(X_{\rm Corr}\)は各々\(Z_{\rm LC}\)、\(Z_{\rm Corr}\)のリアクタンス成分です。本式から分かるように、目的のインダクタンスを得るには、周波数に応じたキャパシタンス値を選択する必要があります。
以上の手順で値付けされた参照標準インダクタを基準に、置換法により、校正依頼品を校正します。置換法には、LCRメータを置換比較装置として利用し、複数回交互に測定を行なうことで校正を実施しています。置換比較には機械式自動切替器(スキャナ)を利用しています。これは同軸4端子対構造を自動で切替できる装置になっています。

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交流電圧標準

交流電圧は、直流電圧、直流抵抗、インピーダンスとならび、社会基盤を支える重要な物理として広く認識されています。 現在、交流電圧標準はサーマルコンバータと呼ばれる電気熱変換素子を用い、直流電圧と未知の交流電圧の熱量比較測定する交直変換方式により導かれています。 この方式の利点は、熱変換方式であることから、正確な実効値を得ることができる上、他方式を凌駕する広い周波数範囲を単一方式でカバー可能な点にあります。 産総研では、世界トップレベルにある交直変換方式の技術を活用し、電圧実効値1 Vから10 V、周波数4 Hzから100 kHzの交流電圧計の校正サービスを行っています。

交流電圧標準の客観的信頼性を確保するため、定期的にISO17025に基づく品質システムの審査ならびに海外の専門家による技術審査(ピアレビュー)を受けています。 これらの審査は「メートル条約のもとでの国際相互承認協定」(CIPM-MRA)の締結国に求められる手続きの一つで審査を合格した標準が国際度量衡局(BIPM)のデータベースに登録されます。 さらに、社会ニーズに応じた標準の高度化のため、交流プログラマブルジョセフソン電圧標準システムと薄膜型サーマルコンバータを組み合わせて 交流電圧を高精度に校正する新規技術開発も積極的に進めています。

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誘導分圧器標準

誘導分圧器は入力電圧をコイルの巻数比に応じて高精度に分圧することができる機器で、巻数比を変えるだけで容易に高精度な分圧が実現できるため、キャパシタンスや交流抵抗など、低周波インピーダンスの精密測定において極めて重要な役割を担っています。そこで、Thompson法に基づく積み上げ測定法を用いて、誘導分圧器の分圧比を極めて高精度(\(10^{-9}\))に決定できる誘導分圧器校正装置を開発し、標準供給を行っています。誘導分圧器校正装置では、容量性電流をキャンセルするためにスペシャルコネクタと呼ばれる特殊なスイッチを使用し、また、交流電圧測定をより高精度に実現するために電圧比較器などが用いられています。

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