産総研×一橋大共催セミナー
「デジタル × リビングラボで加速するソーシャルイノベーション」開催レポート

2026年2月16日、産業技術総合研究所 臨海副都心センターにて、産業技術総合研究所 人間社会拡張研究部門と一橋大学 ソーシャル・データサイエンス研究科主催のセミナー「デジタル × リビングラボで加速するソーシャルイノベーション」を開催しました。
本セミナーでは、リビングラボがデジタル技術の研究開発と社会実装に果たす役割と可能性、具体的な実践事例、産学官連携のあり方について、各種講演やパネルディスカッションを行いました。
当日は、研究者・企業担当者・行政関係者など、約35名の方にご参加いただきました。

セミナー会場の様子セミナー
第1部では、主催セッションを行いました。

まず一橋大学 檜山 敦 教授から、リビングラボとテクノロジーの社会実装をテーマに講演がありました。

一橋大学 檜山 敦 教授 講演の様子

今回は特に、高齢化社会を支えるソフトウェアインフラに関わる領域に焦点を当てました。
高齢者を「支えられる側」だけではなく「社会に参画する主体」として捉える発想のもと、柔軟な社会参加を促進するプラットフォームGBER(Gathering Brisk Elderly in the Region)が紹介され、健康寿命から貢献寿命の延伸へという視点を提示しました。技術だけではなく、その技術を活用するための動きを創ることの重要性にも触れ、Living Lab. "Kunitachi" による自治体・NPO・学生との協働を通じた、多世代によるモザイク型社会参加コミュニティを育てている事例を紹介しました。

次に一橋大学 寺田 麻佑 教授は、行政におけるAI利活用とデジタル化・社会実装の課題について紹介しました。

一橋大学 寺田 麻佑 教授 講演の様子

社会でデジタル化が進められる一方で、行政の現場では、職員不足やセキュリティリスク、データ改ざんといった情報化に伴う脆弱性が問題となっている点を示しました。また、生活保護や児童虐待対応など、命に関わる判断をAIに委ねることの難しさを指摘しつつ、行政のAI活用が撤退に至った事例についても「失敗ではなく検証の成果」として前向きに捉えることの重要性を示しました。さらに、自治体間ではデジタル化について、先進自治体との差が拡大している現状も取り上げました。一方で、AI推進法等を背景にチャットボットやインフラ点検など実務改善の領域ではAI活用が進みつつあります。今後は、自治体ごとの独自性を踏まえつつ、ギャップを埋め、リスクを理解しながらアジャイルに取り組む姿勢が重要であると示しました。

3番目に、産業技術総合研究所 渡辺 健太郎 副研究部門長が、「市民共創を通じたRDIの推進:共創プラットフォームの構築に向けて」というタイトルで講演を行いました。まず、リビングラボを起点に地域と一体となった研究開発の取り組みとして、ソーシャルラボを紹介しました。その発展の形として、リビングラボをインフラと捉え、複数のプロジェクトを並行して進めながら、長期的に地域の中で研究開発を根付かせる共創プラットフォームの姿を示しました。具体的な地域共創を通じた研究開発事例として、近未来住宅の開発や、介護テクノロジーの開発・実証・普及を進めるプラットフォーム事業について紹介しました。また、関連研究として、リビングラボの社会インパクト評価や研究開発・イノベーション(RDI)プロセスとリビングラボの関係性を整理したフレームワーク、バーチャルエコノミーがもたらす倫理的・法的・社会的課題(ELSI)への対応に関する研究の紹介がありました。

産総研 渡辺 健太郎 副研究部門長 講演の様子
第2部では、企業・大学・行政セッションを行いました。
はじめに、日本電気株式会社 松本 真和 NECフェロー室長・ビジネスイノベーション統括部ディレクターより、デジタルエシックスとリビングラボをテーマにお話いただきました。
日本電気株式会社 松本 真和 NECフェロー室長 講演の様子

日本のデジタル競争力の低迷やデジタル化に対する社会的懸念から社会実装に一歩が踏み出せない現状を踏まえ、デジタル・トランスフォーメーション(DX)を進める方法としての“デジタルエシックス”の重要性が提示されました。功利主義・義務論・徳倫理学の3視点を軸に、デジタルを倫理的に扱う仕組みについて解説をいただき、「デジタルで倫理を支える」ことと「倫理的社会の為にデジタルを使う」ことの両立の重要性が強調されました。事例として、認知症介護施設の芝原モカメゾンでのリビングラボにおけるIoT・デジタルツイン化の取り組み、白浜リビングラボでの地域との協働の事例が紹介され、デジタルを社会実装へつなぐプロセスの重要性が強調されました。
また、リビングラボに先端技術のユースケースの創出や地域と密接な検証という利点がある一方で、社内説明の難しさや収益化の課題も挙げられました。今後は、デジタルエシックスの実践とリビングラボの活用を軸にデジタル技術を設計していくことが求められると示されました。

次に千葉大学 医学部附属病院 患者支援部 阿久津 靖子 特任准教授より、 AIが社会に浸透しつつある今だからこそ求められるリビングラボをテーマにご紹介いただきました。
千葉大学 医学部附属病院 患者支援部 阿久津 靖子 特任准教授 講演の様子

AIデザインかヒューマンデザインかという問いを起点に、相手のニーズを深く聴き取るプロセスはAIでは代替できないという論点が示されました。その上で、コミュニケーションロボットを介して人とのつながりを広げるご自身の研究事例を紹介されました。さらに、デンマークでの公共施設づくりや行動データを活用した都市設計の事例を示しつつ、リビングラボが製品評価に留まらず、社会を共にデザインする仕組みへと進化している点を取り上げられました。今日、介護領域にとどまらず、ライフコース全体のWell-beingを高める社会デザインが求められており、そしてそれはトップダウンでは成しえず、リビングラボが体現する人間中心のデザインプロセスが不可欠であることが示されました。

3番目に、内閣府 孤独・孤立対策推進室、就職氷河期世代支援推進室 堀江 典宏 参事官より、 孤独・孤立対策とリビングラボの可能性というテーマでお話いただきました。まず、孤独・孤立対策推進法(2023年)についてご紹介いただき、孤独(主観的)と孤立(客観的)の違い、そして社会の地縁・社縁・血縁の希薄化により誰もが孤独に陥りやすい現状があること、若年層を含む4割の回答者が孤独を感じている調査結果や、単身世帯の増加など社会構造の変化について共有いただきました。その状況下において、孤独・孤立の予防の重要性や官民の水平的連携の必要性についてご説明され、NPOとの協働や地域プラットフォームの整備を進め、多様な居場所づくりや「お互いさま」の関係づくりを促す取り組みをご紹介いただきました。こうした中で、リビングラボは官民連携、住民主体の参加、支援する側とされる側が固定化しない関係性を生み出す点で、孤独・孤立対策と高い親和性を持ち、デジタル×リビングラボによる地域独自のイノベーションが孤独・孤立の予防や課題解消に寄与する可能性を示されました。

内閣府 孤独・孤立対策推進室、就職氷河期世代支援推進室 堀江 典宏 参事官 講演の様子

最後にKDDI総合研究所 東條 直也 コアリサーチャーより、ご自身のリビングラボの実践事例をご紹介いただきました。

KDDI総合研究所 東條 直也 コアリサーチャー 講演の様子

まず、社会実装もリビングラボも多面的、多義的な概念であることに触れられた上で、ご自身のリビングラボの取り組みの変遷をご説明されました。ご自身のふじみ野市の事例では、2018年の公民館再配置計画に端を発し、住民参画のプロセスが2021年の施設オープン後も継続しており、リビングラボの枠組みのもと、多様な小さな活動が次々と立ち上がり、2023年には市民主導の文化協会の活動としてスピンアウトしたことが紹介されました。設立当初は、運営委員として参加されていましたが、現在は住民が中心となって自走しているそうです。リビングラボが「参加者がただそこにいることを許容する場」として機能し、さらにデジタルがイノベーションの実現性を高め、活動を加速する役割を果たすことが示されました。こうした継続的なプロセスを通じて、地域に創造的なマインドセットが育まれ、新たな取り組みが生まれる土壌が形成される点が強調されました。

第3部では、「デジタル技術の社会実装における課題とリビングラボの可能性」をテーマにパネルディスカッションが行われました。

パネリストは、一橋大学 檜山 教授、千葉大学 阿久津 特任准教授、KDDI総合研究所 東條 コアリサーチャーに加え、産業技術総合研究所 赤坂 文弥 主任研究員の4名が参加されました。

パネルディスカッションの様子

まず、日本のリビングラボ運営の現状認識について議論が行われました。赤坂主任研究員より、ヨーロッパではリビングラボが社会課題解決を目的とする一方、日本では地域コミュニティや製品テストの場として捉えられる傾向が強い点が指摘されました。檜山教授からも、日本のリビングラボは政策的に推進される形ではなく、地域や大学・市民主導でボトムアップ的に立ち上がる例が多いと述べられました。また、大学でも都市工学などの研究者が、コミュニティづくりから始まるものが多い一方で、ヨーロッパではテック領域を産業分野と連携させ、官の支援を受けながら進めている事例が多いという違いが示されました。これに対し、日本では技術主導のスマートシティ推進に対する反省から、ボトムアップの仕組みとしてリビングラボが浸透した可能性についても議論されました。東條コアリサーチャーは、実験室ではなく実際の生活環境で実証・検証するといった文脈の中で、リビングラボという言葉が受け入れてきた背景が説明されました。ふじみ野市の事例では、住民にマインドセットがインストールされたことによって、オンライン化・デジタル教育・ツール検証の場として機能したことが紹介されました。

パネルディスカッションで発言される赤坂氏 パネルディスカッションで発言される東條 直也氏

リビングラボ活動を推進する上での課題として、阿久津特任准教授からは、リビングラボ活動にあたり、大学が企業からの資金提供を受ける難しさが語られました。檜山教授は、手探りで作っていくことが重要であり、地域にキーパーソンがいると活動が広がりやすいと指摘されました。立ち上げ段階では大学などの研究機関が中心となり、地域組織やNPO、企業の社会的責任(CSR)の取り組みを巻き込みながら活動を展開していくといったプロセスが示されました。一方、取り組みをどう加速し、企業にとってのメリットを住民と共に生み出せるかは課題とされました。また、活動助成が終わると活動が途絶えることが多い点に触れ、リビングラボを地域に持続可能な形で広げていく必要があるとまとめられました。

パネルディスカッションを見守る渡辺氏 パネルディスカッション檜山 敦氏

リビングラボがデジタル技術の研究開発に寄与する方向性として、赤坂主任研究員からは、技術が社会に役立つ必要があるという考えが社会の中で強くなっており、リビングラボが、“社会のインフラ”として、研究者を社会と接続する基盤になり得るという指摘が行われました。一方、研究者がリビングラボを単独で運営するには負荷が高く、地域にリビングラボが機能として存在すれば、研究・実証の基盤となり得ると述べました。これに対し、東條コアリサーチャーは、リビングラボを多様な市民が安心して参加できる場として設計した背景を説明しました。ふじみ野市の事例では、市民が自由参加の立場であったからこそ、目標や期日を設定せずに、自由な参加や発想を許容する環境を用意することが効果的であったと述べられました。
会場の参加者からは、リビングラボにおける暮らしのデータ化についてどう考え、進めるべきか、質問がありました。赤坂主任研究員はリビングラボの概念も未だ曖昧であると指摘した上で、「市民と創り手の関係性」をどのように構築するかが鍵であり、適切にデザインされれば市民が主体的にデータ提供に参加する可能性もあると述べました。阿久津特任准教授は、日本では失敗に対する許容度が低く、信頼構築の難しさにつながっている点を指摘しました。今後のリビングラボでは、信頼・成熟度・緊急性などの観点からその意義を測定・評価していく必要があると説明されました。
パネリストから企業側のリビングラボの運営の視点について質問が出され、講演をいただいた松本NECフェロー室長から、リビングラボの活動に何らかの決裁の判断をするには、活動の効果としての技術の受容性の担保や収益性への寄与の見込みが重要であると指摘がされました。企業のCSRの側面からも、コスト負担分の見返りを一緒に設計できるかという点が重要と述べられました。檜山教授からも、政策としてリビングラボが企業と地域の接点として位置づけられれば推進しやすくなる一方、企業が継続参加できるメリットの設計やコミュニティの成熟が不可欠であると強調されました。

参加者からの質問を受けるパネラー 参加者の意見を聞くパネラー

最後に、檜山教授から、産・学・官・民がそれぞれの視点からリビングラボを捉え、社会課題解決に向けて活用していくことで生まれる可能性への期待が示され、ディスカッションが締めくくられました。

【開催概要】
  • イベント名:セミナー「デジタル × リビングラボで加速するソーシャルイノベーション」
  • 主催:産業技術総合研究所 人間社会拡張研究部門
       一橋大学 ソーシャル・データサイエンス研究科
  • 開催日時:2026 年 2 月 16 日(月)13:30-17:00

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