志をもち、技術と社会をつなぐ。
「共創リーダー」が今、
求められています
システム工学の研究を経て、現在は産総研デザインスクールの事務局長を務める小島一浩。
「社会をよりよくするために研究・技術に携わる者はどのように貢献できるか」をテーマに、デザインスクールの設立以来、カリキュラムの開発・運営に携わっています。
「研究・技術にデザインを足すと社会的価値は劇的に変わる可能性がある」と語る小島事務局長。自身がその気付きを得たという宮城県気仙沼市でのプロジェクトの話を交えながら、デザインスクールのデザインプロセスや目指すイノベーション人材像についてお聞きします。
技術は生活の中に存在してこそ
価値がある
研究をやり続けて学者になりたい。学生時代から物理や情報の研究を続けるなかで、産総研に入るまでは、そんな将来をイメージしていました。もともと人と関わることがさほど得意ではなく、できれば社会との接点をもちたくないと思っていたのです。ですが、産総研は日本の産業のための研究機関なので、産業貢献が求められます。そんななか、東日本大震災の復興支援のために産総研が行ったプロジェクト(「気仙沼〜絆〜プロジェクト」)に参加したことで、研究者としての自分の在り方を考えるようになりました。
被災された高齢者の孤独死が目立った阪神淡路大震災の経験をもとに、その対策のために見守りセンサーの活用を計画しました。支援プロジェクト拠点として仮設住宅のそばに3台のトレーラーハウスを設置し、その1台には私自身が現地担当として住むことになりました。ですが、いざセンサーの設置にとりかかると、個人情報の問題で対象になる高齢者の方がどこに住んでいるか分からない、設置許可をとるにも高齢者の方にはややこしい説明を敬遠されてしまうなど、さまざまな障壁があり、見守りセンサーの設置を断念しました。
一方で、仮設住宅の方々は買い物をするお店がない、集まる場所がないなど、日常面でいろいろな困り事がありました。その状況を受けて、トレーラーハウスは、地元の複数商店が日替わりで開店したり、NPOがコミュニティスペースを運営したり、またボランティア団体がイベントスペースとして活用することになったのです。
そこで住民の方々の役に立ったのは、アザラシ型の癒しロボットやリハビリ体操補助ロボットでした。特にアザラシ型ロボットは大人気で、編み物好きな人が集まりアザラシの服を編む会が自然と生まれるなど、人のコミュニケーションを促す効果があるということが容易に見て取れました。知らない人同士の集まりである仮設住宅では、コミュニティの再構築が必要になる。そのためには、人と会うきっかけや心を通わせやすい場を作ることがいかに大切かを認識しました。技術は、単体ではそれ自体に価値はなく、社会や生活の中に存在してこそ価値がある、という本来当然のことを身に染みて感じた瞬間でした。
研究スキル+デザインスキル
気仙沼のプロジェクトは計画通りにいかないことばかりで、現場を観察して誰かの問題を見つけて、アイデアを出しては、試して、反応を見て、ダメなら別のアイデアを試す、といったことを繰り返しながら、最終的にサービスを作っていきました。この流れは、デザインシンキングのプロセスだったことが後に分かったのです。そのプロセスの根底には「誰が抱える問題で、どうなりたいのか」という目線が欠かせません。
これは、あらゆるモノコトを作る人は必ずやらなければいけない作業でもあります。ですが、実際はこのステップを踏んでないことも多い。特にロボット開発の世界では、自分が作りたいものを作る人がとても多かった。それを否定するつもりはないのですが、このプロセスを真剣に考える学びの場があまりにも少ないと感じました。
特に私のような研究者の世界では、社会との接点には興味がなく、むしろ学問の発展にいかに貢献できるかが一番の関心事、といった方が大半です。私も最初はそのタイプでした。人と関わるのがさほど得意ではないので、社会と離れたところで学問だけを追究していたかったのです。企業でも分業化が進み研究開発が社会から離れてしまっていると感じる方は多いと思います。
その反面、長年研究に従事している人というのは、現状を客観的に観察し分析するスキルを鍛錬されています。じつは支援プロジェクトで私が重宝されたのはそのスキルでした。行政、NPO、市民など多様な関係者とともに、発生する問題を客観的に分析・整理する能力でした。そのなかで心がけたのは「ひとの話をよく聞く」でした。これによって、復興に向けた対話の場やワークショップのファシリテーターを依頼されるようになりました。
「ひとの話をよく聞く」はユーザーへの共感の第一歩で、デザインに求められるスキルです。この経験から、研究スキルにデザインスキルを加えることで、研究・技術に携わる者は、社会をよりよくする共創の場をリードできる存在になれる、と確信めいた思いが湧き起こりました。それが産総研デザインスクールの構想へつながっていきました。
ポスト・デザインシンキングの
起点となるWill(志)
支援プロジェクトでのもう一つの学びは、「気仙沼をよりよくしたい」という復興に関わる各人の強い意志でした。ただし各人が思う「よい」はそれぞれ異なります。だから衝突が起こるのです。しかし、お互いに対話し、共鳴できる点を探すことで、衝突を創造に変えられることがわかりました。
自分は何者か? 社会に対して何をしたいか? 寝ても覚めてもやりたいことは何か? そうした思いを産総研デザインスクールでは「Will(志)」と呼び、それぞれが探究することを大事にしています。Willは、決して個人の利益や自己実現ではありません。社会ともつながった超越的自己実現です。気仙沼の支援プロジェクトも、根底にある思いが個人的利益ではなく、社会的な「よい」に結びついたために実現したものです。
デザインスクールでは、社会的な「よい」を共通善と呼びます。Willと共通善を仲間と探究し、その実現に何度も挑戦する。これをユーザー共感から始めるデザインシンキングとは区別し、ポスト・デザインシンキングと呼んでいます。Willから始めるデザイン、「すべてはあなたから始まる」は、デンマークのデザインスクールKAOSPILOTからも刺激を得て、カリキュラムに反映しています。
自分の突き詰めたいことを、少し社会の方に向けるだけで、社会を見る目が変わります。誰かが与えた社会課題ではなく、Willと共通善から社会課題を定義することができれば、もうそこからイノベーションは始まっています。それを周囲に語ることで、仲間を増やし、地域や社会と合意しながら、プロジェクトを進めていく。こうした技術のデザインプロセスを実践的に学べる場は、日本ではまだまだ少ないのが現状です。産総研デザインスクールでは、みなさまにそうした学びの場を提供することで、よりよい社会を導きだしていければと思います。
国立研究開発法人産業技術総合研究所イノベーション人材部デザインスクール事務局長兼人間拡張研究センター主任研究員。専門はシステム工学、デザイン論、デザイン教育。東日本大震災後、復興支援を行う産総研絆プロジェクトに参加。宮城県気仙沼市に住みながら市、NPO、市民、企業との連携により集いの場創出から地域雇用創造事業まで、多くのプロジェクトに従事。自身のWillは、「世界を変えることができると信じ行動できる人をデザインの力で増やすこと」。