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技術資料 第5章 概要調査における品質保証

はじめに

高レベル放射性廃棄物の地層処分事業では,国民を放射線から防護するために,放射性廃棄物を数万年以上の超長期にわたって人間の生活圏から安定的に隔離しなければならない.そのため,地層処分事業の全ての構造,システム,構成要素が所期の性能を確実に保持するために,事業の全般に対し厳格な品質保証が求められる.品質保証は,地層処分本体およびその事業プロセスの安全性に対する国民の信用・信頼を築くためにも極めて重要である.

原子力事業の品質保証の対象には,機器,データ,試料,ソフトウェア,人員の能力・資格など事業の各構成要素の性能に直接関わる項目のみならず,組織,管理・責任体制,証拠資料の取扱い,会計検査など上記の性能に間接的に影響する項目も含まれる.各項目の品質保証基準に対する適格性・妥当性は,事業開始時および事業の間に,適宜定められた手順によって確認され,品質保証の基準を満たさない項目は法的に不適格と見なされる.不適格とされた項目から生成されたデータ・資料およびそれらに基づく解釈,理論,方針,決定などは,一般に,サイト特性評価,安全評価,建設・操業許可申請,公聴会など地層処分事業のいかなる公的なプロセスにも用いることができない.

 

米国,スウェーデンの地層処分事業における品質保証

2006年現在,米国とスウェーデンでは地層処分施設の建設候補地が具体的に決定され,事業のプロセスが進捗している.そこで,両国の品質保証体制を概観する.

米国:
地層処分を計画する国の中で最も厳格な品質保証の体制を構築している(高田, 2005).地層処分事業の品質保証を実施する責任は,実施主体である米国エネルギー省(DOE)にある.ヤッカマウンテン計画を統括する民間放射性廃棄物管理局には,局長直轄の品質保証部が設置され,その品質保証全般を管理している.品質保証の内容や手順を規定しているのは,DOEが米国原子力規制委員会(NRC)による規制法(10 CFR Part 60, 63)の要件に則って作成した品質保証の要件と解説(QARD: Quality Assurance Requirements and Description)である.地層処分事業を実施する各現場は,QARDに基づいて作成した実施文書に従って作業を進めている.ヤッカマウンテン地層処分施設の建設許可申請書がDOEからNRCに提出(2008年を予定)されると,NRCはヤッカマウンテン審査計画に則ってQARDの審査を実施し,建設許可証が発行されることによりQARDは正式なものとして承認される.現在,QARDは第17版であり144頁に及ぶ.
スウェーデン:
地層処分事業における品質保証の実施責任は,米国と同様,実施主体であるスウェーデン核燃料・廃棄物管理会社(SKB)にある.SKBでは各部門に品質保証コーディネータが設置されており,業務支援部門がその統括を行っている.また,組織管理システムとして品質評議会(Quality Council)が使用済み燃料処分プロジェクトに設置されている.文書化および文書管理については,独自のデータベース体系が構築され,その追跡性等を確保している.しかし,米国のQARDに相当する独自の品質保証規定はなく,今のところISO9001・14001による品質・環境管理基準を準用している.規制機関である原子力発電検査局(SKI)は,国内の原子力活動全体を監督する法的な責務があるため,地層処分事業の品質保証に関してもSKIが法的な拘束力を以て監督している.しかし,これまでのところSKIのSKBに対する品質保障面での要求は包括的な段階に留まっている.

IAEA(国際原子力機関)の原子力施設に対する品質保証基準

IAEAは,原子力発電所に対する品質保証基準を策定し(IAEA, 1988),それに基づき地層処分施設に対する品質保証基準も公表した(IAEA, 1989).その後,米国原子力規制委員会の品質保証活動やISO9001-1994の制定を受け,IAEAは地層処分施設に対する品質保証ガイドラインを公表し(IAEA, 1996a),さらにISO9001-1994に沿って改訂した原子力関連施設に対する新たな品質保証基準を公表した(IAEA, 1996b).この基準において,原子力施設に対する「規制機関および安全性」はISO9001の「顧客および顧客の満足度」の概念にそれぞれ対応する.しかし,IAEA(1996b)の具体的内容にはISO9001とは異なる部分があるため,両者を比較した詳細な解説が別途公表されている(IAEA, 2002).IAEA(1996b)には記述されているがISO9001-2000(ISO9001-1994の改訂版)には含まれない内容は,主に

  1. 施設の安全性に対する重要度から,対象とする項目の品質保証基準を段階的に変化させること,
  2. 原子力施設の検査・テストを独立した人員・組織により確実に実施すること,

の2点に集約される.さらにIAEAは,IAEA(1996b)を置換する形で,品質マネージメントシステムに関する安全基準を2006年に公表した(IAEA, 2006a;2000b).品質マネージメントシステムとは品質保証を高度化した概念であり,安全の効率的・効果的確保のための組織的な運営管理体制・制度を意味する.これらIAEAの安全基準は,日本の原子力安全委員会でも逐次検討され,原子力発電施設の運営に適用されている.

日本の地層処分事業に期待される品質保証

品質保証には,事業の管理体制や証拠資料の取扱いなど施策や手順に関する普遍的な項目と共に,地質調査や性能評価に関するデータの品質や取扱いなど地層処分環境に依存する項目も含まれる.後者の場合,対象地域に発生しうる地質・水文事象や特徴が地層処分施設の安全性に与える影響が大きいほど,それら事象・特徴に関わる調査・安全評価の品質保証もより厳格な基準が求められる.

前章までに詳述したように,日本列島は,活発な変動帯に位置するなど,地層処分にとって欧米諸国より厳しい地質・水文環境にある.事業者は,地層処分サイトが日本列島のいずれの地域に選定されたとしても,その厳しい地質・水文環境に対するサイトの安全性を十分に考慮しなければならない.また,これまでの国内原子力施設の事故等から,日本国民の原子力に対する危険意識は非常に高い.これまで日本では,原子力発電所の立地・建設にあたって主に米国およびIAEAの品質保証基準を導入してきた(例えば,鈴木・石川, 2001).地層処分事業においても,普遍的な品質保証項目に関しては,米国またはIAEAの品質保証基準を準用することも選択肢の1つである.しかし,地質・水文環境に依存する項目については,より厳格な独自の品質保証基準を設けることも考えられる.

 

品質保証の基本概念

品質保証において,最も基本的な概念は,「完全性」「追跡性」「再現性」「説明可能性」の4つに集約することができる.以下にこれらの概念について説明する.

完全性:
地層処分事業に関連して実施される全ての調査・試験・設計・開発・審査の内容,得られた試料・データ,それらの実施体制は,完全性が確保されなければならない.すなわち,調査・試験・設計・開発・審査などは,事業実施時に得られる最高の科学技術水準を持って実施されなければならない.また試料・データは,可能な限り取得時の状態を維持し,取得可能な全ての記録が保持されなければならない.事業に関連する人員の資格・能力・経験などの実施体制は,必要に応じてこれを完全に確保しなければならない.
追跡性:
地層処分事業に関連して実施される全ての調査・試験・設計・開発・審査の内容,得られた試料・データは,追跡性が確保されなければならない.すなわち,調査・試験・設計・開発・審査などの記録・データおよびそれら行動の企画・立案・実施・管理に関わる全ての記録は,完全に維持され利用可能な状態になければならない.調査・試験・設計・開発・審査などに関係する全ての試資料は,その現状(状態・場所・管理者など)が常に把握され,整理され,利用可能でなければならない.
再現性:
地層処分事業に関連して実施される全ての調査・試験・審査の結果は,再現可能でなければならない.破壊実験などで試料が失われる場合は,同等な性質の試料を保持しなければならない.現地で実施される不可逆的な現象に関する試験では,その結果を検証するための可能な限りのデータおよび理論的根拠を示さなければならない.
説明可能性:
地層処分事業に関連して実施される全ての調査・試験・設計・開発・審査および取得されたデータとその解釈は,論理的に説明可能でなければならない.すなわち,事業に関連する全ての行動の目的・手法・経緯・有効性・効率性が説明可能でなければならない.さらに,データの目的・取得法・誤差・有効性,データ解釈の理論的背景・研究の経緯・確からしさ等が論理的に説明可能でなければならない.

品質保証の実施・規制機関

日本においても,米国と同様,地層処分実施機関がその内部に独立した担当部署と管理責任者を置き,品質保証の要件・プログラムを策定し,審査を厳正に実施する体制が考えられる.米国の基準に準拠する場合,品質保証担当部署は,品質保証プログラムによる審査結果を全て公開とし,サイト特性評価,安全評価,建設・操業許可申請,公聴会などの公的プロセスにて品質保証の対象となった記録,データ,試資料などを用いる際には,それらが全て法的に適格なものであることを明確に保証する責任を負う.

規制側機関は実施側機関に対し,事業の開始前に品質保証プログラムの文書による作成の義務付け,その内容に関するガイドラインをあらかじめ示すことが考えられる.また,地層処分実施機関の策定する品質保証基準・プログラムに対する審査を必要に応じて随時実施するために,実施側機関との協議のスキームを維持しておくことも考慮すべきである.

 

概要調査における品質保証項目(案)

概要調査における品質保証の対象は,調査・試験・設計・開発・審査などのシステム,プロセス,構成要素うち,地下施設の建設と放射性廃棄物の取扱いを除く項目である.なお,地層処分施設の安全審査は概要調査段階では実施されないため,現段階では品質保証の対象から除外される.以下は項目の具体案の一例である.

a)概要調査前段階(含文献調査)

  1. 概要調査の体制,責任の所在,情報伝達の経路
  2. 概要調査の計画,立案,設計に利用・参照した文献・データ類

b)概要調査段階

  1. 地表における地質調査データ,地質試料
  2. 地表における水文学的測定データ,水文学的な試料・統計資料
  3. ボーリング調査の手法・技術・掘削記録
  4. ボーリング調査によって得られた各種データ,地質・水文学的試料
  5. 地表および掘削調査で使用した各種機器
  6. 直接・間接的に得られた気象のデータ・統計資料
  7. 概要調査で得られた試資料を用いた室内実験データ,試資料(生成物含む)
  8. 室内実験で使用した各種機器
  9. 概要調査地域を対象に実施したコンピューターシミュレーションの内容と結果
  10. 概要調査全体の結果・取りまとめ

c)調査に間接的に関わる項目

  1. ソフトウェア(汎用ビジネスソフトウェアを除く)
  2. 上記各種調査・実験等を実施した団体,企業,個人の資格・能力
  3. 調達・購入した物品等の管理体制
  4. 取得されたデータ・試資料の管理・保管体制
  5. 会計検査

これらの項目に関する具体的な要件,手法,遵守事項,閾値などは,今後地層処分の実施機関と規制機関の当該分野専門家がそれぞれ提案し,必要十分な内容を協議の上で決定していくことが期待される.それにあたっては,JIS(日本工業規格),ISO9001・14001などに既に定められている標準的内容を参照することも考えられる.

注意すべき事項

原子力事業の品質保証の周知:
これまで地球科学等の研究者は,研究に直接関連する品質管理(例えば,分析機器の精度,データ管理など)については周知しているが,原子力事業の品質保証に関する内容の理解が高いとは言えない.米国ヤッカマウンテン計画では,1980年代に取得された多くの地球科学的データが原子力事業の品質保証基準に適合しないため,法的な有効性を失った経験がある.従って,日本の地層処分事業においては,概要調査開始前(すなわち文献調査段階)に,品質保証の枠組みと最低限の遵守事項の策定,およびそれらの内容の関係者への周知などの必要性が考えられる.
過度な品質保証の抑制:
地層処分事業は,国の原子力政策(総合資源エネルギー調査会, 2006)により,計画的かつ確実な推進が必要とされている.従って,過度に厳格な品質保証基準を設けて,事業の進捗に支障を来すことは避けなければならない.米国のQARDやIAEAの品質保証では,その段階的適用が規定されている.すなわち,結果の重大性,信頼性,証明できる度合いなどによって各品質保証項目を等級付けすることにより,必要以上な厳格さを回避している.日本の地層処分事業においても,同様な措置を導入することが期待される.