1.技術資料作成の目的
この技術資料は原子力安全・保安院からの委託研究「地層処分にかかる地質情報データの整備」の一環として,立地段階における地層処分の安全規制に資するために,概要調査において実施可能な調査とその評価,及びそれらの基礎となる科学的知見及と調査の品質保証についての技術情報をとりまとめたものである.この技術資料を作成するにあたり,関連する分野の研究及び技術文書を広くレビューするとともに,産業技術総合研究所深部地質環境研究センターで行なってきた上記委託研究の最新の研究成果を取り入れた.
放射性廃棄物の地層処分の安全規制を規制当局がどのように行なうかについては,総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会廃棄物安全小委員会において検討が進められてきている.平成18年に公表された報告書「放射性廃棄物の地層処分に係る安全規制制度のあり方について」(総合資源エネルギー調査会, 2006)では,概要調査を含む立地段階の安全規制のあり方について,「規制機関としては,立地段階においてもその役割を適切に果たしていくことが期待されているため,特廃法(特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律)の立地点に選定に係る手続きの中で,原子力発電環境整備機構(NUMO)の最終処分の実施計画,調査地区選定に係る報告書に関し,特廃法の要件への適合性等の調査結果の妥当性についてのレビューを行なうとともに,将来の安全規制を見通して,立地段階においても将来の安全評価に必要な調査のあり方や調査活動に係る品質保証を含むガイドラインを提示すること等の関与をしていくことが重要である」と,規制機関の関与を述べている.
この報告書を受けて今後廃棄物安全小委員会(地層処分技術ワーキンググループ)で行なわれるガイドライン等の規制政策にかかる審議において,必要な技術情報を提供することがこの技術資料の第一義的な目的である.
2.安全規制への内容
わが国における地層処分の安全確保の考え方については,原子力安全委員会(2000)の「高レベル放射性廃棄物の処分に係る安全規制の基本的考え方」(第1次報告)の中で,地層処分の安全確保は「長期的安全確保対策」と「安全評価等による安全確認」により実現されると書かれている.「長期的安全確保対策」では,地層処分に適した地質環境を有する処分地の選定(サイト選定)と,そこに適切に設計・施工された人工バリア及び処分施設(工学的対策)が必要であり,また,「安全評価等による安全確認」では,安全評価は適切なシナリオを仮定し,一般公衆が放射性物質から受けると想定される線量を評価し,定められた放射線防護レベルを超えることがないことが基本であるとしている.
特廃法では安全確保について別途法律を定めることとすると述べているものの,前述の原子力安全委員会のいう「長期的安全確保対策」のサイト選定にかかる部分に対応するかたちで,概要調査地区,精密調査地区,最終処分施設建設地の選定について述べている第6条から第8条において,各立地段階で満たさなければならない要件を記述している.特廃法が制定された後,原子力安全委員会(2002)は,「高レベル放射性廃棄物処分の概要調査地区選定段階における環境要件について」を取りまとめた.ここで環境要件としては,(1)隆起・沈降・侵食,(2)地震・断層活動,(3)火山・火成活動,(4)鉱物資源の賦存,(5)岩盤の特性の5項目が設定され,これらは特廃法の第6条及び関連する施行規則で述べている概要調査地区の選定要件を,より具体的な形で記述している.なお,原子力安全委員会では,引き続き平成18年から精密調査地区選定において考慮すべき環境要件の設定に向けた審議にはいっている.
さて,立地段階における規制機関の関与の1つとして,「特廃法の要件への適合性等の調査結果の妥当性についてのレビュー」(総合資源エネルギー調査会, 2006)がある.このようなレビューを行なうためには,特廃法の要件を具体的に評価できるものとして示すとともに,調査結果の要件への適合性が妥当であるかを判断するための論理が必要である.この点に関してこの技術資料では,概要調査を対象にして安全確保の視点から調査・評価が必要な項目を特定し,評価事項を具体的に書き下すとともに,その評価に必要なデータを取得するための調査,背景となる科学的知見,そして評価の論理についての記述を行なっている.なお,概要調査の調査結果をレビューする際に必要とされる精密調査地区の選定要件への適合性に係る論理は,文献調査の調査結果をレビューする場合の概要調査地区の選定要件に係る論理とも共通するので,この技術資料の内容は文献調査終了時に規制機関が関与することになった場合においても,活用できるものとなっている.
立地段階における規制機関の関与のもう1つの内容は,「将来の安全評価に必要な調査のあり方や調査活動に係る品質保証」(総合資源エネルギー調査会, 2006)の提示である.これについて特廃法には記述はないが,上述の原子力安全委員会の第1次報告に,シナリオのよる安全評価の枠組みが示されている.これについては,核燃料サイクル開発機構(1999)の「わが国における高レベル放射性廃棄物地層処分の技術的信頼性」(第2次取りまとめ)及び海外の安全評価の事例を参考にしつつ,産業技術総合研究所における研究成果を踏まえ,安全評価に必要な概要調査の調査項目および調査活動にかかる品質保証について記述する.なお,安全評価についての調査は概要調査で完結するものではなく,むしろ精密調査において多くのデータが取得されることが期待されているものであることを踏まえ,この技術資料では概要調査段階で行なう必要のある調査項目及びその関連事項について述べるに留めている.
3.技術資料の構成
この技術資料では,特廃法及び国際FEP(OECD/NEA, 2002)に基づいて設定した概要調査の調査・評価項目(第2章),それに関連する科学的知見(第3章),具体的な調査・解析の手法(第4章),調査活動にかかる品質保証(第5章)について述べている.
第2章では概要調査の調査・評価項目の設定を,特廃法及び国際FEPも基づいて行なっている.概要調査に関して特廃法第7条に書かれている地層の安定性の確認は,最終処分施設の閉鎖後の長期安全確保において最も重要な事項の一つである.この技術資料の第2章では,地層の安定性の確認が,実施可能な調査及び現在の科学的知見から合理的に判断できるように,概要調査の調査・評価項目の設定を行なうとともに,安全評価に必要な概要調査の調査項目の設定を行なっている.
地層の安定性に係る事項を含め閉鎖後の安全評価事項は,経済協力開発機構原子力機関OECD/NEA(2002)により国際FEPとしてまとめられている.この技術資料では,廃棄物安全小委員会(2003)で行なったように国際FEPに基づいて「処分システム領域」に影響与える「外的要因」となる長期変動を整理し,それにわが国の地質および水文地質を考慮にいれ,閉鎖後の安全確保に必要な概要調査の調査・評価項目として,「侵食・堆積及び海面変化」,「地震活動」,「火山・マグマ活動」,「深部流体」,「泥火山」,「マスムーブメント」の6項目を設定した.
これら調査・評価項目に含まれる事象の中で,地層処分システムの物理的隔離機能に大きな損傷を与える可能性のある事象で,かつ概要調査の結果から将来の活動の有無を判断できる事象を対象に,概要調査評価事項を設定した.例えば,「侵食・堆積及び海面変化」の評価事項は,「予測侵食量が埋設深度以上になり,廃棄体が地表に露出する可能性のある地域は避ける必要がある」と記述されている.また,長期変動にかかる調査・評価項目の中に含まれる事象で,評価事項の対象としている事象以外の処分システム領域に影響を与える事象を対象に,サイト影響評価事項を設定した.例えば,「侵食・堆積及び海面変化」のサイト影響考慮事項の1つは,「隆起・沈降及び氷河性海面変化により,将来放射性物質を閉じ込めておく機能を著しく低下させるような地下水の流動あるいは水質の変化が予想される地域は,相対的海面変化の影響について考慮しなければならない」と記述されている.
一方,処分システム領域の場にあたる「地質環境」も,概要調査の対象となることから,「地震活動」「火山・マグマ活動」等の長期変動の個々の調査・評価項目と同様に,項目立てを行なっているが,長期変動の個々の調査・評価項目が処分システム領域に与える影響を調査・評価の対象にしていることに対して,調査・評価項目の「地質環境」は,処分システム領域の場の特性を調査・評価の対象にしている.
特廃法に従うと,概要調査において地質環境で評価すべき事項は,施工にかかる内容のもので,安全評価に関するものはない.さらに,地下水シナリオで安全評価する事項は,概要調査段階での個別の評価になじまないと考えられることから,この技術資料では地下水シナリオによる安全評価に向けて行なわれる地質環境の調査に関しては,とくに評価事項を設けていない.一方,「鉱物資源」については,人間侵入にかかる閉鎖後の安全評価事項であり,特廃法の施行規則に要件として書かれているので,評価事項に設定している.
以上を踏まえ,この技術資料では地質環境の調査内容を以下のように提案している.すなわち,概要調査段階での地下水シナリオによる安全評価に向けた地質環境に関する調査を,①地下水システムの解析と概念モデルの構築,②地質環境の初期状態であるベースラインの把握とする.また,人間侵入に関する安全評価に向けた地質環境に関する調査を,③鉱物資源がないことの確認(評価事項)とする.
続く第3章においては,第2章で設定した調査・評価項目に関する科学的知見について述べている.処分システム領域に影響を与える外的要因である長期変動に関しては,特廃法との関連で設定した概要調査の評価事項及びサイト影響考慮事項の評価すべきあるいは考慮すべき内容を具体的に示すとともに,これらの評価・考慮事項を設定するに至った科学的背景について述べる.また,長期変動の将来予測の考え方について述べる.
概要調査の調査・評価項目となる長期変動のうち,侵食・堆積及び海面変化,地震活動,火山・マグマ活動,泥火山,マスムーブメントの5項目で,地層処分に適さない地域を排除するための基準を述べた評価事項を設定し,これまでに蓄積されている科学的知見のもとで,どのような調査を行なえば評価が可能であるかについて述べている.
また,処分システム領域に影響を与えるものの排除要件とはならないサイト影響考慮事項は,第2章で設定した概要調査の調査・評価項目のすべてに含まれており,それぞれの項目ごとにサイトに影響与える事項を特定するとともに,安全評価に向けて取得すべきデータについて述べている.
一方,処分システム領域の場となる地質環境については,外的要因である長期変動による影響に対して,人工バリアで想定されている許容範囲について記述する.わが国の地層処分では,幅広い条件のもとでの地質環境を想定して,人工バリアの設計を行なってきており,また外的要因の変化に対応した設計変更も行うという柔軟方針を実施者は取っているが,温度特性,化学特性,水理特性の3つの側面から見た場合,それぞれにたいして現状で想定している範囲がある.ここでは,これらの人工バリアの成立条件をレビューし,長期変動のサイト影響考慮事項で,本質的な影響を与える外的要因が何かが理解できるようにした.
地質現象の将来予測について具体的な評価を行なおうとする場合,評価期間の設定が必要となるが,わが国ではまだ高レベル放射性廃棄物に対して,放射線防護の基準値も評価期間も定められていない.このような状況の中で,この技術資料では現在の科学的知見に基づきできるだけ長い期間(10万年あるいは100万年)が評価できるように,地質学的手法を用いた将来予測の論理を示している.
第4章では概要調査の調査・評価項目にかかる調査の進め方について記述する.長期変動の評価事項について,評価に必要なデータの取得のために行なう調査と,評価における留意点について述べる.サイト影響考慮事項に関しては,将来の安全評価に向けて,必要なデータの取得と調査における留意点について述べる.
地質環境の調査については,概要調査で対応できる調査法を一覧できるようにし,それぞれの調査法について,ベースラインデータの取得という視点も交えてその概略を述べる.地質環境の調査の中には長期変動にかかる評価事項の確認のための調査法も含まれているが,主たる内容は地下水シナリオでの評価のために必要となるデータを取得するための調査法である.ここで取り上げている調査の中には地層処分に限らず広く実施されている調査も含まれており,すでにルーチンワークとなっている調査手法に関しては,ここでは簡略に記述するにとどめた.
調査結果の解析については,地下水システムの概念モデルの構築を柱にして記述した.安全評価に進むためにはモデルの数値化が必要であるが,この技術資料ではそこまで踏み込んでいない.精密調査の計画立案に活用できるような概念モデルを構築することに主眼をおいている.
第5章では品質保証について記述する.地層処分事業で先行しているスウェーデンと米国の例を学ぶとともに,IAEAの品質保証基準について参照し,品質保証の基本概念である,完全性,追跡性,再現性,説明可能性について述べる.それらを踏まえてわが国における概要調査段階における品質保証項目案の提案を行い,注意すべき事項として,品質保証の周知と,過度な品質保証の抑制について述べている.
4.技術資料の編集方針
この技術資料では,閉鎖後の安全確保の視点から概要調査の調査・評価項目を取り上げている.したがって,この技術資料は概要調査の調査・評価項目のすべてをカバーしているものではない.
閉鎖後の安全評価事項については,OECD/NEA(2002)の国際FEPにおいて体系的な整備がなされており,原子力安全・保安院が平成15年に報告書「高レベル放射性廃棄物処分の安全規制に係る基盤確保にむけて」(総合資源エネルギー調査会, 2003)を作成した際にも,この国際FEPに依拠している.この報告書では処分システム領域に影響を与える外的要因についてのFEP解析が行なわれ,わが国の地質の状況を考慮した55の事象が抽出されている.このような規制当局による検討の延長上で,概要調査の調査・評価項目を検討するため,この技術資料では安全評価事項の体系をOECD/NEAの国際FEPに置いている.
また,この技術資料の作成は原子力安全・保安院からの委託研究「地層処分にかかる地質情報データの整備」(平成13年度―18年度)の中で行なっているので,技術資料で取り上げる項目は,閉鎖後の安全評価の中でも,地質学及び水文地質学分野のものに限定した形になっている.長期予測にあたっては気候変動も大きな要因であるが,気候そのものについてはこの技術資料では取り上げていない.気候の変化が水文地質学的変化として現れる状況を調査及び評価の対象として取り上げている.また,閉鎖後の安全評価でも人間侵入の評価については,正面から取り上げていない.人間侵入については鉱物資源が特廃法関連の施行規則と原子力安全委員会(2002)の環境要件に取り上げられているので,この技術資料では,その部分のみ限定的に扱っている.その他,特廃法には施工上の要件が記述されているが,それらは閉鎖後の安全評価事項ではないので,この技術資料では取り上げていない.
最後に文献の引用について述べると,このような技術資料では,内容の客観性と透明性を保証する意味から,必要な文献が全て引用されていることとともに,引用する文献の質が確保されていることが求められる.この技術資料では引用する文献は原則として査読付きの学術雑誌の公表論文とし,これに国内及び国際機関の基本文書と,第2次取りまとめ(核燃料サイクル開発機構, 1999),平成17年とりまとめ(核燃料サイクル開発機構, 2005)を加えたものとした.しかし,第4章の調査についての記述にあたっては,産業技術総合研究所において進行中である研究に中間段階の成果も一部取り入れている.これについては,原子力安全・保安院からの委託研究の各年度の事業報告書(深部地質環境研究センター, 2002;2003;2004; 2005; 2006;2007)を参照していただきたい.