TN7 石炭液化油の構造解析

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内容の要約

 石炭の液化油は、その大部分が複雑な芳香族炭化水素からなる多成分系混合物であり、その化学構造の分析には構成炭素や水素の結合形態に関して知見を与えるプロトレ核磁気共鳴法(-1H−NMR)が広く用いられている。しかし、各種結合形態n水素量から炭素量に変換するさい脂肪族炭素と水素の結合比について仮定を要し、それゆえに算出される各構造指数値に多少の誤差が含まれることは避け難い。

 これに対して13C―NMR法は、炭化水素の炭素骨格について直接情報を与えるところから1H―NMR法における欠点を補う解析法として早くから注目されてきた。しかし13C核の天然存在比が1.1%と低く、しかもその磁気回転比が1H核1/4にすぎないことから、13C核の検出感度は1H核にくらべ約1/6000となり、石炭液化油のような複雑な天然化合物の測定はきわめて困難であった。その後プロトン連続照射によるプロトンデカップリング法の開発およびパルスフーリュ変換によるスペクトルの積算が可能になってから、天然化合物でもS/N比のよいスペクトルが得られるようになった。

 ここでは、標準試薬の化学シフトデータと液体クロマトグラフィー(LC)によって分別した液化油の芳香族環別分別物のスペクトルから、芳香族炭素の各グループの化学シフト範囲を定め、これらの面積強度比から構造常位に関する各構造指数値を算出した。さらに芳香族環に対しα位の脂肪族炭素の帰属、定量法についても検討を加え、各LC分別物のα位脂肪族炭素の分布を求めた。その結果、つぎのような結論を得た。

 (1) 芳香族炭素は水素化芳香族炭素((115.0)〜129.2ppm)、内部炭素(129.2〜132.5ppm)、置換炭素(132.5〜149.2ppm)の3グループに分割でき、置換炭素はさらに137.2ppmで2グループに細分割できる。

 (2) その結果、これらの炭素の面積強度から、Brown−Ladner法の各構造指数を直接算出できるようになった。

 (3) さらに、メチレン橋を除くα位脂肪族炭素(α−CH3基、アルキル基、ナフテン環のα―CH2基)の帰属、定量が可能となり、液化油の芳香族部分の骨格構造のみならずアルキル側鎖やナフテン環などに関する構造的知見も得られるようになった。

 (4) 以上の結果、13C―NMR法による構造解析が可能となり、1H−NMR法よりも詳細に液化油分子の平均化学構造を推察できるようになった。

詳しい内容

1H−NMRは脂肪族水素の結合形態について比較的詳しい構造的知見を与えるのに対し、13C−NMRは芳香族炭素の結合形態について詳細な情報を与える。方向族炭素は、水素化芳香族炭素、内部炭素、置換炭素の3種類で構成されているが、幸い13C−NMRスペクトルにおいても芳香族部分は上記の32グループにおおむねわけられることが、標準試薬の化学シフトデータから明らかとなった。したがってこれら3グループの化学シフト範囲を正確に決めることができるならば、各グループの面積強度比から、Broun−Ladner法の概念に基づいて石炭液化油の構造単位に関する各構造指数を求めることが可能になる。

 筆者らはすでに石炭液化油(ヘキサン抽出物)の13C−NMRスペクトルを用いて、標準試薬にくらべより複雑で大きな分子構造と推定されるため、標準試薬の化学シフトデータにみによる帰属には一定の限界が予想される。したがってこの問題を実際的に解決する方法として、石炭液化油自身の構造特性をもつ液化油分分別を用い、その特徴的なスペクトルから芳香族炭素を水素化芳香族炭素、内部炭素、置換炭素の各グループに分割する方法が有効であると考えられる、

 1 実験

 (1) 石炭液化油の調整

 内容積300mlの電磁回転かきまぜ式オートクレーブを用いて、赤平炭(C:83.0、H:6.1、O:8.6daf%)30gをアドキンス触媒3gとともに水素初圧100s/p2、反応温度400℃、反応時間1時間で水素化分解反応を行った。反応生成物は、ヘキサンでソックスレー抽出を行い液化油を得た。

 (2) 液体クロマトグラフィーによる液化油の分別

 USBM−API60法のシリアーカルミナ二層充てん液体クロマトグラフィーを一部修正して、石炭液化油を飽和炭化水素(Fr−P)、単環芳香族(Fr−M)、二環芳香族(Fr−D)、三環・四環芳香族(Fr−T)および多環芳香族―極性化合物(Fr−PP)に分別した。

 (3) 13C−、1H―NMRスペクトルの測定

13C―NMRについては、試料約200rをクロロホルム−d?mlに、1H ―NMRについては、試料約20rをクロロホルム−d?0.3mlにそれぞれ溶かし測定用試料とした。いずれも内部標準物質としてテトラメチルシランを用いた。

 2 結果と考察

 (1) 芳香族炭素帰属

 化学シフトデータから、一般に芳香族炭素は高磁場側から水素化芳香族炭素、内部炭素、置換炭素の順序で現われ、約129ppmを境にして高磁場側に水素化芳香族炭素、低磁場側に内部炭素、置換炭素の第四級炭素が現われることがわかる。このように標準試薬の化学シフトデータからでも石炭液化油のスペクトルのおおよその帰属が可能であるが、上記各グループの面積強度比から構造指数値を求めようとする場合、これらのグループの正確な化学シフト範囲の設定がきわめて重要となる。ここでは、標準試薬の化学シフトデータをもとにしながら、LC分別物のその特徴的なスペクトルからこれらグループの正確な化学シフト範囲を求めた。

 以上、標準試薬の化学シフトデータとLC分別物のスペクトルから水素化芳香族炭素、内部炭素、置換炭素の帰属をそれぞれ行ったが、このうち水素系芳香族炭素とそれ以外の第四級炭素の識別は、それらのスピン格子緩和時間における差の利用によっても可能である。炭素のスピン格子緩和時間(T1)はその結合形態と密接に関係しており、それぞれ固有の値をもっているが、一般に芳香族の第四級炭素は水素化芳香族炭素よりもいちじるしく長いT1値をもっている。石炭液化油の場合、多数の遊離基が含まれているため炭素のT1はかなり短くなっている。

 筆者らの測定結果によれば、Fr−M、Dの第四級炭素のTは10から15秒で、Fr−T、PPのそれは2〜4秒であった。一方、水素化芳香族炭素のTは、いずれのLC分別物においても0.8から2.0秒程度であり、第四級炭素に比べ著しく短いことがわかる。したがって、このT値の差を利用して水素化芳香族炭素と第四級炭素の識別ができる。

 (1) α位脂肪族炭素の帰属

 芳香族炭素の帰属が可能になった結果、13C−NMRスペクトルから石炭液化油の構造端子、すなわち芳香族環構造にかんする知見が得られるようになるが、液化油は一般に多数のアルキル側鎖やナフテン環を有する芳香族炭素水素である。したがってスペクトルからアルキル側鎖やナフテン環の量が求められるならば、液化油の芳香族環構造のみならず液化油分子全体の平均化学構造を求めることができるようになる。

 以上、スペクトルの脂肪族部部からメチレン橋を除く各結合形態のα位脂肪族炭素量を求めたが、これらの値はこれに結合している置換炭素量と等しくなるはずである。測定の結果、α−CH3基とナフテン環のα−CH2が結合した高磁場側置換炭素(Cs−H)に脂肪部分のアルキル側鎖を加えた値と、メチレン橋を除くα位脂肪族炭素(α―CH3基、α―CH2基、アルキ基)の総量を比較した。この結果、両者はかなりよく一致しており、置換炭素およびα位脂肪族炭素の帰属がほぼ妥当であったことを示している。Fr−Mについては、前に述べたように置換炭素の全量がα位脂肪族炭素の全量と等しくなる。

 このように、芳香族炭素のみならずα位脂肪族炭素の帰属、定量が可能になり、液化油の平均化学構造をより詳しく推察できるようになった。

 特長

 石炭液化油のような複雑な天然有機物の化学構造を知るため、従来の1H―NMR法にかわって、13C−NMR法により構造解析を行った。

 その結果、この方法は従来に比べて、より優れた結果が得られることが認められた。

応用分野

 天然有機物すなわち石炭、リグニン、泥炭、バイオマスなどの構造解析技術