塩化ホスホニトル3量体(PNCl2)3、4量体(PNCl2)を原料とした重合体は、リンおよび窒素を骨格とするため有機系高分子に比して高い耐熱性を示す。しかし、リンに結合している塩素が加水分解し易いため、化学的に不安な欠点がある。従って、この塩素のかわりに加水分解等を受けにくい化学的に安定な置換基を導入することにより、熱的に安定な無機系の各種高分子化合物が作り得る可能性がある。
本研究においては上記の観点に立ち、塩化ホスホニトル化合物の塩素部位に各種置換基を導入した誘導体並びにこの誘導体を重合させた高分子化合物合成の研究、および作成した高分子化合物の熱的特性、化学的安定性についての研究を行った。
1.ホスホニトリル誘導体ならびに重合体合成の研究
塩化ホスホニトリルの塩素置換基として硫黄、トリルアルコール、フェノキシジルアルコール、プロビリデンビフェニール等を導入した化合物の合成と構造解析、並びに各種重合法を適用して得られる重合体の性質等についての研究を行った。
例として、塩化ホスホニトリルと水素硫化ナトリウムの反応生成物についての研究結果を以下に述べる。
塩化ホスホニトリルと水素硫化ナトリウムとをジオキサンまたはテトラヒドロフラン溶媒中において30℃、24時間反応させると(1)式に示す塩素置換反応が生じ、図1に示すように(PN(sH)2)3が生成する。この反応は、
(PNCl2)+6NaSH→(PN(SH2))3+6NaCl
であって、これを定量的に進めるためには(PNCl2)3とNaSHのモル比は24とする必要がある。生成物がSH置換体であることは図2に示したP−NMRスペクトルにおいて-10.15ppmにシングルピークが得られること、および図3に示した赤外スペクトルならびに表1の元素分析結果から確認した。
この化合物は極性有機溶媒に易溶、無極性有機溶媒には可溶であるが、水には難溶、かつ加水分解せず安定である。また融点は98℃であり、図4に示したように162℃で硫化水素を発生する反応が生ずる。この反応の生成物は赤外スペクトルにおいて500〜550cm-1にP=S結合にもとづく吸収が見られることから次式に示す重合反応が生じたものと思われる。
n(PN(SH)2)→(PNS)n+3nH2S・・・・・(2)
上記重合反応の生成物は溶融せず、400℃以上においても加熱減量は認められず、熱的に安定な化合物である。また各種の溶媒、水には不溶である。
2.PN系無機高分子の熱分解特性の研究
塩化ホスホニトリルを原料とし加水分解反応を生じ易い塩素をメトキシド(CH3O)、エトキシド(C2H5O)、トリルアルコキシド(CH3C6H4)CH20H3)類およびフェノキシベルジルアルコキシド類等により置換した重合体を作り、これらの熱分解特性の解析を行った。実験方法は、ガスクロマトグラフに熱分解炉を接続し、分解ガスを分析することにより、熱分解反応を推定する方法に依った。熱分解温度は示差天秤の測定結果において大きな重量変化を生ずる温度とした。試料は、赤外スペクトルおよび31P核磁気共鳴装置により構造を確定したものを用いた。
以上の試験の結果、直鎖状アルコキシド置換体に比してトリルアルコキシド等の環状アルコキシド置換体の熱分解特性が優れており、更にフェノキシベルジルアルコキシド置換体重合物に見られる環状構造のものが最も熱安定が高いこと(約450℃)が見出された。また、熱安定性は重合度の上昇と共に増加する傾向も見出された。熱分解生成物の分析結果から上記アルコキシド置換体重合物の分解はほとんどP-Oの結合の切断によることも見出された。
特 長
塩化ホスホニトリル化合物は耐熱性の高い物質であるが化学的に安定な欠点がある。この研究は、塩化ホスホニトリル化合物の塩素部位に各種置換体を導入して、熱的、化学的に安定な誘導体を合成したものである。
熱的、化学的に安定な新素材の提供。
化学組織 | 計算値 | 実測値 | ||||||
P | N | S | 分子量 | P | N | S | 分子量 | |
P3N3S6H6 | 27.78 | 12.98 | 59.35 | 330 | 28.12 | 12.81 | 58.90 | 359 |