酸素の定量法は、当所において開設以来実施してきた石炭の高度利用、特に石炭の水素化分解反応(石炭液化)において石炭中の有機性酸素は所要水素量および反応生成物の分布を支配する大きな因子と考えられる点で重要である。ここでは、高精度の有機物中酸素の定量分析法の確立とそれを利用した石炭中の酸素の定量を行った。すなわち、酸素プラズマによる低温灰化法で、石炭から鉱物質を変質させずに分離し、このなかに含まれる無機酸素と石炭の全酸素量とから、石炭中の有機酸素を定量する方法を検討したものである。
1.石炭中の有機酸素の定量
従来、石炭中の有機性酸素は2つの方法で測定されている。すなわち、炭素、窒素、硫黄、灰分を測定し、その合計を100から差し引いて、有機酸素とする間接的方法と、石炭中の鉱物質を、フッ酸と塩酸で溶出させ残余の有機質を熱分解法、あるいは放射化分析法の試料とし、有機酸素を求める直接的方法とである。間接的方法では、各元素の分析誤差が集積される。また、直接的方法においては脱灰を完全にするのは難しく、残余の灰分中の酸素が誤差の原因となる。
本研究は、石炭中の鉱物質を変質させることなく分離定量する方法として、高周波で励起された酸素気流中で有機質を酸化除去できる低温灰化法を用い石炭中の有機酸素を求める方法を検討したものである。酸素の定量には直接的酸素分析法である熱分解法と放射化分析を用いた。
2.実験方法
(1)試料
石炭試料は、北海道炭6種を200mesh以下に粉砕して使用した。試料は気乾試料を用い試料中の無水試料重量は、あらかじめ測定しておいた相対湿度と試料炭水分の関係を用いて算出した。
(2)酸素プラズマによる低温灰化
低温灰化装置はインターナショナル・プラズマ社製のIPC−1101型を用いた。試料約1gを灰化室に入れ、所定の高周波出力を加えて酸素をプラズマ化し、灰化すると数時間毎に灰化を止めて、デシケーター中で放冷し、試料をかきまぜ、減量しなくなるまで繰り返して灰化を終了させた。
(3)熱分解法による酸素の分析
石炭、低温灰化物および粘土鉱物から熱分解して放出される熱分解性酸素量の分析には柳本製有機酸素分析装置M0−10型を用いた。試料(1〜3mg)は熱分解され、さらに五酸化ヨウ素で酸化される。そのとき生成するヨウ素を比色定量する。
(4)間接法による酸素の分析
炭素、水素、窒素の測定には、柳本製C.H.N.コーダーMT−2型を用いた。硫黄の測定には国際電気製クーロマチック“S”VK−3B型を用いた。
3.結果と考察
(1)低温灰化条件の設定
無機質を変質させず灰化を完全に行う条件を見いだすために、灰化温度および鉱物質に対する影響を調べた。その結果、高周波出力900Wの場合は灰化時の温度は287〜300℃、600Wの場合は247〜261℃、200Wの場合は147〜168℃と推定でき、比較的低温であることが分かった。また高周波出力が600W以下では、これらの鉱物質は分解せず低温灰として完全に回収できることが分かった。更に低温灰化の前後での含有酸素量についても4種類の粘土鉱物は、総て低温灰化により酸素含量に変化が起こらないことが確められた。これらの結果から考えて、石炭の低温灰化は高周波出力600W以下で行うことが適当である。
試料炭 | *灰分 (% dry) | LTA 600W | LTA 200W | ||||
灰化時間 (hr) | LTA(% dry) | LTA/Ash | 灰化時間 (hr) | LTA(% dry) | LTA/Ash | ||
Teshio | 18.2 | 80 | 20.6 | 1.13 | 100 | 20.5 | 1.13 |
Taiheiyo | 8.8 | 120 | 10.5 | 1.19 | 120 | 10.8 | 1.22 |
Horonai | 19.7 | 11 | 22.9 | 1.16 | 45 | 22.9 | 1.16 |
Ashibetsu | 26.0 | 11 | 29.7 | 1.14 | 45 | 30.0 | 1.15 |
Utashinai | 24.8 | 41.5 | 28.0 | 1.13 | 37 | 27.8 | 1.12 |
Yubari | 5.5 | 10 | 7.9 | 1.44 | 37 | 7.8 | 1.42 |
(2)石炭中の鉱物質量と灰化時間
6種の石炭を低温灰化装置(LTA)により高周波出力600W、200Wで灰化した結果を表1に示した。各炭種とも低温灰の収率は高周波出力によっては変わらない。太平洋炭が酸化されにくいのはこの炭の特異な構造のためと推察される。高温灰と低温灰との収率の比は一般的に1.1〜1.2の範囲にあるが、夕張炭が特に大きい値を示しているのは炭酸塩の多いためであることが示差熱天秤による分析から明らかとなった。
(3)石炭中の有機酸素の定量
石炭中の有機酸素量を次に示す方法で求めた。まず、石炭中の全酸素を2種の直接酸素分析で測定する。放射化分析では有機酸素(A)と無機酸素(B)の和が求められる。また、熱分解法では有機酸素(A)と無機酸素中で分散して放出される酸素(B’)の和が測定される。次いで、低温灰化により石炭中の鉱物質を変化させずに分離し、低温灰とし、その酸素を測定する。放射化分析では(B)が求められ熱分解法では(B’)が求められる。故に有機酸素量は放射化分析では(A+B)−(B)=(A)。熱分解法では(A+B)−(B’)=(A)となり、両者は一致するはずである。放射化分析法および熱分解法によって石炭中の酸素量を測定し、一方石炭を高周波出力200Wおよび600Wで低温灰化して得られた低温灰を試料として各石炭の鉱物質中の酸素を放射化分析および熱分解法で定量した。この結果を用いて得られた石炭中の有機酸素量(純炭ベース)を表2に示した。2種の分析法、2種の低温灰化条件で得られた有機酸素量は各炭種で良く一致した。更に歌志内炭を試料として、フッ酸と塩酸処理で脱灰し放射化分析により定量した有機酸素量は7.4%で低温灰化処理から求められた酸素量と一致した。このことは低温灰化処理により石炭中の鉱物質の酸素を含む構造の変化が、殆ど起っていないという推察を支持しており、低温灰化法による石炭中の有機酸素定量法の妥当性を示している。
(4)低温灰化法と間接法による有機素定量値の比較
表3に間接法により求められた有機酸素量と低温灰化法から求められた有機酸素量の差(Odaf-Oave)を示したが、その差は大きく、従来石炭の構造解析などに用いられた酸素値は真の値より相当大きい値であることが推定される。更に同一のベースで比較するため、間接法による酸素量を純炭ベースに換算した値と、低温灰化法からの有機酸素量の差(Odmf-Oave)も同表に示した。この差は全て負の値になる。これは石炭鉱物質の炭酸塩、構造水が分解して放出する炭酸ガス、水をそれぞれ炭素、水素として測定しているためと推定される。
試料炭 | 中性子放射化分析 | 熱分解法 | ||
LTA200W | LTA600W | LTA100W | LTA600W | |
Teshio | 23.0 | 23.2 | 22.8 | 22.7 |
Taiheiyo | 17.1 | 17.1 | 17.4 | 17.4 |
Horonai | 11.5 | 11.3 | 11.2 | 11.0 |
Ashibetsu | 8.5 | 8.6 | 8.9 | 9.0 |
Utashinai | 7.9 | 7.5 | 7.5 | 7.2 |
Yubari | 5.1 | 4.8 | 5.2 | 5.1 |
試料炭 | 最終分析値(%, d.m.f) | ||||||
C | H | N | S | Odmf | Odmf-Oave | Odaf-Oave | |
Teshio | 71.7 | 5.7 | 1.5 | 0.4 | 20.7 | -2.3 | 0.3 |
Taiheiyo | 76.6 | 6.2 | 1.1 | 0.1 | 16.0 | -1.1 | 1.9 |
Horonai | 84.0 | 5.5 | 0.9 | 0.4 | 9.2 | -2.1 | 2.6 |
Ashibetsu | 85.1 | 5.3 | 1.4 | 0.6 | 7.6 | -1.2 | 4.1 |
Utashinai | 85.4 | 6.7 | 1.8 | 0.7 | 5.4 | -2.1 | 2.3 |
Yubari | 88.1 | 6.1 | 1.3 | 0.2 | 4.3 | -0.8 | 1.8 |
特長
この研究は、石炭中の有機酸素の迅速定量法について行ったもので、高精度の有機物中の酸素の分析法を確立した。方法としては、酸素プラズマによる低温灰化法により、石炭からの鉱物質を変質させることなく分離し、そのなかに含まれる無機酸素と石炭の全酸素量とから、有機物酸素を定量するものである。
石炭のみならず有機物一般の酸素の定量分析。