TN16 炭化硅素膜の評価技術

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内容の要約

 各種表面分析手段の開発と進歩にともないその多方面への応用に関連して、定量的分析方法の確立が急務とされている。その際の重要因子として、固体表面の二次元的ならびに三次元的分析と、入射ビームを可能なかぎりしぼっての局所分析における分解能と感度向上とがあげられている。一方、実際上の問題としては合金材料や化合物材料がしばしば分析の対象とされるが、その場合には元素分析のほかに状態分析が必要となり、特に定量的分析法の確立が重要視されている。

 この報告は無機固体化合物の表面および深さ方向における定量的状態分析法の確立を目的として、X線光電子分析法(以下XPSと略記)の利用により炭化ケイ素材料表面を対象にして行った研究である。

 炭化ケイ素(以下SiCと略記)は各種の工学的用途を有するが、最近特に核融合炉第一壁材料として有望視され、プラズマとの相互作用という観点から研究例が増加しつつある。特にプラズマ中への不純物混入の軽減を目的としての、低原子番号材料の金属表面へのコーティングが注目されている。本所究では、まず均一エッチングのための最適条件の選定を行うとともに、XPSによる状態分析における光電子収量の基本的な検討を行い、深さ方向の定量的状態分析法の確立をはかった。次いで、核融合炉第一壁材料としてのSiC膜に応用してこの方法の適用性を実証しようとした。その結果、末だいくつかの未解決の問題は残されているが、多くの実用に耐えられる方法を確立することができた。

 今後、より高い定量精度、深さ方向分解能のための改善が必要であるが、XPSが薄膜の深さ方向分析に極めて有力な測定手段となり得ることが実証された。また、他の手段(例えばオージェ分析)との複合化による同時測定はより効果的な分析手段となるであろう。

詳しい内容

 1. 実験方法

 (1) XPS装置

 本研究で使用した装置はAEIES−200型X線光電子分光装置で、その試料室の構成を第1図に示す。スパッタエッチング用イオン銑はPHI社製の5KeVのもので、標準の使用条件で最大10o×10oの試料表面をラスタリング可能である。試料は回転できるので、それぞれの所定の位置に設定してXPS測定とスパッタエッチングを交互にくり返すことができる。試料室内は拡散ポンプにより3×10-1Torr以下に保った。励起用X線はAlkα(hv=1486.6eV)を用いた。結合エネルギーの基準はAu4f7/2のそれを83.8eVとした。試料のチャージングによるピーク位置のシフトの補正は必要に応じて行ったが、その際試料表面に極く薄く金を蒸着しAu4f7/2の基準値からのシフト量を用いて補正を行った。

 スパッタエッチングはアルゴンイオンを用いて行い、イオン入射角は試料面に対し30°、電圧5kVのビーム(直径約1o)をラスターさせながら行った。イオン電流は10μA/p2、アルゴンガスの純度は99.998%であった。

 (2) 試料

 本研究では高純度シリコン単結晶ウェハーのほか、SiCコーティング膜を試料として用いた。コーティング試料はA/Bのように表わし、基板B上に作られた膜がAであることを示す。SiC/Cはパイロリティックカーボン基板上にCVD法で40μmのSiCをコーティングしたもので、X線回析によりβ−SiCであることが確認された。SiC/Moはモリブデン基板上に高周波スパッタ法により3μmのSiCを析出させたものである。

 2.結果と考察

 (1) XPSにおけるシールディングの影響

 市販のスパッタエッチング用イオン銃を用いて大面積を均一にエッチングすることは困難で、イオン密度の均一性をあらかじめ調べておく必要がある。そこでシールドを用いるる方法を考案し、その条件選択を行った。

 (2)XPSによる状態分析の定量化

 XPS測定から固体表面の状態分析が可能であるので、測定結果の定量的解析法が確立されれば極めて有益な情報を提供することになる。本研究ではシリコン試料のXPSスペクトルについて異なる状態のピークを分離し定量的にフラクション表示する方法を検討した。

 (3)SiCコーティング膜に対するXPSの応用

 先ず、X線回析によりバルク構造がβ−SiCであることが確かめられたSiC/Cを用いてXPS測定を行った。

 第2図はスパッタエッチングに伴うスペクトルの変化の様子を示したものである。最初CISスペクトルは複雑な形を与えるが、60分エッチングの後は単一のピークとなる。このとき表面組成はオージェ分析による結果からSi:C=1:1となっていると考えられる。このことから60分エッチング後の表面をSiC標準として、その測定より得られたピーク形および基準データを以後の解析に用いた。第3図は前に述べたと同様の取扱いによりCISおよびSi2pピークをSiCによるもの(CIS(SiC)、Si2p(SiC))と、より高結合エネルギー側に得られる残りのピーク(CIS(resid)、Si2p(oxid))に分離し、CIS、0IS、Si2pの相対感度を用いて得られた成分フラクションの変化を示す。横軸の深さスケールは厚さ既知のSiC膜を用いて得られたエッチング速度4.4Å/minによって目盛った。図から表面が僅かに酸化されていること、またC(resid)は減少しながらも約200Åの深さ迄存在することがわかる。CIS(resid)のピーク位置は最初表面汚染によると思われる炭化水素の位置であったが1分のエッチング後はグラファイトの位置に移った。このことからこの膜の表面で過剰な炭素が遊離炭素として存在すると推定される。

 次に、SiC/Cによる結果を参照しながらSiC/MoのXPS測定を行った。この試料のSiC膜の厚さは約3μmと薄く結晶性が良くないためにX線回析による同定は不可能であった。SiC/Cの場合と同様にしてスパッタリングによる組成変化を調べた結果を第4図に示す。各成分の変化のパターンはSiC/Cと良く類似している。しかし光沢の差異から推察されるようにSiC/Cに比べ、SiC/Moの表面はより大きな粗さを有するので、炭素過剰層が表面の大きな凸凹に沿って存在することにより見掛け上大きな厚みとして観測される可能性もあり、この実験結果のみでは厳密な厚みの比較はできない。炭素過剰層の詳しい構造およびその成因については引続き検討を行っている。

 特長

 炭化硅素は、各種の工学的用途を有しているが、最近は核融合第一壁材料として有力視されている。この研究はX線光電子分光法によって、炭化硅素の表面及び深さ方向における定量的状態分析法を確立しようとしたものである。その結果、この方法は、薄膜の深さ方向の分析について極めて有力な技術であることが実証された。

応用範囲

 原子力発電の炉壁材、一般発電所のタービン関係、その他材料の表面評価技術



第1図 XPS装置
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第2図 SiC/C のスパッタリングによるXPSスペクトルの変化
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第3図 SiC/C のスパッタリングによる組成変化
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第4図 SiC/Mo のスパッタリングによる組成変化
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