酵素と有機合成

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加我晴生
1989年1月 北海道通産情報 44(1),52-53

 手や靴のように自分自身の鏡像と重ならない物体をキラル(手を意味するギリシャ語に由来する)と呼びます。 これに対して靴下のように,自分自身の鏡像と重なる物体をアキラルと呼びます。 キラルな物体は互いに鏡像の関係にある一対をつくりますが,アキラルな物体にはそのような対はありえず,単独物体です。 キラルな物体では一対のうちの片方だけが必要な場合も多くあります。 ふつうボルトにナットをはめるときには,時計方向に回すと締まります。 仮に,このナットと鏡像関係にあるナット,つまり逆方向にネジを切ったナットがあったとします。 それはこのボルトに対しては何の役にもたちません。
 さて,アミノ酸,糖,タンパク質などのように天然に存在する多くの有機化合物はキラルであり,我々はキラルな世界に存在しているともいえます。 有機化学では,右手と左手のように互いに鏡像関係にあり,重ね合わせることのできない化合物を鏡像異性体と呼んでいますが,面白いことに我々生物体にとっては,この異性体の右型と左型とでは月とスッポンほどにも異なった物質なのです。