メタセシス反応のためのモリブデン系錯体触媒とその固定化

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平間康子/ 高橋富樹/ 日野雅夫/ 神力就子
1987年1月 北海道工業開発試験所報告 41,1-24

 近年の科学の進歩は生物に学んでこれを人類社会に役立つ技術とすることを可能にするようになった。 バイオテクノロジー,バイオミメティックテクノロジーの登場である。 古くから,常温・常圧の化学技術として酵素による発酵産業が伝統的に存在してきたが,酵素の固定化法の飛躍的発展にともない最近では数多くの産業プロセスに酵素反応が取り入れられるようになっている。 これまでの重化学工業のほとんどが高温・高圧下の触媒反応によるものであり,この反応の過酷な条件がもたらす事故,環境の汚染,エネルギーの浪費等は常温・常圧の化学,無公害プロセスへの関心を高めてきた。 しかし現代の産業において要求されている反応の多様性は酵素だけで応えきれるものではなく,加えて酵素の安定性などの問題もあって常温・常圧下で機能する触媒の探索がますます求められている。
 酵素はMo,Feなど多くの種類の金属を含むタンパク質高分子であるが,その高次構造が基質と触媒作用点との接触を効率化し,触媒反応の選択性を作り出していることが知られている。 この機能に学ぶものとして金属錯体が挙げられ,その反応性が研究されてきた。 例えば空気中の窒素を固定しこれをアンモニアに変える根粒菌などの微生物の作用はその酵素機能によるものであるが,この常温・常圧の温和な反応に倣って内田,干鯛らはモリブデン,タングステンを含む窒素錯体を合成し,これを原料として温和な条件でヒドラジンを合成できることを報告した。 この窒素錯体を改質し触媒として連続生産に持ち込むための研究が現在行われている。 その他多種多様な金属錯体の触媒作用が少なからぬ人により研究されている。 全般的には内田,干鯛らの例と同様にいかに安定で活性のある触媒を作り出すかが問われており,実用化のための研究が始まっている。 常温・常圧下で機能する触媒の開発は21世紀へ向けての正に最先端の研究課題であろう。
 筆者らは上に述べた観点から最近Mo-π-アリル錯体の固定化とメタセシス反応の研究に着手したが,その開始に当たりメタセシス反応用としてのモリブデン系触媒について錯体触媒を中心に研究の現状を調査した。 本課題に関連した総説はいくつか見られるが研究の内容を幅広く詳述したものは見当たらない。 そこで,この方面の研究に関心を持たれる方々への一助にと考えその調査内容を紹介することにした。 1は遷移金属錯体の触媒作用を,2ではメタセシス反応とは何か,その反応の意義を,3では均一系触媒のデメリットの改善策ならびに固体触媒の分子設計へのアプローチとしても大きな意義を持つ金属錯体触媒の無機担体への固定化の研究を紹介する。