研究紹介
植物の光合成メカニズムで太陽エネルギーを用いて水から水素を製造する人工光合成技術
−可視光での水の完全分解反応を世界で初めて達成−

研究の背景

 太陽エネルギーを用いて水と炭酸ガスから酸素と有機物を合成したり、水を水素と酸素に分解するといった光エネルギー変換・蓄積(アップヒル)型の「人工光合成システム」の実現は、科学者にとって大きな夢であるが、実際には非常に難しい技術である。人工光合成研究の必要性を図0に示す。特に「水の完全分解」は最も基本となる反応である。植物の光合成では、クロロフィルを用いた2種類の光吸収中心と多くの電子リレー(キノンなど)を用い、水を分解して酸素を発生するとともに炭酸ガスを糖に還元している。光合成メカニズムを図1に示す(この電子の流れの形から「Zスキーム型反応」とも呼ばれる)。これまでの人工光合成の研究は、主にクロロフィルのような金属錯体の研究者を中心に行われてきた。しかし、水から酸素を引き抜く反応は4つの電子を同時に用いる反応なので制御が難しく、また通常の金属錯体が酸素に対して不安定なため、金属錯体の分野での「水の完全分解」は、ほとんど実現できていなかった。

 一方で、半導体粉末を用いた光触媒分野では、1980年代に酸化チタンやチタン酸ストロンチウムなどの粉末光触媒により、水が紫外線照射下で完全分解できることが判って以来、水を完全分解するための光触媒研究が盛んに行われてきた。現在では、太陽光にも含まれていない300nm以下の紫外線ではあるが、量子収率が50%を超える光触媒も見つかっている。しかしながら可視光では非常に難しく、長年成功していなかった。太陽光には紫外線はわずかしか含まれておらず、効率的なエネルギー変換のためには、どうしても太陽エネルギーの半分を占める可視光を利用することが不可欠な条件である。そのため、可視光応答性半導体の研究が最近は水分解応用だけでなく環境浄化応用についても非常に盛んになっている。酸化チタンを修飾して可視光応答性を持たせる研究も盛んに行われているが、これらの触媒では水素を発生できる能力がほとんどなかった。

図0 人工光合成研究の必要性

Zスキーム型光触媒反応研究の経緯

 産総研では、植物の光合成メカニズムを模倣すれば、可視光での水の分解ができると考えて、研究を行ってきた。光を吸収する材料としては、不安定な金属錯体系ではなく、安定で酸素を発生しやすい可視光応答性の酸化物半導体光触媒を中心に検討した。図1の「Zスキーム」が示すように光合成では、クロロフィルを用いた2種類の光吸収中心と多くの電子リレーを用い、水を分解して酸素を発生するとともに炭酸ガスを糖に還元しており、炭酸ガスの還元側をPSI(光システムI、PhotoSystemI)、酸素発生側をPSII(光システムII、PhotoSystem II)と呼んでいる。本研究においては、まずレドックスリレーを単純化してI-(ヨウ素イオン)とIO3-(ヨウ素酸イオン)という一組のレドックス対でPSIとPSIIを連結した。PSIとしてはクロムをドーピング(結晶格子置換)したチタン酸ストロンチウム( SrTiO3 )半導体粉末( 600nmよりも波長の短い光を利用できる )に白金を担持した光触媒、PSIIとしては酸化タングステン( WO3 )半導体粉末( 460nmよりも波長の短い光を利用できる )に白金を担持した光触媒を用いた(図2)。具体的には、上記の2種類の光触媒をヨウ化ナトリウムの水溶液に混合して懸濁し、可視光を照射するだけである。それだけで水が分解し、水素と酸素が2対1で長時間定常的に発生した(図3)。これは、まさに可視光応答性の人工光合成システムを構築した世界初の例と言える。また、従来法(一段励起法)と異なり、水素と酸素を別々に発生させることも可能である。

 現状での変換効率はまだ非常に低い( 420nmで1% )が、本研究が可視光利用への糸口となって研究が進むことにより大幅に性能向上が期待できる。

図1
図1 光合成メカニズム

図2
図2 二段階光反応のメカニズム

図3
図3 可視光での水の完全分解の経時変化

光触媒−電解ハイブリッドシステム

 上記のZスキーム型光触媒反応の活性が低い大きな原因はPSI側の水素発生用光触媒の性能が低いためである。そこで、産総研では図4・図5のように、水素発生用光触媒の代わりにFe2+を還元しながら水素を電解製造する光触媒ハイブリッドシステムを考案し、基本原理を確認した。Zスキーム型光触媒反応よりも水素捕集が圧倒的に簡便で、安全・低コストである。経済性についても試算し、日本の電力料金でも実用化の可能性があることを確認した。光触媒を用いた太陽光水素製造の最終形はこのようなシステムが理想的と言える。

図4
図4 光触媒−電解ハイブリッドシステムの原理
図5 光触媒−電解ハイブリッドシステムの模式図図5

プレス発表

セシウムで表面処理した高性能光触媒を開発 (2010年3月11日発表)
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2010/pr20100311/pr20100311.html

人工光合成システムで可視光による水の完全分解に世界で初めて成功 (2001年12月6日発表)
http://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2001/pr20011206_2/pr20011206_2.html

用語の説明

◆ 光触媒( ひかりしょくばい、photocatalyst )
 光触媒は光吸収により励起され、酸化反応および還元反応を引き起こす触媒物質である。不均一系の半導体光触媒と均一系の色素光触媒などがある。太陽エネルギー変換のためにはエネルギー蓄積型の化学反応(up-hill反応)をおこす必要がある。水を水素と酸素に完全分解する反応、炭酸ガスと水から有機物を合成する反応、窒素と水からアンモニアなどを合成する反応などが代表的な例である。
 光触媒を用いた太陽エネルギー変換の最大の特徴は、システムの単純さと大面積化が容易な点である。太陽エネルギーの重大な欠点はエネルギー密度が低いことであり、安価で単純な光触媒は太陽エネルギー利用のための有望な技術の1つである。
 現状での最大の問題点は効率が低いことである。量子収率としては太陽光にほとんど含まれていない300nm以下の波長領域で50%以上の報告もあるが、それ以上の波長の紫外線では最高でも10%程度である。可視光線が利用できる光触媒が非常に限られていることも問題である。しかし、効率がある程度低くても、単純なシステムで長寿命、低コストであればエネルギー収支や経済性の面で優位性が出てくる。
◆ 光触媒の原理( ひかりしょくばいのげんり、principle of photocatalyst )
 半導体は伝導帯と価電子帯が禁制帯で隔てられたバンド構造を有する。色素では最低空分子軌道(LUMO)と最高被占分子軌道(HOMO)にそれぞれ相当する。バンドギャップ以上のエネルギーを持った光を照射すると、価電子帯の電子が伝導帯に励起され、その結果として伝導帯に電子が、価電子帯にその抜け殻の正孔が生成する。伝導帯に励起された電子は価電子帯にあるときよりも還元力が非常に強くなるため、暗時では起こらない還元反応を起こすことができる。同様に、正孔も強力な酸化反応を起こす。水の完全分解を進行させるには、伝導帯の底がH+/H2の酸化還元電位(0V vs. NHE, pH=0)よりも負で、価電子帯の上端がO2/H2O電位(1.23V vs. NHE, pH=0)よりも正でなくてはいけない。反応の過電圧が全くないと仮定すればバンドギャップは1.23Vあれば良く、つまり1000nmまでの光を理想的には利用できる。しかし実際にこの条件を満たす半導体を水に入れて光は照射しても反応はほとんど進行しない。水の完全分解を進行させるためには更に次のような条件が必要である。
  • 光反応に安定であり、分解や溶解しない。
  • 電荷分離を促進し、電荷再結合を抑制する。
  • 白金などの助触媒を担持して過電圧を下げ、高効率な反応活性点を造る。
  • 生成物や中間体の逆反応を抑制する。
◆ 水の完全分解( みずのかんぜんぶんかい、stochiometric water splitting )
 水の完全分解(または全分解)とは、水素と酸素が2対1の化学量論比で定常的に発生する反応のことである。水素だけを観測して酸素が発生しないという触媒的でない論文が過去に多数存在したため、これと区別するためにこの用語を用いる。酸素が発生しない場合は触媒が劣化して反応は止まってしまう。
 水の完全分解が進行しているかどうかを確かめるには、まず水素と酸素が化学量論比で発生しているかを調べる。さらに長時間反応後の発生ガスの総量が触媒量を十分上回っているか、触媒は変化していないか、メカノキャタリスト反応が起きていないか、等を充分に確かめることが重要である。
 また、メタノ−ル水溶液からの水素発生や硝酸銀水溶液からの酸素発生は水の分解反応ではあるが、完全分解反応ではない。これらの反応は不可逆的であり、また光エネルギ−の蓄積にはならない。メタノ−ルや銀イオンなどの不可逆な電子授与体や電子供与体を犠牲剤と呼んでいる。
◆ 可視光応答性光触媒( かしこうおうとうせいひかりしょくばい、visible light responsive photocatalyst )
 可視光は400nm(380nm)から800nmまでの波長領域の光である。最も代表的な二酸化チタン光触媒はちょうど可視光領域手前の光を利用する紫外光応答性光触媒であるので、一般にはその吸収を越える波長の光を利用できる光触媒が可視光応答性光触媒と考えられる。
◆ 多段光励起反応( ただんひかりれいきはんのう、multi-step photo-excitation reaction )
 通常の光触媒反応は一段光励起反応である。一方、植物の光合成のメカニズムは、2種類の光励起中心と、酸素発生中心、そしてそれらを連結する多くのレドックス電子移動媒体により成り立っている。その電子移動の形態からZ−スキーム機構とも呼ばれている。この反応機構を模倣し、2種類の光触媒と単純なレドックス媒体を用いた反応が二段光励起反応であり、まさに人工光合成システムである。この反応の利点は、ある光触媒に対して効率の高いレドックス媒体を選択できることである。また、水素と酸素の分離発生も可能である。水素発生系に色素増感光触媒の利用も可能である。
◆ 半導体光触媒の種類( はんどうたいひかりしょくばいのしゅるい、a variety of semiconductor photocatalyst )
 最も代表的な光触媒は二酸化チタン(TiO2)系である。反応には白金等の助触媒の存在が不可欠である。Pt-TiO2は水酸化ナトリウムをコーティングして水蒸気反応で実験を行うか、懸濁系では高濃度炭酸塩を添加したり光を上方から照射することによって水の完全分解が観測される。その他の単純酸化物半導体としてはTa2O5やZrO2がある。
 複合酸化物としてはSrTiO3をはじめとして多くの種類が報告されている。助触媒はRuO2やニッケルを部分酸化したNiOxの利用が多い。K4Nb6O17は層状化合物でニッケルや白金を層内に担持すると活性が向上する。NiO-NaTaO3の量子収率は300nm以下で50%に達する。ZrO2でも同様に非常に高い量子収率を示し、かつ助触媒も不用である。初期の研究ではTi, Nb, Ta系などd軌道に電子がない半導体が多く検討されたが、In,Sn系などd軌道に電子が満たされた半導体光触媒でも活性が報告されている。
 非酸化物としては、最近GaN-ZnO固溶体型光触媒が可視光での水の完全分解に成功している。
◆ 助触媒( じょしょくばい、co-catalyst )
 半導体粉末上に担持したり、反応系に添加することで活性を発現させたり向上させる触媒。担持助触媒としてはPt, RuO2, NiOx, NiO等がある。助触媒の役割は、活性サイトとして働いたり、電荷の蓄積により多電子反応を促進したり、電荷分離を促進するなど様々である。例えばPtは水素発生の過電圧を大幅に下げる働きをする。一方で逆反応を促進する場合があるので、担持量や利用方法を工夫する必要がある。
◆ 人工光合成(じんこうこうごうせい、artificial photosynthesis)
研究分野によって定義は異なる。例えば錯体化学では、植物の光吸収用ポルフィリン錯体や酸素発生用Mn錯体の機能を部分的に模倣する研究自体を示す。反応で区分する場合は、光エネルギーを化学エネルギーに「直接」変換・貯蔵するアップヒル反応を起こすシステムを示す。水を水素と酸素に完全分解する反応、炭酸ガスと水から有機物を合成する反応、窒素と水からアンモニアなどを合成する反応は3大人工光合成反応である。(均一・不均一)光触媒や光電極反応がその範疇になる。太陽電池と電気分解を組み合わせた水素製造では、直接的な変換ではないので、人工光合成ではない。

更新日:2010.3.11.
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