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研究内容

「国際基準に適合した次世代抗体医薬等の製造技術」プロジェクト
〜バイオ医薬品の先進的品質評価技術の開発〜

バイオ医薬品は、生体による生合成過程を生産に利用していることから、分子構造上、不均一なものが産生される可能性が本質的に存在する。バイオ医薬品の有効性や安全性に及ぼす有効成分の分子不均一性の影響については未解明の部分も多いが、生じた凝集体や非天然型糖鎖等に副作用を惹起するリスクが潜在することが指摘されている。米国食品医薬品局(FDA)を中心とする各国規制当局や内外専門家間の共通理解として、現行の分析技術レベルでは不十分であり、かつ今後重要となる品質評価項目として、バイオ医薬品の立体構造変化による不均一性、会合凝集による不均一性および糖鎖修飾による不均一性が挙げられており、これらの政策課題に応えるための先進的品質評価技術の開発が期待される。

1.バイオ医薬品の立体構造変化に伴う不均一性評価技術の開発
バイオ医薬品は、有効成分が固有の立体構造を形成することで特徴的な治療効果を発揮するが、一般に立体構造の物理化学的解析には長期間を有するため、その恒常性や異常構造の混入を高精度で迅速に評価する実用的な分析手法はない。そこで、製薬の品質管理工程で活用可能な実用的な不均一性評価技術の提供を目指し、バイオ医薬品の立体構造恒常性の高感度検出技術と専用分析装置等の開発を行う。
2.バイオ医薬品の会合凝集に伴う不均一性評価技術の開発
バイオ医薬品の有効成分は、本来的に不安定な生体分子であることから、生産・保存・運搬等の過程で様々なストレスにより容易に会合凝集する。生じた会合凝集体は、バイオ医薬品の効能低下のみならず不測の副作用を起こす可能性があることから、製薬中の会合凝集体の混入は限りなく小さいことが望ましい。そこで、製薬の品質管理工程で活用可能な実用的な不均一性評価技術の提供を目指し、バイオ医薬品中の会合凝集体の高感度検出技術と専用分析装置等の開発を行う。
3.バイオ医薬品の翻訳後修飾に伴う不均一性評価技術の開発
バイオ医薬品の有効成分には、翻訳後修飾により糖鎖が付加されていることが多いが、その糖鎖の付加パターンや糖鎖の分子構造は均一ではない。糖鎖修飾に代表される翻訳後修飾に伴う不均一性評価は、バイオ医薬品の同等性評価において重要な項目であるが、作業工程も多く専門的であることから日常的な品質評価業務で分析されることは少ない。そこで、製薬の品質管理工程で活用可能な実用的な不均一性評価技術の提供を目指し、バイオ医薬品の糖鎖付加パターンや糖鎖分子構造など翻訳後修飾を迅速に解析できる汎用技術と専用分析装置等の開発を行う。

先進的品質評価技術の背景

米国食品医薬品局(FDA)のバイオテクノジー製品関連部門のトップであったSteven Kozlowski氏(Director of the Office of Biotechnology Products)は、2009年9月に行われた米国下院科学技術委員会公聴会で議会に対し以下の趣旨の証言を行っている。「この20年間の分析技術の進歩はバイオ医薬品の生産性を大きく向上させましたが、しかし改良の余地がまだ大きく残っています。なぜなら、分析技術が進歩することで、製造工程や設備あるいは原料の変化の潜在的影響をより迅速により正確に評価できるようになるからです。そして、分析技術の進歩は、製品の品質保証のための優れたシステムを提供します。さらに、進歩した分析技術は、バイオ医薬品分野でのあらたな科学的/技術的知見を増加させるからです。」 さらに続けて、「FDAは、現時点で満足に測定・評価することができないが、バイオ医薬品の理解にとって非常に重要になる将来の品質特性を特定しています。それは、タンパク質の翻訳後修飾、凝集化、三次元立体構造の三つです。これら三つ特性を測定するための新たな分析法は、バイオ医薬品の同等性の程度を判断するのに特に有益でしょう。」と述べた。現在米国では、このFDAの証言を契機に、これら三つの品質特性の分析技術に焦点をあてた基礎、応用の研究開発が精力的に進められている。 一般にバイオ医薬品は、生体による生合成過程を生産に利用していることから、分子構造上、不均一なものが産生される可能性が本質的に存在する。医薬品開発において、このような不均一性の存在は安全性と有効性の確保のうえで好ましいことではないが、バイオ医薬品では不可避の事象として看過されている現状がある。例えば、ICH(日米EU医薬品規制調和国際会議)ガイドラインQ6B「生物薬品(バイオテクノロジー応用医薬品/生物起源由来医薬品)の規格及び試験方法の設定」では、「目的物質は、例えば糖タンパク質におけるグリコフォームのように、翻訳後修飾を受けた多様な分子種の混合物となることもある。製造業者は、目的物質がどのような不均一性のパターンを示すかを明らかにし、これが非臨床試験及び臨床試験に用いたロットにおけるパターンに一致していることを示しておく必要がある。製品の不均一性のパターンに恒常性があることが立証されれば、個々の分子種の生物活性、有効性及び安全性(免疫原性を含む)を評価する必要は必ずしもない。」と記載されている。また、「複雑な分子では、物理的化学的情報が広範にあったとしても、それにより高次構造を確定することはできないが、生物活性から高次構造が正しく形成されていることを推定できることが多い。このような場合には、製品の生物活性を測定する生物学的試験を理化学的試験法に置き換えてもよいであろうということである。」と記されている。すなわち、ここで示されているのは、翻訳後修飾や高次構造に関する品質管理手段として、満足なレベルの分析技術が現在は存在しないので、当面は間接的な手段により代替することを認めるという当局の方針である。 このようにタンパク質の翻訳後修飾、凝集化、三次元立体構造に関する分析技術の未成熟が認識されている一方、バイオ医薬品の有効性や安全性に及ぼす有効成分の分子不均一性の影響について、生じた凝集体や非天然型糖鎖等に副作用を惹起することなどの一定のリスクが潜在することが指摘され始めている。あるいは、高いレベルの恒常性を伴ったバイオ医薬品の安定生産を求める観点から、これらの分子不均一性の分析を製造プロセスの設計や工程内管理として導入することを望める声もある。

低リスクのタンパク質工学〜非線形システムとしてのタンパク質分子

タンパク質工学は、Ulmerの提唱から既に20年余の歴史があり、商業的な成功を含む多くの研究例がある。しかし、それが土木工学、電気工学、機械工学らと比肩できるほど成熟し、社会に認知されている技術かと問われれば、否と答えざるを得ない。いわゆる「工学」としての確実性、汎用性、実用性はまだまだ不充分である。未成熟の一因は、「工学」の対象たるタンパク質分子の複雑さであろう。タンパク質は、他の生物システムと同様に、非線形なシステムである。即ち、全体(タンパク質分子)を構成する要素(アミノ酸やセグメント)の線形和として全体(特に構造)を記述できない。要素自身の状態が全体のコンテクストに依存し、ゆえに全体に対する要素の寄与は全体から影響を受ける。単離した短鎖のセグメントが、ほとんどの場合、分子内での構造を保持しないことは、その端的な例である。このような非線形なシステムとしてのタンパク質分子の存在を認めたうえで、我々はさらに以下の推考を進めた。1)タンパク質分子内のすべての要素が一様に非線形な応答を示しているわけではない。2)全体のコンテクストに依存しない(または依存度が低い)要素〜自律要素と呼ぶ〜の全体に対する寄与は線形に扱える。3)自律要素の最適化は全体から独立して考えることができる。この全体と要素の関係に関わる推考が正しいとするとならば、自律要素を変異の対象と限定することで、非線形性に起因する予測困難なリスクを軽減しつつ、要素の改善を全体に反映させることができるに違いない。 そこで、この仮説の検証とあらたなタンパク質工学手法の開拓を目的として、以下のステップを含む分子設計法を開発した。(ステップ1)構造座標データからタンパク質分子内の自律要素となる短鎖セグメントを特定する。(ステップ2)特定した短鎖セグメントの主鎖構造を安定化する配列プロファイルを統計データベースを用いて決定する。(ステップ3)野生型の配列とプロファイルの比較から、変異体配列を設計する。 開発した手法を、現在メディカル分野で実用化されているある産業用タンパク質に適用したところ、合成したすべての変異体は、実用化されている野生型に比べて、熱安定性、変性剤耐性、プロテアーゼ耐性がすべて向上した。フォールディング機構の解析から、これらの安定化の主因はエントロピー効果であることが明らかになった。また、変異体の結晶構造解析から変異残基以外の原子の座標の変位はほとんどなく、抗体結合性も野生型に比べて同等以上であることが確かめられた。以上、開発した本手法は、タンパク質工学をより確実な技術分野と高めるための低リスクのアプローチとして期待されるものである。

 

 

抗体医薬のコスト

抗体医薬とは、抗体が抗原を特異的に認識し排除/破壊する性質を利用して、この抗体を、病気に関連する因子だけに結合するように人為的に改変合成した医薬品のことを指す。がん細胞などの標的細胞だけに結合し、患部をピンポイントで攻撃することができるので、 低分子化合物を利用する従来タイプの医薬品とは異なり、副作用を劇的に低減することができると言われている。

一方で、抗体医薬の解決すべき問題の一つは低価格化である。高度な開発や高品質生産に巨額の投資が必要なため、現在の抗体医薬の薬価は非常に高価である。例えば、2001年に認可された抗ガン剤のグリベックは、1錠約3000円で、一ヶ月の治療費は27万円にのぼる。同様に、乳がん治療薬のハーセプチンは1バイアルあたり7万8千円、関節リウマチの治療薬のレミケードは1バイアルあたり11万円と非常に高価である。このような価格が普及の妨げとなっていることは事実であり、また、医療費の公的負担増大の一因ともなっている。

抗体医薬の製造コストの内訳は、培養等のアップストリーム工程が約20%、分離精製等のダウンストリーム工程が約40%、これらの工程を設計、設置するためのプロセス開発費が約30%を占めるといわれている。これら個々の工程に用いられる要素技術を飛躍的に革新し、それらの統合による抗体製造イノベーションにより、抗体医薬の製造コストを大きく低減させることが医療関連技術行政の急務の課題として認識されている。

Evolvabilityとは

evolvabilityは、生物の進化に関する一つのコンセプトで、ダーウィン的理解にもとづくものです。ダーウィンの自然淘汰による進化論によれば、植物、動物および他の生命体には、親より生存環境に対してより適応する子孫を時々は生産する能力が必要です。生き残り繁殖し続けるのは、このようなより適応した子孫です。そして、この適応した特性が子孫へとさらに受け継がれる場合、適応した特性の数は増加していきます。もし、子孫に見いだされる変異が有害なものだけであったのなら、適応進化は起こらないでしょう。「evolvability」とは、即ち、適応進化を可能にするうえで必要な十分な有益な変異体を生産する能力のことです。

Wagner(2005)は、evolvabilityについて、以下に要約される2つの定義を考案しました。 「生命システムは、それが保持する特性が継承可能な遺伝的変異性を示し、かつ自然淘汰がそれらの特性を変更することができる場合、進化することができる」「生命システムは、遺伝的変異によって新規の機能を獲得し、その機能が生命体の生存と繁殖を助けるものであるとき、進化することができる」 これらの定義は、すべてのレベルの生物学的構成物(高分子から哺乳動物にまで)に適用することができます。ただし、この2つの定義は同義ではありません。最初の意味で進化できるシステムがすべて、第2の意味で進化できるとは限らないからです。
(en.wikipedia.orgより翻訳して引用)

タンパク質の「育種」とは

タンパク質は生命システムを担う精緻な分子機械である。したがって、その分子構造にはタンパク質が動作し機能するための物理学的原理が備わっているはずである。この意味で、タンパク質分子には「必然性」が記されているといえる。一方、タンパク質は生命システムが原始より絶えることなく変化しかつ保存してきた進化の所産でもある。したがって、その分子構造には進化の過程でたまたま選ばれた変異が蓄積しているはずである。この意味で、タンパク質分子には「偶然性」が刻まれていると言える。医療や産業用途にむけて、天然のタンパク質をより適した分子に改良するために、我々は、このタンパク質の物理的必然性と歴史的偶然性を共に深く理解し、両側面を有機的に統合的することが重要であると考えている。即ち、物理学的原理の理解に立脚する従来のタンパク質工学に加えて、本来的に進化する能力を有しているタンパク質を「育てる」ことを重視した新たな技術、これをタンパク質の分子育種技術と称して、その開拓に取り組んでいる。

 

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