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環境省報告書「ノニルフェノールが魚類に与える内分泌撹乱作用の試験結果に関する報告(案)」へのコメント

宮本健一、東海明宏、中西準子
独立行政法人 産業技術総合研究所
化学物質リスク管理研究センター
〒305-8569 茨城県つくば市小野川16-1
e-mail: ken-ichi.miyamoto@aist.go.jp

はじめに
 
産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センターは、環境省報告書「ノニルフェノールが魚類に与える内分泌撹乱作用の試験結果に関する報告(案)」[1](以下、報告書と記す)へのコメントを作成した。環境省は、この報告書について日本国内でパブリックコメントを求めていないので、我々はこのコメントをOECDに直接提出する。
 
報告書には曝露評価、影響評価、リスク推算のそれぞれのプロセスで重大な問題点があるので、我々は、この報告書が日本でのノニルフェノールによる生態リスクの議論を正しくない方向へ導く懸念があると結論付けた。以下に詳細なコメントを記す。

詳細コメント

1. ノニルフェノール濃度の解析方法における問題点

結論:

ノニルフェノールの曝露評価では、どれくらいの場所で高濃度を示し、それぞれの場所で、そのような高濃度がどのくらいの頻度で起こるかを評価すべきである。

コメント:
 
報告書での曝露評価は、2年間にわたり日本全国で行ったノニルフェノール濃度調査による2,330の測定値に基づいている(報告書には、のべ2,300地点で調査したと記されているが、これは誤解しやすい表現である。

2年間の調査で同じ場所で複数回測定されているので、調査地点数は2,300よりも少ない。2,300という数字は、測定値の数である)。これは、貴重なデータであるが、環境省の解析は以下の2点において不適切である。
 
まず、報告書では、「図4の検出濃度ごとの検出数の分布をみるとおおむね95パーセンタイルを境に異なる性格を有する2つのグループからなることが明らかになった。(p.8)」と述べているが、図4は単なる頻度分布に過ぎないので、その結論を導くことはできない。

そのような結論を導くためには、別の統計解析が必要であるが、報告書では行っていない。したがって、リスク推算の際に「一般水域における最高値」として用いられている95パーセンタイル(=0.59µg/L)は、科学的に妥当な根拠なしに用いられている。
 
また、報告書では、全ての水中濃度のモニタリングデータをひとまとめにして解析している。しかし、それらのデータは平成10年度と11年度に調査された結果であり、ある場所では、2年間のうちの異なる時期に濃度が6回測定されている。別の場所での測定回数は、1回、2回、3回、4回のいずれかである。

また、ある場所では、測定した全ての時期に濃度が0.59µg/Lを超えているが、別の場所では2回、3回、4回の測定のうちの1回、3回あるいは6回の測定のうちの2回、6回の測定のうちの5回が0.59µg/Lを超えている。

また、勿論、1度もその値を超えていない地点もある。すなわち、報告書は、どれくらいの場所で高濃度になり、それらはどのような場所で、高濃度になる頻度はどれくらいかということに関して、何ら情報を見出せない解析を行っている。
 
さらに、注意すべき点として、多くの場所で、平成10年度から平成11年度にかけて、測定されたノニルフェノールの濃度が減少していることがある。これは、環境庁がSPEED ’98 [2]で挙げた内分泌撹乱作用が疑われる物質のリストにノニルフェノールも含まれていることに起因している、ノニルフェノールあるいはノニルフェノールエトキシレートの使用あるいは環境放出を削減する自主的活動によるものかもしれない。

しかし、その減少傾向が確実かどうか、減少傾向がある場合にはどのような理由によるものかについて、最新のモニタリングデータも考慮に入れ、ノニルフェノールとノニルフェノールエトキシレートの使用方法と処理方法などを調査・解析することで確認する必要がある。
 
上記のことから、我々は、環境省の解析は、水中濃度の取扱いが曝露評価として不適切であるとの結論に至った。平成12年度以降のデータ等も含めて、より注意深い曝露解析を行う必要がある。


2. 影響評価で使用されている毒性データにおける問題点

結論:

環境省によって実施された2つの毒性試験の結果が矛盾している。

コメント:
 
環境省は、メダカを用いた2つの長期の毒性試験を実施している。1つは、パーシャルライフサイクル試験で、3.30、6.08、11.6、23.5、44.7µg/Lの曝露濃度で受精卵から孵化後60日までの試験である [1]。もう1つは、フルライフサイクル試験で、4.2、8.2、17.7、51.5、183µg/Lの曝露濃度で受精卵から孵化後104日までの2世代にわたる試験である [1, 3]。表1に2つの試験結果の対比を示す。

表1 メダカを用いたパーシャルライフサイクル試験とフルライフサイクル試験の結果

エンドポイント パーシャルライフサイクル試験 フルライフサイクル試験(孵化後60日での結果)
孵化後の死亡率  44.7µg/Lまで影響なし NOEC : 8.2µg/L、LOEC : 17.7µg/L
成長 (全長) NOEC : 23.5µg/L、LOEC : 44.7µg/L 51.5µg/Lまで影響なし
成長 (体重) NOEC : 11.6µg/L、LOEC : 23.5µg/L 51.5µg/Lまで影響なし
生殖腺の組織学観察結果による性比 NOEC : 6.08µg/L、LOEC : 11.6µg/L NOEC : 17.7µg/L、LOEC : 51.5µg/L


報告書を見る限り、孵化後60日までのフルサイクル試験の試験条件は、曝露濃度の僅かな違いを除いて、パーシャルライフサイクル試験の試験条件と等しいように思われる。しかし、表1に示すように、多くのエンドポイントの結果が一致していない。

孵化後の死亡率は、パーシャルライフサイクル試験よりもフルライフサイクル試験の方で敏感であるが、反対に、成長と性比への影響はパーシャルライフサイクル試験の方で敏感である。これらの不一致は、毒性試験の信頼性に影響する可能性のある結果であるにも関わらず、これに対する説明は何らなく、パーシャルライフサイクル試験の結果がリスク推算に用いられている。


3. 生態リスク評価における評価エンドポイントの選定における問題点

結論:

環境省は、ビデロジェニンの産生と精巣卵の出現を生態リスク評価のエンドポイントに採用した。我々の知る限り、それらはこれまでに、いかなる生態リスク評価においても適切なエンドポイントとして採用されていない。我々は、それらはノニルフェノールの生態リスク評価において生態学的に適切なエンドポイントではないと考える。

コメント:

生態リスク評価での評価エンドポイントは、個体群、群集、生態系レベルのエンドポイントを用いるべきで、絶滅危惧種を除いて個体レベルのエンドポイントを用いるべきでない [4]。しかし、環境省報告書は、予測無影響濃度(PNEC)を推算するために、個体群動態に直接影響を与えるとは考えられないビデロジェニン産生と精巣卵出現というエンドポイントを使用した。

Kangら[5]は、雄のメダカでの精巣卵の出現は、直ぐに生殖能力に影響を与える訳ではないことを示している。彼らは、29.3、55.7、116、227ng/Lの濃度の17ß-エストラジオールに曝露したメダカは、精巣卵が出現するものの精子の形成は正常であり、繁殖能力(fecundity)や有効繁殖力(fertility)は影響されないことを示している [5]。

一般的に、生態リスク評価は、個体群あるいはそれより高い生態学的階層のエンドポイントに基づくべきである。それが困難な場合、代わりに、生存、成長、繁殖のような個体群動態に直接結びつく個体レベルのエンドポイントを用いるべきである。したがって、ノニルフェノールの生態リスク評価では、ビデロジェニン産生のような生化学的影響あるいは精巣卵出現のような組織学的影響を用いるべきでなく、生態学的に適切なエンドポイントを用いるべきである。


4. その他

結論:

環境省報告書では、カナダのリスク評価書[6]を要約しているが、その記述がオリジナルの意図を伝えておらず、誤解を与える説明になっている。

コメント:

報告書は、カナダのリスク評価書を次のように要約している(p23(英語版)、p26(日本語版))。

「生態へのリスクアセスメント結果では、最も安全側に立った予測無影響濃度をカレイ類(winter flounder)の急性毒性値96hLC50=17µg/Lにアセスメント係数1/100を乗じた0.17µg/Lとし、次いで安全側に立った予測無影響濃度をアミ類(mysid shrimp)の慢性毒性の最大無作用濃度(NOEC)3.9µg/Lにアセスメント係数1/10を乗じた0.39µg/Lとし、

また、内分泌撹乱作用の予測無影響濃度を雄ニジマスの血漿中にビデロジェニンが誘導される閾値=10µg/Lにアセスメント係数1/10を乗じた1µg/Lとし、各予測無影響濃度と予測環境濃度との比較を行っている。その結果として、河川水、工場排水、下水処理場排水の濃度には予測無影響濃度を上回る例があるとしている。」
 
実際に、カナダの生態リスク評価は、3段階で行われている。最終段階(第3段階)でのリスク評価においては、予測無影響濃度として1µg/Lが採用されている。

しかし、この1µg/Lという濃度は、環境省報告書に記述してあるようにニジマスのビデロジェニン産生に基づいて計算されたのではなく、種の感受性分布を用いて計算されたものである。ニジマスのビデロジェニン産生のエンドポイントは、ノニルフェノールの慢性毒性影響と内分泌撹乱作用とを比較するために用いられたものである。

さらに、カナダのリスク評価書は、ニジマスでのビデロジェニン産生のエンドポイントを用いることは、超安全側(hyperconservative)であると指摘している。(注:カナダでは「超安全側評価」という表現は、第一段階の評価と同じ表現で、その結果のみからリスクが懸念されるとは決して判断しない。)
 
上記の要約は、環境省がビデロジェニン産生と精巣卵出現を適切なエンドポイントとして位置付けるための手段として用いたとも考えられるが、極めて不適切である。

我々は、環境省の行ったノニルフェノールのリスク評価は、重要であると認識している。ノニルフェノールによる生態リスクに関して不必要な誤解を避けるために、第三者科学者グループにより、環境省報告書のデータとその解釈について、科学的見地および公共政策的観点から検証が行われることを希望する。我々は、OECDでの議論がその方向で進むことを期待している。


参考文献

[1] Environmental Health Department, Ministry of the Environment, Government of Japan. (2001) Report on the test results of endocrine disrupting effects of nonylphenol on fish (Draft), August
http://www.oecd.org/pdf/M00019000/M00019987.pdf
http://www.oecd.org/pdf/M00019000/M00019988.pdf
http://www.oecd.org/pdf/M00019000/M00019989.pdf
日本語版:環境省総合環境政策局環境保健部, ノニルフェノールが魚類に与える内分泌撹乱作用の試験結果に関する報告(案)(2001)
http://www.env.go.jp/chemi/end/kento1301/02.pdf 

[2] 環境庁 (1998) 内分泌撹乱化学物質問題への環境庁の対応方針について−環境ホルモン戦略計画SPEED ’98

[3] Yokota, H., Seki, M., Maeda, M., Oshima, Y., and Tadokoro, H. (2001) Life-cycl toxicity of 4-noniyphenol to medaka (Oryzias latipes). Environ. Toxicol. Chem. 20. 2552-2560

[4] Suter, G.W., Efroymson, R.A., Sample, B.E., and Jones, D.S. (2000) Ecological risk assessment for contaminated sites. CRC Press, Boca Raton, Florida, USA, p.37

[5] Kang, I.J., Yokota, H., Oshima, Y., Tsuruda, Y., Yamaguchi, T., Maeda, M., Imada, N., Tadokoro, H., and Honjo, T. (2001) Effect of 17ß-estradiol on the reproduction of Japanese medaka (Oryzias latipes). Chemosphere, 47, 71-80

[6] Environment Canada, Health Canada (2001) Priority substances list assessment report, Nonylphenol and its ethoxylates
http://www.ec.gc.ca/cceb1/eng/final/NPEs.pdf


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